僕の好きな食べ物と言えば「カレー」です。基本的には、どんなカレーでも好きなんですが、唯一ダメなのが辛過ぎるカレーです。カレーは辛くないとダメって、いつ、誰が決めたのか?カレーは辛く無いと…ってことで、辛いやつを出す店が若干あるんですが、爽やかな辛さなら我慢できるんですが、喉にくる辛さで口に入れるとこのまま飲み込んだら熱が出て寝込んでしまい、次の日には下から出すとき、2度目の苦行になりそうなやつが時々あります。残念ながら、僕は辛いものがダメなので、そう言うカレーが提供されそうな店は行きませんし、一度でも辛くて旨くないって思った店には二度と行きません。
学生時代に同級生でカレーが食べられないって奴が居ました。カレーなんて給食にも出て人気メニューだし、子供はみんな大好きメニューの筈が、話を聞いてみると子供の頃に家のカレーが辛くて、カレー嫌いになっしまったようです。子供に辛いカレーを食べさせるなんて、残念な親がいるもんだ…って思いましたが、どうやらそう言う大人は「カレーとは、辛い食べ物」という固定概念があるのと、甘口なんて書いてある物を食べるのは格好悪いっていう、これまた頭の硬い変な自尊心があるようです。辛い物が食べれるからと言って、何も凄いことでも偉いことでも無いんですがね…。
僕は辛く無いカレーが大好きなんです。
様々なスパイスを使った複雑な味や風味。そして、どんな食材でもカレースパイスと合わせると美味しくなる。カレースパイスはまさに魔法の粉です。
冬場になるとセーリングで冷えた体を温めてくれるのはカレー味のカップ麺、それも最近は大きいカップ麺が売ってますが、残った汁にご飯を投入したくなるほどです。
さて、そんなカレーですが、ヨットとは接点が無いように思いますが、冗談半分でヨットとカレーをテーマに調べてみたら、なんと出てきてしまいました。
そこで今回は、ヨットとカレーの意外な接点について書いてみたいと思います。

1899年出版のヨット実用書
1899年、アメリカのニューヨークで『Yachting Wrinkles(ヨッティング・リンクルズ)』という本が出版されました。
著者はA・J・キニーリー(A. J. Kenealy)。出版社は、スポーツやアウトドアに関する出版物を手がけていたアウトィング出版(Outing Publishing Co.)です。
19世紀末は、ヨットレースが大きく発展していた時代でした。
1851年に始まったアメリカズカップは、英国と米国のヨット界を代表する国際的な競走となり、両国の造船技術やヨット設計を競い合う舞台にもなっていました。かちょうど『Yachting Wrinkles』が出版された1899年には、第10回アメリカズカップがニューヨーク沖で開催されました。
英国から挑戦したのは、紅茶事業で成功した実業家トーマス・リプトン(Thomas Lipton)が所有する「Shamrock(シャムロック)」。迎え撃つ米国側は、著名なヨット設計者ナサニエル・ハーショフ(Nathanael Herreshoff)が設計した「Columbia(コロンビア)」でした。両艇は船体の材料や構造にも新しい技術を取り入れており、ヨットの高速化を目指す設計競争を象徴する存在でした。このレースではColumbiaが3勝を挙げ、アメリカズカップの防衛に成功しています。
もっとも、当時のヨットの楽しみはレースだけではありません。ヨットクラブではレースとともにクルージングも行われ、ヨットは速さを競うための船であると同時に、自分の船で海を旅するための船でもありました。
一方、ヨットの設計は大きな変化の途中にありました。伝統的な重いキールを持つ船に加え、センターボード艇や、深いフィンキールの先端にバラストを集中させた船など、さまざまな形式が試みられていました。船体の形状やバラストの配置、帆装、艤装など、ヨット乗りにとって知っておきたいことも増えていたのです。
そんな時代に出版された『Yachting Wrinkles』の表紙には、次のような副題が付けられています。
A Practical and Historical Handbook of Valuable Information for the Racing and Cruising Yachtsman.
