先日、とあるYouTube動画を見ていたところ、ヨットに関するコンテンツをやっている動画を見つけました。日本の人がヨット関連動画をやっているのは珍しかったので幾つか既にアップされている動画を一気見してしまいました。その中で「キール」と「ヒール」の用語の使い方が曖昧なことに気付いてしまいました。自分自身もヨット初心者の頃を思い返してみると「キール」と「ヒール」が曖昧だったなって思い起こしたり…。ヨットではこういうことが意外に多くあるので、できるだけそういうのを思い出してはこのブログにアップするようにしているのですが、このことは完璧に忘れてました。
他にも似たような例はヨットの世界では多くて、以前にこのブログでご紹介したロープ関係の呼称(「ハリヤード」「シート」)なんかも結構な経験年数の人でも曖昧だったりすることが少なくありません。
まあ、決して完璧である必要はないと思いますし、そして用語が違っていても安全に楽しむことができればそれで良いような気もします。

しかし、気付いてしまった以上、書かないわけにゆかないヨットブロガーの宿命とでも言いますかw。

そこで、今回は「キール」と「ヒール」について掘り下げてみたいと思います。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

「キール」と「ヒール」で戸惑う

ヨットの構造やセーリングに詳しい人ならば、この2つの言葉を曖昧に使う事は無いと思います。何故なら、この言葉、全く違う事を指す言葉なのです。「キール “keel”」はヨットの部分を表す言葉「ヒール “heel”」はヨットの状態を表す言葉 だからです。
これを間違える人の多くは、「キール」と言う言葉をどちらの場面でも使用して「ヒール」と言う言葉が間違いだと思っている人が多いように感じます。一般的には「ヒール」は靴の踵(かかと)の部分のことを指す言葉ですから、ヨットと踵に関連を感じられずにおかしく感じてしまうのかもしれません。

因みに、英語のkeelの意味は「竜骨」と英和辞典には書かれていますが、海外の辞書には、”The keel of a boat is the long, specially shaped piece of wood or steel along the bottom of it.”(ボートのキールとは 、船底に沿って長く形作られた木または鋼の特別な形をした部品。)とわかり易く書かれています。これを日本人の翻訳者が悩みに悩んで一言で表現できる「竜骨」と表現したようで、これではワケがわからないというのも頷けますね。

キールは船の部分名称

ヨット用語は昔の帆船時代から使われている用語が現代にも引き継がれていることから、なかなかイメージし難い部分もあります。船におけるキール ”keel” は船の船底中央部を前から後ろまで貫く部材を指す部分名称です。現代の船は船底が平らな船も多いことからキールが無くなっているのですが、昔の帆船や現代のヨット(セイリングボート)においてはキールはとても重要な役割を果たしていることから現代でも使われているわけです。
帆船のキール部分
上の画像は、昔の帆船における船体構造を示した透視図ですが、この画像の赤く囲まれた部分がキールです。

昔の帆船は造船時にキールを土台として、この上に画像のような構造体を組立て最終的には外板を張って船体を造っていました。これは木造から鉄の構造に変更されても同じで、古い船の船体は全て同じ手法で建造されていました。日本が誇る帆船の日本丸や海王丸も同じです。ですからキールは人や動物の背骨のように体全体を支えているのと同じく、船全体の基礎となる最も重要な部分であり、キールが折れて損傷してしまった船は修理不可能で廃船になるしかありませんでした。

ヨットにおけるキールとは

この話をするには、先ずは帆船から現代ヨットまでのキールの変遷を説明する必要があります。
キールは上で説明したように元々は船におけるベースとなる部分の名称でした。しかし、帆船技術の発達によりその姿を変えて行きます。

主構造材であるキールの時代

帆船の技術発達で最も大きな変革は、帆走方法の変化です。最初の古代帆船は、櫂(オール)で水をかいて船を走らせる補助動力として追風を利用するところから始まります。しかし、徐々に風の力を効率的に利用できるようになってくると大型化が進み風の影響を大きく受けるようになり人の力だけでは船体を安定させることができなくなります。そこで船底に多くのバラスト(重り用の砂や石)を積むようになります。同時に重りよりも貨物を沢山積むことで安定させるために船底はより平らになって行きます。下の写真を見ていただくと、キールは船体全体の主構造材、建物で言えば基礎のようなものであることがよく解ると思います。

平らな船底

横滑り防止と重りの役割が追加されたキールの時代

帆走技術の革新が起こり後ろからの風だけではなく、徐々に横からの風でも船を走らせることが出来るようになってくると、船が横滑りし始めることからこれを解消するために、平らな船底から海中深くにキールを下げる鋭角な形の船底になってゆきます。横滑り問題が解決できると次に起きるのが、今回のもう一つのキーワードである「ヒール」現象が大きく起きるようになります。横風を利用するという事は強風時に船が横倒しになろうとすることから、バラスト(重り)として積んでいた石や荷物が偏ってしまい船が転覆してしまいます。そこで考え出されたのが船の最も海中深い部分に重りをぶら下げるという「バラストキール」です。これにより横風に強くなることと、横風により倒れ込んだ船体を起こそうとする復元力を利用して船を前に進めることが出来るようになり、現代の帆走技術が生まれるわけです。

