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	<title>TEA CLIPPER | ヨットを楽しむ ～MALU SAILING～</title>
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		<title>ヨット目線で紅茶を考えてみる</title>
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		<pubDate>Thu, 23 Apr 2020 02:15:56 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「コーヒーと紅茶、どっちが好き？」って話をすると、今どきの多くの人がコーヒー&#8230;。巷にはお洒落コーヒースタンドが増え、スタバは今や俄かお洒落を感じるためのホットスポットにもなっています。ヨットの世界でも、キャビ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>「コーヒーと紅茶、どっちが好き？」って話をすると、今どきの多くの人がコーヒー&#8230;。巷にはお洒落コーヒースタンドが増え、スタバは今や俄かお洒落を感じるためのホットスポットにもなっています。ヨットの世界でも、キャビンでコーヒー豆を自分で挽いて、手作りや拘りの器具で珈琲を淹れている様子をSNSなどにアップしているなんてのも増えていて、コーヒーはお洒落格好いいライフスタイルの代弁者のようになっているような気もします。</p>
<p>でも&#8230; 僕は子供の頃からの紅茶好き。家でもヨットでも毎朝淹れて飲むのは、先ず紅茶です。僕の紅茶好きのルーツは、明治生まれで一人っ子であった祖父の影響です。祖父はハイカラ好きな人で紅茶好き、遠からず近からずという場所にに祖父母の家があったことと、僕がおばあちゃん子であったので、祖父母の家に行くと、祖母は小さめのやかんに湯を沸かし、そこにスプーンに山盛りの紅茶を直接入れて、茶こしで淹れた風味豊かな紅茶を洒落たテーカップでお菓子と共に出してくれるというのが日常でした。そういう暮らしを祖父母のもとで長くしていた母も同じで、やはり家では紅茶をよく淹れてくれました。先ず朝食時には紅茶と言うのが我家の定番だったこともあり、大人になって家を離れ横浜で一人暮らしを始めた時から今まで、また、グアムに仕事で赴任した時ですら、僕は紅茶を切らしたことが無い程、紅茶は僕の生活に必要な物になっています。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4892" src="https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/IMG_9778.jpg" alt="紅茶" width="300" height="300" srcset="https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/IMG_9778.jpg 300w, https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/IMG_9778-150x150.jpg 150w, https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/IMG_9778-200x200.jpg 200w, https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/IMG_9778-100x100.jpg 100w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /><br />
そんな紅茶ですが、ここのところの記事でヨット世界一周の話や、白石康次郎さん関連で”Vendee Globe&#8221;のことを深堀しているうちに「クリッパー・ルート」という言葉が出てきて、そこから帆船と紅茶には大きな関係性があることに行き着いたのです。<br />
ヨットと紅茶を紐づけて話をするのは、かなり強引なように感じますが、前回「クリッパー・ルート」についてのご説明もしていなかったので、今回は「ヨット目線で紅茶を考えてみる」と題して、無理やり記事ではありますが少しお話をしてみたいと思います。<br />
</p>
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<h2><span id="toc1">クリッパー・ルートとは？</span></h2>