(レースやクルージングを楽しむヨット乗りのための、実用的かつ歴史的な知識をまとめた手引書)
この本は全12章で構成され、ヨットレースの歴史から、レーシングヨットの構造や船型、キールとセンターボードの違い、艤装やレースに向けた調整方法まで解説しています。さらに、乗組員の役割や船内の規律、レース規則、ヨット乗りとしてのマナー、保険、船の所有や維持に必要な費用なども取り上げています。
ところで、少し変わっているのが『Yachting Wrinkles』という題名です。英語の wrinkle は一般には「しわ」を意味しますが、船乗りの言葉では、経験から得たちょっとした知恵や、知っておくと役立つ工夫という意味でも使われていました。
キニーリーは本の冒頭に、次の一文を掲げています。
Wrinkle—Something Worth Knowing.—Nautical Lexicon.
(リンクルとは、知っておく価値のあること。――海事用語辞典)
つまり、この本の題名は「ヨット乗りのための役立つ知恵」といった意味になります。ヨットの性能が進歩し、レースとクルージングの双方でさまざまな知識が求められていた19世紀末。キニーリーは、ヨットを楽しむために役立つ幅広い情報を一冊にまとめたのです。
13歳で海に出たキニーリー
『Yachting Wrinkles』の著者、アーメド・ジョン・キニーリー(Ahmed John Kenealy)は、ヨットに関する専門書を執筆しただけでなく、若い頃から実際に海で過ごしてきた船乗りでもありました。
キニーリーは著書のなかで、13歳のときに海に出たと振り返っています。19世紀後半、帆船はまだ世界の海上輸送を支える重要な存在でした。蒸気船が普及しつつあったものの、地域間の貨物輸送には多くの帆船が使われており、インド洋や東南アジア、中国沿岸にもさまざまな帆船が行き交っていました。
キニーリーが航海した海域のひとつが、インド南東部のコロマンデル海岸(Coromandel Coast)です。ベンガル湾に面したこの海岸には、マドラス(Madras、現在のチェンナイ)やネガパタム(Negapatam、現在のナーガパッティナム)といった港がありました。当時のインドは英国の植民地統治下にあり、これらの港は英国とインド、さらにアジア各地を結ぶ海上交易の拠点となっていました。
キニーリーは、この沿岸を航行するスクーナーでの経験を著書に残しています。
スクーナーとは、一般に2本以上のマストを持ち、縦帆を主体とする帆船です。19世紀には沿岸貨物船として広く使われており、比較的少人数で操船できることから、地域間の輸送にも適していました。
こうした船では、乗組員が長期間にわたって船内で生活し、食事も限られた設備で調理していました。キニーリーの記述からは、航海中の操船や船の扱いだけでなく、船内での暮らしにも関心を持っていたことがうかがえます。
その後、キニーリーは英国海峡でも小型帆船を操船しています。著書『Boat Sailing in Fair Weather and Foul(晴天と荒天の帆船操船術)』には、自身の15トンのカッター「Heather Bell(ヘザー・ベル)」で英国海峡を航行中、強い南風に遭遇した体験が記されています。
カッターは、1本マストに複数の前帆を備える縦帆形式の帆船です。キニーリーはこの船で自ら舵を取り、荒天のなかで航海を続けていました。この体験談には、同行者が揺れる船内で魚を調理したというエピソードも登場します。海が荒れていても食事を作らなければならないという、船上生活ならではの様子が伝わってきます。キニーリーは商船での航海経験に加え、こうした小型帆船での実体験も持っていました。
やがて彼は、新聞記者や著述家として活動し、ヨットレースの歴史や操船技術、船の設計、船内生活などを扱う本を出版するようになります。『Yachting Wrinkles』に収められたさまざまな助言には、船乗りとして長年海で過ごした経験が反映されていたのです。
ヨットの実用書に登場する船内料理
