世界の海上輸送では、温室効果ガスの排出削減に向けて、さまざまな取り組みが進められています。従来の重油に代わる燃料やエンジンの開発、船体抵抗を減らす技術、更に風の力を利用して燃料消費を抑える風力補助推進など、その方法はさまざまです。こうした中で、風を補助的に利用するのではなく、最初から風を主な推進力として帆船で貨物を運ぼうという取り組みがあります。
そのひとつが、2011年にフランスで設立された TOWT(TransOceanic Wind Transport)です。
TOWT は、設立から暫くは既存の古い帆船を使用しで試験的貨物輸送を行い、荷主の確保が難しい時には、自ら仕入れた品物を積んで輸送し販売するという形で帆船貨物輸送の事業化を進めてきましたが、帆船輸送により付加価値や理解を示す荷主などの増加などを受けて、2024年には新造の帆走貨物船 Anémos と Artémis を就航させました。しかし、新造船の引き渡しの遅れや、就航後の技術的な問題による運航停止、貨物輸送の採算不足などに加え、アメリカの関税政策の変更などの影響も重なり、急速に資金繰りが悪化し、2026年4月にTOWTは経営破綻してしまいますが、その事業再建に乗り出したのが、以前から出資していたフランスの投資会社である Crédit Mutuel Impact です。同社は既存の投資家と共に事業継承を計画し、5月にNEWTOWTとして裁判所の承認を受けて帆走貨物輸送事業と建造中の船舶に関する契約などを引き継ぎました。
こうして事業が継続されることになり、2026年夏に新たな帆走貨物船 Atlantis が完成しました。
今回は、この Atlantis がどのような船なのか、その構造や帆装、推進方式などを詳しく見ていきたいと思います。

Atlantisとは、どのような船なのか
Atlantis は、フランスの造船会社PIRIOU(ピリウ)が建造した、Phénix(フェニックス)級と呼ばれる帆走貨物船の3番船です。建造されたのは、ベトナムのPIRIOUが所有する造船所で、先に完成した姉妹船 Anémos と Artémis に続き、2026年夏にNEWTOWTへ引き渡されました。全長81m、船幅11.9m、総トン数は1,672GTで、最大約1,100トンの貨物を積載できます。2本のマストに備えるセイルの総面積は約2,200㎡です。
この大きさを日本の有名帆船と比較すると、1984年に竣工した2代目「日本丸」は、全長110.09m、国際総トン数2,891GT、4本マストでセイル面積は約2,760㎡。また、1993年に竣工した「帆船みらいへ」は、全長52.16m、総トン数362トン、3本マストでセイル面積は約783㎡です。全長で見ると、Atlantis は「日本丸」と「帆船みらいへ」のちょうど中間くらいの長さになり、セイル面積では「帆船みらいへ」の約2.8倍にもなり、2本のマストに相当な面積のセイルを備えていることがわかります。但し、「日本丸」や「帆船みらいへ」は練習帆船として生まれた船であるのに対して、Atlantisは貨物輸送を目的として設計されているため、船体内部には貨物を積み込むための船倉が設けられています。
また、Atlantisは古い帆走貨物船をそのまま再現した船ではなく、現代の新しい戦隊設計で貨物輸送に必要な設備を備えながら、風を主な推進力として利用する船として設計されています。
帆装とセイル操作
Atlantisの帆装で特徴的なのは、2本のマストにそれぞれ2本ずつ、合計4本のブームを備えていることです。
セイルの構成は、2枚のメインセイル、2枚のジブ、そして1枚のジェノアジブの合計5枚のセイルを使い、約2,200㎡のセイル面積を確保しています。セイルの素材には、ヨットでも広く使われているポリエステル繊維のダクロンが採用されています。現代船の風力補助推進で見られるような硬い翼のようなウイングセイルではなく、セーリングクルーザーのような布製のセイルで風を受ける方式です。当時のプレスリリースでは、セイルのメンテナンスのコストが低く、造船コストを抑えられるという判断からのようです。これだけ大きなセイルを扱うには、展開や収納、トリムの操作に相当な力が必要となるため、油圧装置や風向・風速などのセンサーを利用して、セイル操作の大部分を自動化しています。乗組員がすべてのハリヤードやシート類を人力で操作するのではなく、機械と制御システムを組み合わせて帆走する仕組みです。
また、船の進路を決める際には、気象予報などの情報を利用した航路選定システムも活用します。風を主な推進力とする貨物船にとって、目的地へ向かう途中でどのような風が吹くかは、航海時間を左右する重要な条件です。こうした帆装と航海支援システムを組み合わせることで、Atlantis は大量の貨物を積みながら、風の力を利用して長距離を航海するように設計されています。
風が主役、エンジンは補助
Atlantisは、風を主な推進力として航海する貨物船ですが、エンジンを搭載していないわけではありません。船内には出力422kWのディーゼルエンジンが2基搭載されており、合計出力は844kW、約1,150馬力になります。港への出入りや風が弱い海域など、帆走だけでは対応しにくい状況で補助動力として使用します。
この船が一般的な貨物船と大きく異なるのは、エンジンを主役にして燃料消費を減らすために風を利用するのではなく、最初から風を主な推進力として設計されていることです。PIRIOUが公表した Atlantis の平均速力は約10.5ノットで、風を利用して航海する船として、長距離の貨物輸送に必要な速力を確保することが目標とされています。