バラストキール
上の写真は、シーボニアマリーナ(神奈川県三浦市)でレストア中の大型セーリングヨット「シナーラ」のバラストキールが船体から外された状態の写真です。

現代のヨットにおけるキールとは本来のキールの意味とは異なり、バラストキールのことをキールと言っています。写真のシナーラのようなセーリングボートの場合は、本来の意味のキールも船底中央部の前から後ろに掛けてありますが、そのキールの下に重りの役割としてバラストキールが吊り下げられているのがこの写真から解ると思います。

現代は横滑り防止と重りの役割が主となったキール

現代のキールは船の主構造材としての機能は無くなり、横滑り防止と重りの役割だけになっています。
下の画像は現代のヨットで代表的なバラストキールの絵です。船底から羽のように突き出している部分がキールになります。(キールの後側の突起はラダーです)

ヨットのバラストキール

左上は、”Full-length keel”(日本ではロングキール)と言います。オールドスタイルのヨットに多くみられ、船底の長さ全体にキールがあることから、英語で”Full-length”と表現しています。水深は浅くすることができますが、小回りが利きにくいのが難点です。
右上は、”Fin keel”(フィンキール)と言います。多くのクルーザーはこのタイプが多くみられます。ロングキールの欠点を解消するために長さを短くして、その分深くする工夫からこのような形になっています。
左下は、”Bulge keel”(ビルジキール)という特殊なキールで日本ではあまり見ることができないタイプです。このキールは干満が大きな場所に船を停める場合には、干潮で船が自立するようにこのようなデザインになっています。
右下は、”Wing keel / Bulb keel”(ウイングキールまたはバルブキール)と言います。新しいデザインのヨットやレース艇に多く採用されています。特徴は水中での抵抗を減らし速く走ることを目的に細く長い羽のようなデザインがウイングキールと呼ばれる所以です。バルブキールは先端のバルブ(砲弾型)の部分のことを指し、バルブの形はヨットビルダーによって様々な大きさや形があります。ウイング部分は軽く、重心を出来るだけ下げる意味でバルブを鉛などの比重の高い金属で造る事で小型化し水中での水の抵抗を少なくするデザインとなっています。

ヒールはヨットの姿勢

ヒールはヨットがセイリングしている状態で横方向からの風を受けて帆走している時に船体が斜めに傾いて帆走する状態を「ヒールしている」と言います。
英語の”heel”は、靴の踵(かかと)の部分を示す言葉で、女性がハイヒールを履いている足元が大きく傾いているように、ヨットが大きく傾いてセイリングする姿を「ヒールする」と言う訳です。デッキが傾いて普通には立っていられませんから、傾斜に合わせて横向きになって、まるでヒールの高い靴を履いているような恰好で踏ん張る姿から、そのように表現されるようになったのかもしれません。

ヒールして走るヨット

キールがあるからヒールできる

キールについては先に書いてきた通りですが、バラストキールが出来る前の時代の帆船でも、おそらく帆船はヒールしていたと思われます。その時代は、とにかく船底を重くして船の安定を保ち、風に引きずられるような帆走をしていた筈です。しかし、横帆から縦帆に帆のタイプが変わると、ヒールを利用して船を走らせる帆走法が用いられるようになります。バラストによる復元力を船の推進力に代えるためには、キールが深く水の中に入り、低い重心から船が起き上がろうとする力が必要です。更に船を早く走らせるために、水を切って走る鋭角な船首から水中に続くキールと、キールにバラスト機能も持たせることでヒールした船体の起き上がらせようとする復元力を船の推進力に換えることができるようになったわけです。船体の中央の骨組みからキールの役割が変化したからこそヒールしてセーリングができるようになった、つまりキールがあるからこそヒールして縦横無尽に帆走ができるようになったいうわけです。

最後に… ヒールの度が過ぎるとキールする

ヒールする角度が付き過ぎていることを「オーバーヒール」と言ったりします。オーバーヒールの状態で突風が吹いて転覆してしまうことを英語では”keel over”(キールオーバー)と言います。”keel over”は「ひっくり返る」とか「転倒する」という意味で日常的に英語では使われます。つまり、ヒールし過ぎるとキールしてしまうってわけです。

可動キール
「キール」と「ヒール」についていろいろとご紹介してきましたが、其々について、ご理解いただけましたでしょうか?
現代のヨットでは、船体構造が大きく変化して船首から船尾までキールが通っているヨットは殆ど見られなくなりました。特にプロダクションセーリングボートの世界では、FRPのモールドを使って船体を成型することから本来の意味のキールは船底には無くなってしまいました。その代わりと言っては語弊がありますが、バラストキールが船底に吊られており、そのバラストもバルブ型となって砲弾が翼断面を持っウイングキールにぶら下がっているというような格好に様変わりしています。またバルブキールも進化しており、外洋レース艇ではバルブキールが可動し、ヒールをより打ち消し、より速く帆走するためにバルブを持ち上げて復元力を大きくする機能まであったりします。上の写真はその機能を使って水面より上にバルブキールを持ち上げバランスを取り、マストトップの作業を容易にできるようにしている写真です。外洋単独無寄港レースならではの一シーンですね。他にも、スーパーヨットの世界では、マストの高さが非常に高くなりセイル面積を大きくとることができるようになったことから、バラストキールをより水深の深い位置まで下げています。しかし、港などの水深の浅い場所への出入りが出来なくなることを避けるため、キールを上げ下げできるようにしているものまであります。このようにキールも本来の意味からヨットの進化によってその役割や形を大きく変えています。

コメントを残す