『Yachting Wrinkles』は全12章で構成されていますが、最後の第12章は、それまでとは少し趣が異なっており、章の題名は「The Last Word—Final Hints to Tars Who Want to Sail Their Own Craft(最後の言葉――自分の船を操りたい船乗りへの助言)」です。
ここで使われている tar は、もともと船乗りを指す古い英語の俗称です。帆船時代、船具やロープの防水・防腐にタールが使われていたことに由来する言葉です。
この章では、ヨットの性能やレースの話から離れ、実際に船を所有して海へ出る際に役立つ、日常的な工夫が紹介されています。衣類の選び方や収納、船内で使う道具、限られた空間を有効に利用する方法など、その内容は細かなところにまで及んでいます。
なかでも興味深いのが、ギャレーと船内料理についての記述です。
19世紀末の小型ヨットでは、現在のような設備の整ったギャレーがあるとは限りませんでした。調理には石油やアルコールなどを燃料とするストーブが使われ、鍋やフライパンを置く場所も限られていました。さらに、船は波によって絶えず揺れ、帆走中にはヒールします。陸上の台所では何でもない作業でも、船内では難しくなることがあります。
キニーリーは、こうした環境で使う調理器具として、深さのあるフライパンを勧めています。浅いフライパンでは、船が傾いたときに油や食材がこぼれやすくなります。深型で蓋の付いたものなら、炒めるだけでなく、煮たり蒸したりする調理にも使えます。また、ひとつの調理器具で複数の料理を作れることは、収納場所の少ない小型ヨットでは大きな利点でした。
キニーリーが船内料理について述べているのは、単においしい食事を作るためだけではありません。限られた設備と食材を使い、揺れる船内でも無理なく調理できることを重視していたのです。
インドのスクーナーで覚えた米の炊き方
キニーリーは『Yachting Wrinkles』の第12章で、少年時代にインド沿岸のスクーナーで教わった米の炊き方を詳しく紹介しています。
そのスクーナーは、インド南東部のネガパタム(Negapatam、現在のナーガパッティナム)とマドラス(Madras、現在のチェンナイ)を結ぶ航路で使われていました。米の炊き方を教えたのは、船に乗っていた現地の料理人です。キニーリーは、米の一粒一粒がふっくらとして、互いにくっつかず、さらりと仕上がることを、おいしい米料理の条件としていました。原書には、米を洗うところから仕上げまで、次のような調理方法が記されています。
「まず、計量した米を甲板用のバケツに入れ、海から汲み上げたばかりの水で何度も洗った。料理人によれば、この作業をしなければ米粒同士がくっつき、粥のようになってしまうという。米を十分に洗った後、勢いよく沸騰している真水の鍋に入れた。塩は加えなかった。それから火を強め、鍋の中を勢いよく沸騰させ続けた。加熱している米をかき混ぜることは決してなかった。20分間茹でた後、火を弱めて湯を切った。茹で汁は飲み物として取っておいた。そして、ごく弱い火で30分間、米をふくらませながら水分を飛ばした。こうしてできあがったのが、まさしく米料理だった!」
キニーリーが教わったのは、現在の日本で一般的な炊飯方法とは異なる「湯取り法」と呼ばれる調理方法で、日本の炊飯では、米に加えた水を吸収させながら加熱し、最後に蒸らします。これに対して湯取り法では、たっぷりの湯で米を茹で、余分な水分を捨てて仕上げます。米粒が互いにくっつきにくく、さらりとした食感になるのが特徴です。
キニーリーの記述で興味深いのは、米を洗う水には海水を使い、茹でるときには塩を加えない真水を使っていることです。また、茹でている途中でかき混ぜないことや、湯切りした後に弱火で水分を飛ばすことなど、仕上がりをよくするための細かな工夫も紹介されています。さらに、米の茹で汁を捨てずに飲み物として利用していたことも、船上生活らしい一面です。