<p>Vendée Globe に代表されるヨットの世界一周レースと言うと、そのコースは基本的に「北大西洋沿岸の港をスタートし南下～南大西洋・アフリカ大陸南端（喜望峰）を回り～南極海（南緯40度線上）を偏西風に乗ってぐるりと東回りで一周～南米大陸南端（ホーン岬）を回り～南大西洋に戻り北上～北大西洋に戻る」というコース取りが基本になっています。</p>
<p><a rel="noopener" href="https://www.vendeeglobe.org/en/presentation" target="_blank"><img decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4887" src="https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/e63c1b9daab91a485556bc290bd8af07.jpg" alt="VendéeGlobeコースマップ" width="400" height="279" /></a><br />
このルート基本的なコース取りは、帆船時代最盛期<span style="font-size: small;">（帆船時代の終盤期でもあります）</span>にアジア方面との交易のために「クリッパー（高速帆船：Clipper）が用いたルート」&#8221;Clipper route&#8221; と重なります。</p>
<p><a rel="noopener" href="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f7/ClipperRoute.png" target="_blank"><img decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4888" src="https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/531122b5e9cc77ede7ccc9e85fdc297a.jpg" alt="クリッパールート" width="400" height="246" /></a><br />
現代の航海では、「スエズ運河」や「パナマ運河」が出来たことで、商船が喜望峰やホーン岬を回って南極海を通ることはありませんが、両運河が無かった時代には、オーストラリアやニュージーランドを経由地としてアジア方面やインド洋などに行っていました。その際、南緯40度線近くに吹く強烈な偏西風を追い風として利用して当時の帆船は南極を中心に東回りに帆走していたわけです。</p>
<h2><span id="toc2">クリッパーと呼ばれる帆船</span></h2>
<p>クリッパーの活躍したのは大体19世紀の半ば頃で、このタイプの帆船（クリッパー）を所有していたのは独立前のアメリカに端を発しイギリスがそれを追いかける形で多数造船し、この両国が競うように大多数を所有していました。<br />
クリッパー &#8220;Clipper&#8221; は、数千年に渡る大型帆船の歴史の中で最後に登場した最高傑作とも言える高速大型帆船のことで、単に造船技術や艤装の発達だけでなく、運航面では航海術や航海中の運用技術、乗組員の船内生活や習慣などのルール至る、あらゆる面で帆船として最高レベルに達した帆船です。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4897" src="https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/CLIPPER.jpg" alt="クリッパー" width="400" height="278" /><br />
クリッパー &#8220;clipper&#8221; の語源は、イギリス英語の動詞&#8221;clip&#8221; 「長距離を迅速に移動する」という意味から由来し、正に<strong>長距離を迅速に移動する船</strong>という意味合いでクリッパーと呼ばれるようになったと考えられます。&#8221;clipper&#8221;という言葉は、その用途と一緒に用いられるケースが多く、例えば、&#8221;opium clipper&#8221; はインドで取れた「阿片」&#8221;opium&#8221; を当時禁制品としてた中国に密輸する船のことだったり、&#8221;horn clipper&#8221; は、南米ホーン岬 &#8220;cape <strong>horn</strong>&#8221; を越えて当時西海岸のゴールドラッシュを夢見て移民する人が多く利用した、アメリカの東海岸と西海岸結ぶ快速線船だったり、”Australia clipper&#8221;の場合には、オーストラリアとの間を結ぶ快速船のことを指したりしました。この他にも、アメリカ独立の原因となった&#8221;Tea clipper&#8221;（お茶をアジアから運ぶ快速船）などがあります。</p>
