今年の春から夏にかけてロシアの大富豪が所有するメガモーターヨット”A”(Aは船の名前)が日本各地の海で目撃され、日本のヨット関係者の間ではにわかに話題となりました。これまでも海外からのクルーザーの来航は少なからずありましたがメガヨットの来航はおそらく初めてだったこともあり、ここまで話題になったのだと思います。このブログでは以前に「ヨットの種類 ~大きさ別の名称とサイズ~」というタイトルでサイズ別のヨットの呼び方についてお話しましたが、”A”はその中で最も大きなクラスに入ります。残念ながら今回日本に来航した”A”は帆を持たないタイプのモーターヨットでしたが、世界にはこれと同じような大きさのメガセーリングヨットが多数あります。なかなか日本では目にすることができないので、どんなセーリングヨットがあるのか想像がつかない人も多いかと思います。

そこで今回は、オランダにあるSuperYacht Company B.V. が 今年(2018)の”The top 10 largest sailing yachts in the world” を先日発表しましたので、それに沿って世界最大のメガセーリングヨットをご紹介したいと思います。

1. Sailing Yacht ”A” [473feet]


セーリングヨット”A”はセールを持つヨットとして世界最大と言えます。この船は”Sail-assisted motor yacht”という新しいカテゴリーをヨット界に提案し具現化したものです。日本に来航したヨットは「モーターヨット”A”」ですが、どちらのヨットもロシアの大富豪である Andrey Melnichenko氏が所有するメガヨットです。セーリングヨット”A”は、2015年に進水、ドイツの Nobiskrugが建造し、全長473フィート(142.81メートル)、全幅81.4フィート(24.88メートル)、総トン数12,558トンと従来のメガヨットのサイズを大きく上回り、世界中のヨット関係者を驚かせました。日本で1万3千トン級の船と言うと最も身近なもので大型カーフェリが大体1万1千トンから1万4千トンクラスですから、ご想像頂けるかと思います。

Sailing Yacht A

このヨットは最新技術が各部に投入された”Sail-assisted motor yacht”で、ディーゼルエンジンで発電された電動モーター動力とセールから得る力を補助動力にして航行します。これは航続距離を延ばすと共に高い環境性能を実現し、更に高い静粛性を実現する目的からです。また、マストトップまでの高さは100メートルと高く、鉄と炭素繊維の複合素材で造られた楕円形マストはスタンディングリグ無しにフルセールの状態で最大90ノットの風速に耐えられるよう、少し前掲したデザインになっているのが特徴です。デッキは8層、船底部にはグラスボートのように水中を見ることができるガラス窓の部屋があったり、船内にはテンダーボートだけでなく潜水艇まで収容するガレージがあるそうです。一見異様に見えるデザインですが、海に浮かぶ姿は周囲の景観を壊すことなく自然に溶け込むような流麗な姿で、見れば見るほど、そのデザイン性の高さを感じます。
このヨットはイタリアのフィレンツェで行われた“World Superyacht Awards 2018”において新たに設定された”Sail-assisted Motor Yacht”部門で受賞しました。

2. BLACK PEARL [350.1feet]


帆走だけでも航行できる世界最大のセーリングヨットであれば”BLACK PEARL”が最大です。このメガヨットは今年オーナーに引き渡されたばかりの最新艇で、オランダのOceancoが建造した、全長350.1フィート(106.7メートル)、全幅49.2フィート(15メートル)、総トン数2,864トンのメガセーリングヨットです。3本のカーボンマストに横向けに帆を展開するためのDynaRigを用いていいるのが特徴です。旧型の横帆船は下りの風でしか帆走できませんでしたが、”BLACK PEARL”のDynaRigはマストごとセールを回転させることで上りでもセーリングできる設計になっています。(DynaRigを世界初で用いたヨットは以後に紹介するMaltese Falconです。)

BLACK PEARL

また、”BLACK PEARL”は燃料20リットルで大西洋を横断できることを目標としたエネルギーコントロールシステムが搭載され、セールに内蔵された太陽光発電とセーリング中に回転するスクリューを回生しバッテリーに蓄電するシステムを搭載しています。新たな技術を盛り込んだ新時代のメガセーリングヨットです。

3. EOS [304.1feet]

このスーパーヨットはドイツのLürssen Yachtsで2006年に建造されました。バミューダ―(マルコリーニ)リグの3本マストスクーナーで全長304.1フィート(92.92メートル)、全幅44.3フィート(13.5メートル)、総トン数1,517トンです。

EOS

EOSはアメリカ人ビジネスマンでメディアの巨匠と言われるBarry DillerとファッションデザイナーのDiane von Furstenberg 夫婦の所有艇として有名です。

4. Athena [295.3feet]

このスーパーヨットはオランダのRoyal Huisman Shipyard BVで2004年に建造されました。3本マストカーボンファイバーガフのスクーナーで全長295.3フィート(90.00メートル)、全幅40.0フィート(12.2メートル)、総トン数1,126トンです。

