世界最大スループ型スーパーヨット建造中

ヨットのいろいろな楽しみ方

今、日本では元ZOZOタウンの経営者で事業家の前澤友作氏の全長114.2メートルのスーパーヨット、船名「NAUSICAÄ(ナウシカ)」が来航し、日本各地の港に実際に姿を見せていることから大きな話題になっています。

前澤さんのスーパーヨットはモーターヨットですが、今回ご紹介するのは、セーリングスーパーヨットの話です。

2026年9月、スーパーヨットの建造を数多く手掛けるオランダの造船所 ロイヤル・ハウスマン(Royal Huisman)が、現在建造中のスループ型スーパーヨット「Project 410」をモナコ・ヨットショーで情報公開しました。

全長は85m。完成すれば、世界最大のスループ型のセーリングヨットになります。スループとは、マストを1本だけ持つ帆装形式で、私たちが普段目にするセーリングヨットで最も馴染みのある⛵️形です。

全長85mという巨大な船体になると、これまでの大型セーリングヨットでは複数のマストを使い、セイルエリア(帆の面積)を分散させる方法も多く採られてきましたが 、Project 410では、たった1本のマストに巨大なセイルを張って帆走させようとしています。

設計はフレール・デザイン(Frers Design)。船体はアルミニウムで造られ、巨大なカーボンマストやブーム、セイルを操作する統合システムは、ロイヤル・ハウスマンの姉妹会社ロンデール(Rondal)が担当しています。ロイヤル・ハウスマンによれば、Project 410は現在、建造の最終段階に入っており、進水に向けて準備が進められています。

しかし、このProject 410について調べていくと、単にオーナーや船の作り手たちが「世界最大のスループを狙った」という話ではないようです。

発注したのは、ロイヤル・ハウスマンが「非常に経験豊富なオーナー」と表現する人物。しかも、その要求内容を見ると、セーリングそのものにかなり強いこだわりを持つ人物であることが伝わってきます。

オーナーが求めたのは、巨大で豪華なスーパーヨットでありながら、本当にセーリングを楽しめる、微風でもよく走り、短時間で帆走状態にでき、世界航海が可能なセーリングヨットです。

なぜ、そこまでして巨大なスループを造るのでしょうか。そして、こんなヨットを発注するオーナーとは、いったいどんなヨット乗りなのでしょうか。

今回は、現在建造中の世界最大スループ Project 410から、巨大なセーリングヨットを本気で造り、本気で走らせようとする人たちの世界を見てみたいと思います。

スループで85mを造る理由

全長85mものセーリングヨットを造るのであれば、普通に考えると、複数のマストを立ててセイルを分けた方が扱いやすそうに思えます。

実際、大型のセーリングヨットでは、ケッチやスクーナーのように2本、3本のマストを使い、巨大なセイルエリア(帆面積)を複数のセイルに分ける方法が採られてきました。

ところが Project 410 は、あえて1本マストのスループです。何故なのでしょうか。

ロイヤル・ハウスマンの説明を読むと、この船で最初から求められていたのは、単に巨大で豪華なスーパーヨットではなく、「本当に帆走を楽しめるヨット」だったことが分かります。

Project 410は、数分で帆走状態にでき、微風でも速く走れることを目標に設計されています。

しかも、ロイヤル・ハウスマンは、長い水線長を生かして艇速を上げ、そこから見かけの風を作り出し、さらに艇速を伸ばしていく性能を狙っていると説明しています。

85mという船体の大きさを、単に居住空間を増やすためではなく、帆走性能にも利用しようとしているわけです。スループは、セイルを大きくできる代わりに、1本のマストとリグに大きな荷重が集中します。

85mのProject 410では、それを支えるために巨大なカーボンマストとブーム、そして大きなセイルを扱うための統合セイルハンドリングシステムが必要になります。

その設計と製造を担当するのが、ロイヤル・ハウスマンの姉妹会社ロンデール(Rondal)です。

つまりProject 410は、「大きな船だからマストを増やす」という方向ではなく、巨大な船でありながら、あえて私たちが普段乗っているヨットと同じ1本マストのスループという基本形を極限まで拡大しようとしています。

ロイヤル・ハウスマン自身も、Project 410について、世界最大のスループを造ることが目的だったのではなく、帆走する楽しさと性能を損なわないセーリングヨットを造ることが目的だったと説明しています。

世界最大になってしまったのは、そう言った理由からです。

85mというサイズだけを見ると巨大なスーパーヨットですが、Project 410が目指しているのは、巨大なモーターヨットに単にセイルを付けた船ではありません。あくまで、セーリングすることが中心に考えられたスーパーヨットなのです。

20年以上破られなかった記録

Project 410が完成するまでの間は、世界最大のスループとして記録されているのは「M5」です。

この船は、もともと「Mirabella V」という名前で建造され、2003年に進水しました。建造したのは英国のVT Shipbuilding、設計はロン・ホランド(Ron Holland)です。

建造時の全長は75.2m。しかも1本のカーボンマストは約90mもあり、当時としては規格外ともいえる巨大なスループ型のスーパーヨットでした。ギネス世界記録でも、Mirabella Vは「世界最長のスループ」として登録されています。さらに驚くのがセイルの大きさです。

Mirabella VのためにDoyle Sailmakersが製作したジェノアは、面積1,833㎡。これもギネス世界記録に登録されています。

その後、船は現在のオーナーに渡り、英国のペンデニス造船所(Pendennis Shipyard)で大規模な改修を受けました。このとき船尾を約2.4m延長し、現在の全長は77.6mとなり、船名も「M5」となりました。大改修で延長された船尾スペースは、フロートを装着した小型機を搭載するという、普通のヨットではまず考えられない使われ方もしています。

このブログでも以前、世界最大のセーリングヨットを紹介した記事の中で、このM5を取り上げています。

世界最大セーリングヨットランキング・2018
今年の春から夏にかけてロシアの大富豪が所有するメガモーターヨット"A"(Aは船の名前)が日本各地の海で目撃され、日本のヨット関係者の間ではにわかに話題となりました。これまでも海外からのクルーザーの来航は少なからずありましたがメガヨットの来航...