<h3><span id="toc3">ティー・クリッパー &#8220;TEA CLIPPER&#8221;</span></h3>
<p>クリッパーが活躍するようになった最も大きな理由は、イギリスでお茶のニーズが非常に高まったことです。これを説明するには、お茶の歴史について少しだけ話しておく理由があります。</p>
<h4><span id="toc4">西欧におけるお茶の歴史</span></h4>
<p>お茶が西欧に伝わったのは、1610年にオランダ東インド会社の船が中国や日本などを回り集めてきたお茶をオランダに持ち帰ったのがはじまりです。<br />
1630年代にはオランダでお茶を飲む習慣が広まり、オランダ語でお茶のことを「チャー(chaa)」と呼ぶようになります。このお茶を飲む習慣が徐々に西欧諸国にも伝わってゆくことになります。<br />
イギリスにお茶が伝わったのは、1650年代に入ってからのことで、1662年にポルトガル王女のキャサリンがイギリス王室に嫁ぎ、大量のお茶と砂糖を持参し、当時とても貴重だった砂糖をたっぷりと入れて珍重品だったお茶を毎日飲んだことから、それが英国貴族の間でも流行し、徐々にイギリス内でのお茶のニーズが高まります。お茶の輸入はオランダ東インド会社が独占的に行っていたことから、1669年にイギリスはオランダがお茶を輸入することを禁じる法律を強引に制定し、更に第三次英蘭戦争（1672年～1674年）に勝利するとオランダからお茶を輸入する権利を奪い中国から直接輸入を始めました。イギリスと言えば紅茶ですが、この段階では「紅茶」は未だありませんでした。では、どうやって紅茶は生まれたのでしょうか。これには諸説あります。<br />
イギリスで本格的にお茶が消費されるようになるのは17世紀末から18世紀に掛けてのことです。この頃ある船で、中国から積み込んだお茶をイギリスに到着して開けてみると、茶葉が変色し黒っぽくなっていて、高価な品物を棄てるには勿体ないので試しに飲んでみたところ、香りは素晴らしく美味しいものだったことから、かえってこれが評判になったという説です。当時イギリスの商船は、中国でお茶を積み込み、さらにインド洋に回って、砂糖や織物などを積んでから帰路についており、その長い航海とインド洋の高温多湿でお茶が発酵して紅茶に変化してしまったという考えです。この頃、インドに紅茶は未だ存在せず、イギリスがインドでお茶の栽培を始めるのも19世紀に入ってからなのです。</p>
<h4><span id="toc5">ティー・クリッパーのはじまり</span></h4>
<p>西欧でお茶の需要が高まるにつれ、それを運ぶのはイギリス東インド会社の重要な仕事のひとつになっていました。お茶は数ある積荷の中で最もデリケートなものであり、品質を落とさないためには輸送時間は短い方が良かったわけです。しかし、当時のイギリス船はスピードが遅く輸送期間は18ヶ月も掛かっていたことから、輸送中の品質低下は免れませんでした。<br />
19世紀に入り、東インド会社の貿易独占と航海条例（イングランドの貿易をイングランド船に限定した法律）が共に廃止になると外国船もイギリス貿易に参加できるようになり、この自由化によっていかに早くお茶を輸送するかという競争の時代へと入りました。これに一番大きな影響を与えたのはアメリカの船でした。1840年に高速帆船を投入し、イギリスやアメリカにお茶を運び大きな利益を得ます。これが「ティー・クリッパー」のはじまりです。<br />
イギリスの茶商人は新茶をとても珍重し、その年の新茶シーズンには中国、セイロン、インドからの茶を積んでロンドンに入港する第一番船をとても優遇し高い報酬を支払ったそうです。お茶の貿易にティー・クリッパーがしのぎを削った理由がここにあります。<br />
イギリスの商人がチャーターしたアメリカのクリッパー「オリエンタル号」は香港で1500トンの茶葉を積み込み、わずか97日という驚異的なスピードでロンドンに到着しました。当時、中国で生産された新茶がイギリスに届くまでには1年以上の時間を要していました。オリエンタル号が運んできた茶葉は当然のことながら、東インド会社が運んできたものとは鮮度が格段に違います。このことはイギリス人のお茶に対する価値観に大きな影響を与え、これにより、お茶には「鮮度」という条件が付くようになりました。</p>
<p>驚異的な速さを誇るクリッパーが運んだお茶は、当然高値で取引されるようになります。そうなるとイギリスの茶商は、時間の掛かるイギリス船よりもアメリカのクリッパーとの契約を進めるようになります。もちろん、こうした事態にイギリスの船業界も焦り、これに対抗するべく新たな船を造船するようになりました。</p>
<h4><span id="toc6">ティー・レース &#8220;Tea Race&#8221;</span></h4>