Athenaはネットスケープ創業者として有名なJames H.Clark が発注し最初のオーナーであったスーパーセーリングヨットです。2012年に売却され一時はプライベートチャーターヨットとして週に45万ドルで貸し出されたりもしました。現在はMerle Wood & Associates, Inc.が所有し4500万ドルで売りに出されており、29万4千ドル/週でプライベートチャーターヨットとしても利用が可能な状態です。

5. Maltese Falcon [288.9feet]

このスーパーヨットはイタリアのPerini Naviで2006年に建造された3本マストのDynaRig(同社では”FALCON RIG”)艇で、全長288.9フィート(88.00メートル)、全幅41.4フィート(12.6メートル)、総トン数1,240トンです。

このスーパーヨットの最大の特徴は何と言ってもDynaRigを世界初でヨットに採用したことです。これまでのセーリングヨットは固定されたマストに横に動くブームでセールトリムを行っていましたが、DynaRigはマストごと回転させることで、常にセールカーブは変わらず最適なセールトリムができるようになったことです。この方式はセーリングの世界に革命をもたらしたと言っても過言ではありません。その証拠にMaltese Falconは機走での最高巡航速度が16ノットに対し、帆走状態で26ノットもの最高速度をマークしたのです。これを馬力換算すると7500馬力をDynaRigによるセールで生み出したことになります。更に、数々のスーパーヨットレースでも優勝を重ねたことから、DynaRigの有用性が立証され、先にご紹介しましたBLACK PEARLのチャレンジに繋がって行ったわけです。Perini Navi社はDynaRigを使った初のスーパーヨットビルダーとして今後もDynaRigを用いたスーパーヨットを展開してゆくようです。

このスーパーヨットはアメリカのベンチャーキャピタリストであるTom Perkinsが最初のオーナーで彼の希望によりDynaRigを採用することになりました。現在はファンドマネージャーであるElena Ambrosiadouが所有し、2015年から2016年に掛けてチャーターヨット仕様に大改修が施され、現在はPleon Ltd.が所有しチャターヨット事業をオペレートしています。

6. Aquijo [282.2feet]

ベスト10の中で唯一のケッチが”Aquijo”です。このスーパーヨットは、オランダのOceancoVITTERS SHIPYARDのコラボレーションにより生まれた世界最大のケッチです。全長282.2フィート(86メートル)、総トン数1538トンです。カスタムセーリングヨットを多く手掛けるVITTERS SHIPYARDで始まったこのスーパーヨット建造プロジェクトは、オーナーの希望より船体の長さが80メートルを超えることになり、同社内の施設では建造ができないことからOceancoで船体製造などを行う事になりました。

2本あるマストはどちらも高さ91メートルもあり、前後のセールはそれぞれが1枚当たり1192㎡と巨大で、総セールエリアは3247㎡です。スピネーカーを追加するとキャンバスエリアは5050㎡になります。このような巨大なセールエリアえを持つマルコリーニリグのセーリングヨットはこれまでに前例が無く、シュラウド、ウインチ、ジブシートなどの全てのアイテムは、これまでの常識を上回る強度が必要なため既製品では対応が出来ず、全てカスタムメイドせざるを得ない状態となりました。また、巨大なセールエリアに比例してリフティングキールの総重量は220トンで最小ドラフトは5.2メートル、最大で11.6メートルにもなります。セーリング時の最高速度は35ノット、巡航でも20ノットが可能です。

7. M5  [254.6feet]


M5は、世界最大のシングルマスト・スーパーセーリングヨットです。このスーパーヨットはイギリスのVosper Thornycroftで2004年に世界最大のシングルマストのセーリングチャーターヨットとして建造されました。全長254.6フィート(77.6メートル)、全幅48.56フィート(14.8メートル)、総トン数1017トンです。建造当初はMirabella Vと言う船名で現在よりも約10フィート(3メートル)短い船体でしたが、2012年に新たなオーナーの所有となり、2年間の大改修を経て内装の全面改装と後尾甲板に水上飛行機(Carbon Cub sea plane)を搭載できるデッキを延長したことで現在の長さになっています。現在は個人所有艇となったことから、詳細のスペック等は公開されていません。