この「M5」が登場してから20年以上。いま建造されている Project 410 は、全長85mですからM5の77.6mから、更に7m以上大きくなります。20年以上にわたって世界最大のスループであり続けたM5の記録が、いよいよ更新されようとしているのです。

オーナーは、一体どんな人?

Project 410 をオーダーした人の名前は、本人の意向により公表されていません。ロイヤル・ハウスマンが明らかにしているのは、「非常に経験豊富なオーナー」である、つまりセーリングの経験が非常に豊富な人だということくらいです。

85mもの巨大なスループを注文しながら、豪華さだけではなく、帆走性能にここまで細かな要求を出す人物。いったい、どんなヨット乗りなのか知りたいですよね。

実は世界のヨット界には、僕たちの想像をはるかに超えるようなヨット遍歴を持つスーパーヨットオーナーが何人もいます。

その代表的な人物が、ジム・クラーク(Jim Clark)です。

ジム・クラークは、シリコン・グラフィックスやNetscapeなどを創業したことで知られるアメリカの実業家ですが、ヨット界では、とんでもない船を次々と造ってきた人物としても知られている人です。

彼自身が過去の所有艇を振り返った記録があります。最初は17mのBaltic。その後、27mのJongertを所有し、1998年にはロイヤル・ハウスマンで47mのスループ「Hyperion」を建造しました。設計は、Project 410と同じフレール・デザインです。

ところがHyperionが完成する頃には、クラークはすでに「もっと大きな船」を考え始め、そして次に造ったのが、全長79m、3本マストのスクーナー「Athena」です。

クラークは後に、この船について興味深いことを語っています。「Athenaと同じくらいの居住空間が欲しいだけなら、50〜60m程度のモーターヨットを造ることもできた。しかし、自分はモーターヨットを造ることには興味がなかった」

つまり、大きな船が欲しかったのではなく、大きな“セーリングヨット”が欲しかった。

さらに彼はそこで終わりません。2009年には、ロイヤル・ハウスマンで42mのJ Class「Hanuman」を建造。その後には、30mのオールカーボン・レーサー「Comanche」を造り、「可能な限り速く、最先端の船を造ること」が目標だったと語っています。

巨大なクルージングヨットを造ったかと思えば、今度はJ Classでレースをし、その次には世界記録を狙うレーシングヨットを造る。単に高価な船を何隻も所有してきた、という話ではありません。

「次はもっとこうしたい」「この船なら、こんなセーリングができる」そんなことを考えながら、船を造るたびに違う方向へセーリングを追いかけてきた人なのです。

そして、こういうオーナーはジム・クラークだけではありません。ロイヤル・ハウスマンが2018年に建造した56mの「Aquarius」のオーナー夫妻も興味深い例です。

この夫妻はAquariusを非常に気に入り、「ほとんど完璧」と評価しました。普通なら、それで満足して終わりそうなものです。ところが次に注文したのは、「ほとんど同じ船を、もっと大きくして、もっと速くする」という65mの「Aquarius II」でした。

しかも、単に居住空間を増やすだけではなく、帆走性能をさらに高めることを強く要求しています。初代AquariusはSt. Barths Bucketでもクラス優勝しており、Aquarius IIでも性能向上が設計目標の中心に置かれました。

こういう人たちを見ていると、Project 410のオーナーについても少し想像したくなります。85mのスループを突然思いついた人ではなく、これまでにも何艇ものヨットに乗り、「もっと速く」「もっと扱いやすく」「もっとセーリングを楽しめる船に」と考え続けた末に、Project 410へ辿り着いた人なのかもしれません。もちろん、これは想像です。

世界には、船を大きくするためではなく、自分の理想のセーリングに近づくために、次の一艇を造り続ける人たちが実際にいます。Project 410も、そんな長いヨット遍歴の先に生まれた一艇なのかもしれません。

歳後に…

Project 410 は、2026年11月に船体の建造を終え、ロイヤル・ハウスマンの建造施設を出て、アムステルダム近郊の港湾施設へ移され、そこで進水後には巨大なカーボンマストとブームが搭載され、その後は艤装の仕上げや海上試験へ進んでいくことでしょう。

正式なオーナーへの引き渡し時期はまだ明らかではありませんが、現在の工程から考えると、2027年中には85mの船体に1本の巨大なマストを立て、実際にセイルを上げて走るProject 410の姿を見ることができそうです。

世界最大という記録以上に、この巨大なスループが実際にどんな走りを見せるのか、今から楽しみですね。

 

【出典】

  クリック頂けると嬉しいです
にほんブログ村 マリンスポーツブログ ヨットへ

コメント

タイトルとURLをコピーしました