<p>イギリスでは賭け事が盛んなことはご存知かと思いますが、それは今も昔も変わりません。運ぶ速さを競うティークリッパーは賭けの対象にされます。どの船が新茶を最初に運んでくるかを賭けて楽しみました。<br />
新茶を真っ先に運んできたクリッパーのお茶には最高値が付けられ、船主と船長には莫大な利益が与えられるようになります。勿論、その船のクルーにも高給が支払われ、モチベーションやプライドも更に上がってゆくことから、速さを競うだけでなく輸送品質も上がるようになりました。</p>
<h4><span id="toc7">The Great Tea Race of 1866</span></h4>
<p>ティーレースの中でも最も有名なレースは、1866年に&#8221;Great Tea Race&#8221;と呼ばれたものです。<br />
1866年5月10日の朝、参加したクリッパーは11隻。そのうち優勝候補とされていたのは、「エアリアル（空気の精霊）号」と「テーピン（太平）号」、「セリカ（絹）号」の3隻でした。</p>
<p><img decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-4901" src="https://malu-sailing.com/wp-content/uploads/2020/04/GTRof1866.jpg" alt="Ariel and Taeping The Great Tea Race of 1866" width="400" height="262" /><br />
11隻のクリッパー船団は嵐のインド洋を抜け、4隻が同じ日に喜望峰を通過します。その後、ポルトガル沖のアゾレス諸島を優勝候補3隻は順調に通過しますが、英仏海峡に入ってセリカ号が潮流に押し流され優勝争いから離脱します。エアリアル号とテーピン号の一騎打ち状態となり2隻は、ひたすらテムズ河口にある港を目指します。9月6日の夜、そこに姿を現したのはエアリアル号で、そのわずか10分後にテーピン号が来ました、当時のティークリッパーレースは、接岸してゴールとなる決まりでした。風のない川では自力航行できずに、タグボートに牽引してもらいます。ところが、エアリアル号はこのタグボートとの接続に手間取り、テーピン号が先に接岸しゴールしました。</p>
<p>テーピン号には賞金が払われましたが、テーピン号のクルーらは、勝負は互角であったとして、賞金を折半することを提案しました。このシーマンシップは美談としてたちまちイギリス中に広まり、このレースは歴史に名を残す伝説となったわけです。</p>
<h2><span id="toc8">最後に&#8230;</span></h2>
<p>ヨット目線で紅茶を考えてみたら、こんな話になってしまいました。紅茶は、イギリスで飲まれるようになったお茶ですが、そこには紅茶の開発があります。元々、イギリス王室に嫁いだポルトガル王女のキャサリン妃が愛飲していたお茶は、烏龍茶のような半発酵茶に砂糖を入れて飲んでいたようです。そのお茶がイギリス貴族の中で流行したということは、イギリスに多く輸入された茶葉は、緑茶ではなく発酵させたお茶である可能性が非常に高いわけです。また、お茶の輸送には当時1年以上の時間が掛かっていた時代に発酵を止めた半発酵茶が後発酵してしまった可能性も高いわけです。後発酵はカビよるものですが、味や風味は大きく変わりますから、紅茶に似たようなものを飲んでいた可能性もあるということです。お茶は、基本的には全て同じような茶葉が原料で製法の違いだけですから、茶葉の状態で輸送されていたとすれば、輸送中に発酵が始まってしまい、揺れる船の中でうまい具合に紅茶になってしまったという話も考えられないことでは無いような気がします。</p>
<p>また、クリッパールートを帆船の最終型である大型の帆船がヨットレースのように競い合って全力で疾走していたと思うと、やはりヨットマンとしてはワクワクしてしまいます。当時のクリッパーの船長は、最高速で帆走するために、積荷の積み方からナビゲーション技術、更に操船方法までの全てを細かにマネージメントしていたそうです。また、常に最高速度が出るようにセイルは出来る限り多くを使って帆走することを考えていたようです。ですから、大型帆船と言えども、大きく船体をヒールさせハンドレールが水に浸かる程にヒールさせ、まるでヨットのような走りを大型帆船であるクリッパーでしていたそうで、その操船技術は物凄いものがあったそうです。</p>
<p>そんな風に、船の中で紅茶が生まれたかもしれないとか、ヨットのようにヒールするクリッパーのことを想像するだけでも、ヨット乗りとしては、ワクワクして何だか親近感を感じてしまうのは、私だけでしょうかね&#8230;。</p>
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