キニーリーは、この米の炊き方を少年時代に教わり、1899年に出版された著書のなかでも、その手順を具体的に覚えていました。長い航海生活のなかで身につけた、忘れられない料理の知恵だったのでしょう。
インドの料理人が作ったエビカレー
キニーリーが若い頃に乗っていたインド沿岸のスクーナーでは、米とともにカレーが食べられていました。『Yachting Wrinkles』には、船の料理人が作っていたエビのカレーについても、詳しい回想が残されています。
料理人は、まずエビを海水で茹でて殻をむき、食べやすい大きさに切っていました。続いて、鍋にギー(ghee)と呼ばれる澄ましバターを入れて熱し、刻んだタマネギとニンニクを炒めます。ギーは、バターから水分や乳固形分を取り除いた油脂で、インド料理では古くから広く使われてきました。タマネギとニンニクが炒まったところでエビを加え、さまざまなスパイスを混ぜ合わせて調理します。
キニーリーは、このとき使われていたスパイスの種類や配合について、詳しくは知らなかったと述べています。料理人がどのような調合をしていたのか、正確なレシピは残されていません。
しかし、出来上がった料理の味については、強く印象に残っていたようです。キニーリーの回想には、調理中に漂う香りに誘われて、乗組員たちが食事を楽しみにしていた様子が描かれています。
米を主食とし、魚介類をギーや香辛料で調理するのは、インド沿岸部で親しまれてきた食文化のひとつです。
コロマンデル海岸はベンガル湾に面し、古くから漁業や海上交易が盛んな地域でした。沿岸ではエビをはじめとする魚介類が食材として利用され、地域ごとにさまざまなカレー料理が作られてきました。
キニーリーが紹介したエビのカレーも、こうしたインド沿岸の食文化を背景とする料理だったと考えられます。興味深いのは、キニーリーがこの料理を、単なる異国の珍しい食べ物として紹介しているわけではないことです。
彼にとって米とカレーは、若い頃に船の上で実際に食べ、その味と調理の様子を覚えていた料理でした。
ヨットのギャレーで30分で作れるカレー
インド沿岸のスクーナーで食べたカレーの味は、キニーリーにとって忘れられないものだったようです。しかし、『Yachting Wrinkles』で彼が紹介しているのは、現地の料理人が作っていたカレーの思い出だけではありません。ヨットのギャレーで手軽に作れるカレーの調理方法も、具体的に記しています。
キニーリーは、ヨットのギャレーでも30分あれば、おいしいカレーを作るのは簡単だと述べています。
そのレシピは、驚くほど簡単なものでした。
キニーリーが紹介したカレーの材料
- バター:卵ほどの大きさの塊
- タマネギ:大きなもの1個
- カレー粉:大さじ1杯
- 加熱済みの肉、または魚:適量
まず、深型のフライパンに卵ほどの大きさのバターを入れ、加熱して溶かす。バターが溶けて煙が出始めたら、薄切りにした大きなタマネギ1個と、大さじ1杯のカレー粉を加える。そこへ、手元にある調理済みの肉や魚を小さく切って入れ、15分間加熱する。
これで出来上がりです。
材料の分量も調理工程も、現在の料理本に掲載されているレシピと比べれば、ずいぶん大まかなものです。肉や魚の量も指定されていません。ただし、これが1899年の原書に書かれた基本的な調理方法です。水を加える指示もなく、煮込む時間も15分だけです。
更にキリーニはカレーについてこのように書いています。カレーは、西インド諸島の伝統料理ペッパーポットと同じように、ほとんどどんな食材でも作ることができる。新鮮な肉や魚、缶詰の肉や野菜でも、おいしく仕上がる。必要な調味料を挙げれば、バター、タマネギ、ニンニク(好む人は少量)、赤唐辛子、黒コショウ、カレー粉、チャツネである。これらがあれば、いつでもおいしい料理を作ることができる。アジア人もユーラシア人も、カレーに小麦粉を加えてとろみを付けることはない。レモンやライムの果汁を絞ると風味が増す。
このレシピで興味深いのは、特別な食材や調理器具を必要としていないことです。使うのは、キニーリーが船内料理に適していると勧めていた深型のフライパンひとつ。肉や魚は、すでに調理したものを利用できます。缶詰の食材でも構いません。