もうひとつ興味深いのが、帆走中の発電です。
船がセーリング状態のるときには、水流でプロペラを回して発電するハイドロジェネレーションという仕組みが採用されています。発電した電力はバッテリーに蓄えられ、船内の電気設備などに利用されます。つまり、風は推進力だけでなく、発電にも利用されているという事です。もちろん、水中のプロペラを回して発電すれば、その分だけ船体には抵抗が生じます。それでも、航海中に必要な電力の一部を風の力から得られることは、発電によるエンジンの稼働や燃料消費を抑えるうえで大きな意味があります。
帆走を中心に据え、必要なときだけエンジンを使い、航海中には発電も行う。Atlantisは、こうした仕組みを組み合わせて大西洋を横断する貨物輸送を目指しています。
貨物の積み込みと船内設備
船体内部には2つの船倉が設けられ、貨物は主にパレット単位で積み込まれます。ヨーロッパ規格のパレットで約1,080枚を収容できる規模です。扱う貨物はコーヒーやカカオなどの農産物に限りません。ワインやコニャック、衣料品、医薬品、工業製品など、さまざまな商品を運ぶことが想定されています。
荷役のために、船には2基のクレーンが装備されています。各クレーンの吊り上げ能力は7.5トンで、港側の大型荷役設備に全面的に依存せず、貨物の積み下ろしができるようになっています。
実際に、姉妹船の Artémis が2025年4月にフランスのブレスト港へ寄港した際には、自船のクレーンを使い、港湾作業員の協力を得て、コニャックやシャンパンなど約350トン、300パレットの貨物を積み込みました。
帆走貨物船と聞くと、昔の帆船のように樽や木箱を人の手で積み込む光景を想像するかもしれません。しかし、Atlantisが採用しているのは、現代の物流で一般的なパレット輸送で貨物を安全に積み、目的地まで運び、港で効率よく荷揚げする。Atlantisは、そうした貨物船としての機能と、風を利用する推進方式を組み合わせた船なのです。
帆走貨物船は、どのような航路を走るのか
風を主な推進力とする貨物船にとって、どこを航海するかは、どのような貨物を運ぶかと同じくらい重要です。一般的な貨物船は、エンジンによって一定の速力を維持しながら、目的地までの距離や海流、気象条件などを考慮して航路を選びます。これに対して Atlantis のような帆走貨物船では、風向や風速によって航海時間が大きく変わります。目的地へ向かって最短距離を進むよりも、多少遠回りになっても、安定した風を利用できる航路を選んだ方が早く到着できる場合があります。
TOWTが事業化を進めてきたのは、ヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ大西洋横断の貨物輸送です。
大西洋には、古くから帆船が利用してきた貿易風や偏西風があります。北大西洋では、低緯度側の貿易風が概ね東から西へ、中緯度の偏西風が概ね西から東へ吹くため、航海する方向によって利用しやすい風の分布が異なります。もちろん、実際の航路は季節や気圧配置によって変わりますが、こうした卓越風を利用できることは、帆走貨物輸送にとって大きな利点です。
また、貨物船である以上、風だけを考えて航海するわけにはいきません。積み荷を受け取る港、届ける港、荷役に必要な時間、そして荷主との輸送契約も考慮する必要があります。風を利用して燃料消費を抑えることと、貨物を予定どおりに届けること。この両方を成立させる航路と運航計画が、帆走貨物輸送の事業化における重要な課題になっています。
最後に…
かつて世界の海上輸送を支えていた帆船は、蒸気船やディーゼル船の発達によって、商業輸送の第一線から姿を消していきました。それから長い年月を経て、再び風の力を主な推進力とする貨物船が建造されるようになったことは、地球規模の温室効果ガス現象のためとはいえ、興味深い変化だと思います。Atlantisは、昔の帆船に戻ろうとしているわけではなく、現代の造船技術やセイル制御システム、航海支援技術を利用することで、風を使った貨物輸送を新しい形で成立させようとしています。
しかし、帆走貨物船が一般的な貨物船に代わって、世界中の貨物を運ぶようになるとは考えにくいでしょう。輸送能力や航海日数、運航コストなど、商業輸送として解決しなければならない課題は少なくありません。実際に、Atlantisを建造する計画を進めてきたTOWTは、経営破綻を経験しています。風の力で船を動かす技術が実用化されても、それを継続的な事業として成立させることは、また別の難しさがあるからです。
このブログでも以前に取り上げようと思いましたが、商業化は難しいのではないかということ、更にTOWTを知った当時は、単なる帆船好きの人たちが、古い帆船を使って帆船輸送事業を行おうとしていた頃で、沢山のクルーが必要な人力を多用する船では、収支があわないということを、彼ら自身も語っていたので、継続性に疑問があったので取り上げませんでした。しかし、そこから新造船を3隻も造ってしまった背景には、彼らの強い拘りを感じます。また、荷主の理解、急ぐ必要が無い物、そして帆船で運ぶ付加価値をビジネスのポイントに置いて帆船貨物線事業を継続してゆくと語っているのことか、Atlantisがこれからどのような航海を重ね、帆走貨物輸送がどこまで商業的に成立していくのか、その行方をこれからも注目していきたいと思います。




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