8. Enigma [246.6feet]


このスーパーヨットは大西洋横断ヨットレースで既に優勝経験がある”Alain Colas”という有名スキッパーが最速優勝記録を打ち立てるために1976年にフランスのDCANという造船所で建造した、当時最新鋭技術を投入した最速セーリングヨットです。当時の船名は、そのスポンサー名である”Club Méditerranée”(クラブメッド:フランスに本拠地を置くリゾートバケーション会社)と銘々されました。同年レース”Transat en solitaire 1976″に参戦しましたが、その年は嵐の中のレースとなり多くの参加艇がリタイアする中、このヨットもトラブルに見舞われ最初にゴールはしたものの途中寄港による修理によるペナルティーにより優勝することができませんでした。その後、1982年に売却され4年間掛けセーリングクルーズ船に大改造され、船名も”La Vie Claire”となり現在の姿にセーリングクルージング艇になりました。その後、更に売却され”Phocea”と言う船名でチャーター船として有名でしたが、オーナーが変わり現在は”Enigma”という船名でチャーター船として現在も活躍しています。

現在の船体の長さは246.6フィート(75.13メートル)、全幅31.5フィート(9.57メートル)、総トン数530トンです。最初に建造された頃は、セーリングスピードの最速は30ノットの俊足レース艇でしたが、現在はクルージングスピード12ノット、最速で14ノット程度のようです。
クラブメッドは現在でも大型帆船型クルーズ船(Club Med2:全長187メートル、総トン数14475トン)を運航していますが、その起源はこのスーパーヨットです。

9. Badis [229.8feet]

この2本マストのスーパーセーリングヨットは、2016年にイタリアのスーパーヨットビルダーであるPerini Naviが建造し、同社にとって初の70メートル級のスーパーヨットで建造当初はSybarisという船名で2016年に数々のアワードを獲得しました。
全長は229.8フィート(70.0メートル)、全幅43.5フィート(13.24メートル)、総トン数890トンです。可変型のセンターバラストキールを搭載しており、4.7メートルから11.7メートルまでの調整ができることから、水深の浅い港などへのアクセスが可能となり、セーリング時には最高のパフフォーマンスを発揮することができます。メインマストは72メートル、ミズンマストは62メートルのカーボンマストを採用し、3000㎡のセールエリアを実現しています。
また、このヨットには最新テクノロジーとして、可変速ジェネレーターと最新のパワーマネジメントシステムにより、現在消費している必要最適な電気容量のみを発電することで、従来のような発電しても使われないまま放電される発電ロスを無くすことができ、環境に配慮されたシステムとなっています。3つの可変速ジェネレーターにより発電した電気をリチウムポリマーバッテリーに蓄電し、セーリング時にはゼロエミッション航行も可能です。

10. Atlantic [227.2feet]

この3本マストのトラディショナルなスクーナーは、2010年にオランダのVan der Graaf B.V.でオランダ人ヨットマンのEd Kasteleinにより1903年に建造されたクラシックレーシングスクーナーのAtlantic号を完全に再現されたレプリカ艇で、全長は227.2フィート(69.24メートル)、全幅29フィート(8.85メートル)、総トン数395トンです。

旧Atlantic号は1903年にニューヨークヨットクラブのメンバーであるWilson Marshallがアメリカの大型ヨットデザイナーであるWilliam Gardnerに依頼し建造されたレーシングスクーナーです。1905年のニューヨーク~イギリス(リザード)間の大西洋横断ヨットレースカイザーズカップ(The Kaiser’s Cup Transatlantic Race)において12日4時間1分19秒(巡航速度20ノット)という記録で優勝しました。この記録はその後およそ1世紀の間、誰も破ることがなく、スポーツ界で最も長く保持する記録ともなりました。

新造されたAtlantic号は、1903年当時の設計図を元に忠実に再現されており、外見的には異なる部分はありませんが、蒸気機関によって駆動されていたスクリューやウインチ、発電機器などについては、現代のディーゼルエンジンやジェネレーターに置き換えられ、電気機器、安全航海計器類などは現代の安全基準等に適合するようにアップグレードがされています。この歴史的価値の高いヨットは現在チャーターヨットとして利用が可能で更に売りに出されています。

最後に

今回ご紹介した”The top 10 largest sailing yachts in the world”は、およそ70メートル以上のセーリングヨットばかりです。日本で最大の帆船と言えば、2隻の大型練習帆船の日本丸と海王丸で長さが97メートルですから、大体同じようなサイズ感のセーリングヨットたちが世界トップ10であるということです。ここ数年でトップが入れ替わり、最新技術が搭載された新しい時代のセーリングヨットが登場しています。これは船舶に対してのエミッションコントロール(温室効果ガス排出等)の規制が船舶の世界でも本格的に厳しくなってきているからでもあります。また、クルーズ船の世界では帆船型の省エネクルーザーの開発も進みつつあります。こういった新たな造船技術に富豪たちが造ったセーリングヨットの技術が応用されたり、スーパーヨットの世界でも新たな技術を導入した船がどんどんと造船されています。

ここの紹介したスーパーヨットたちが日本近海に来ることは非常に稀ですが、日本のヨット界も2020年東京オリンピックに向け様々な取り組みが行われようとしていますから、この中から1隻でも日本に来航し私たちセーリングヨットファンの目を楽しませてくれることを切に願うばかりです。

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