19世紀末のヨットでは、現在のように冷蔵設備が整っているとは限らず、保存できる食材や寄港地で調達した食料を利用する必要がありました。そうした船内生活において、手元の食材と保存の利く調味料で作れるカレーは、実用的な料理だったのでしょう。
キニーリーがインド沿岸で覚えたカレーは、長い航海経験を経て、ヨットのギャレーでも簡単に作れる料理として紹介されていたのです。
もう一冊のヨット本にも登場したカレー
キニーリーは『Yachting Wrinkles』を出版する5年前の1894年にも、ヨットに関する実用書を出版しています。『Boat Sailing in Fair Weather and Foul(晴天と荒天の帆船操船術)』という本です。
この本では、小型帆船の操船方法や帆装、荒天への対処など、実際に船を扱うための知識を幅広く紹介しています。
1899年の『Yachting Wrinkles』の序文によると、前著はヨット乗りから好意的に迎えられ、それが新しい本を執筆するきっかけになったと書いています。
『Boat Sailing in Fair Weather and Foul』はその後も版を重ね、1903年には改訂第6版が出版されました。この第6版には、「Sea Cookery for Yachtsmen(ヨット乗りのための船内料理)」という独立した章が設けられています。
船内で使うストーブや調理器具、限られた設備で食事を作る工夫などが取り上げられていますが、そのなかに、再びカレーが登場します。
キニーリーが紹介しているのは、ひとつの調理器具で複数の料理を同時に作る方法です。内部が3つの区画に分かれた鍋を使い、ひとつにはカレー、もうひとつには米、残る区画にはクラムブロス(clam broth、貝の煮汁)を入れて調理するというものです。これは、ひとつの熱源を使って複数の料理を同時に温められる、船内向けの調理器具だったようです。
小型ヨットでは、ギャレーに置けるストーブの大きさや調理器具の数が限られます。船がヒールすることも考えれば、複数の鍋を並べて使うより、ひとつにまとめられることには利点があります。米とカレーを別々の区画で調理するという発想からも、キニーリーがカレーを米と組み合わせて食べる料理として捉えていたことがわかります。
1899年の『Yachting Wrinkles』では、インド沿岸のスクーナーで覚えた米とカレーの調理方法を詳しく紹介し、1903年の『Boat Sailing in Fair Weather and Foul』改訂版では、船内でカレーと米を同時に調理するための器具に触れています。
キニーリーにとってカレーは、異国で食べた思い出の料理であると同時に、ヨットのギャレーでも作れる実用的な料理だったことがうかがえます。
最後に…
アーメド・ジョン・キニーリーという人は、自分が船乗り時代にカレーに出会い、カレーという手軽な料理は狭いヨットのギャレーで作るのに適した食べ物だと言うことで、1899年に出版した『Yachting Wrinkles』で作り方を紹介していたわけですが、彼はきっと僕と同じようにカレー好きなヨット乗りだったんだろうと思います。
彼のカレーの作り方は、インドでは一般的な作り方をスパイスの細かな調合を省略してカレーパウダーで作っています。この作り方、実は僕も家で作るカレーは同じような作り方をしています。
面白いのは、小麦粉を使ってとろみを付けないなんて記述がありますが、同時の英国では既にカレーが食べられていたのですが、まさに英国風カレー、つまり現在最も食べられている日本のカレーの原型が英国で食べられていたのですが、キリーニの好きなカレーはインド式のカレーだったと言うわけです。
この本を読んだヨット乗りが、実際にどれほど本に書かれていたレシピのカレーを作ったのかはわかりません。それでも、19世紀末のどこかの港で、停泊中のヨットのギャレーから、旨そうなカレーの香りが漂っていたのかもしれません。




コメント