ヨット乗りになった人の多くが共通してヨット好きになった理由に、

『港を出る時にはエンジンを掛けて船を走らせ沖に出て、セイル(帆)を広げてセイルに風を入れセーリングし始めたらエンジンを止めるとエンジンの喧騒が無くなり、セイルが風を切る音とハルが水を切って走る音だけとなって風の力だけでヨットが波を切ってぐんぐん走っていることに感動しヨットにハマってしまった…』

なんてヨットマンが多いのですが、
実は遠目でヨットを見ている人たちにとってヨットは優雅に静々と走っているように見えていても、実際にヨットに乗っている人にとってエンジンが掛かっている時の音は耳触りな煩いもので、早く風を受けてセーリングに切換えエンジンを止めて煩いエンジン音から解放されたいと思っているということは、陸で見ている人たちからは想像がつかない現実です。

せっかく優雅に走っているように見えるヨットなんですから、エンジンで走るっている時も静々と走ってくれればイメージ通りで最高なんですが、残念ながらヨットに積まれているディーゼルエンジンは自動車でもガソリン車よりディーゼル車の方が煩いのと同じで、小型でも結構煩く、それも船内に積まれているので小型ヨットでは防音もそこそこなので煩くて堪らないというのが現実です。
近年、陸では電気自動車やハイブリッド車が増えてきたこともあり、電気モードで走っている時には背後に接近してきても殆ど気付かないくらいに自動車は静かになりました。逆に静か過ぎるのが危ないとばかりに、わざわざ音を後付けるようにまでなったくらいですから、これがヨットに載ってくれたら出港時から静々と水面を滑るように走れるのではないかと思っているヨットマンは今や少なくないと思うのですが、実は海外では実用化が日本より一歩も二歩も早く始まっています。

そこで今回は、ヨットの電動化についてちょっとだけお話してみたいと思います。

ヨットの電動化は既に始まっている

ヨットのハウス部分の電化については、一般生活においても電化があたりまえの時代ということもあって、普段の生活をヨットに持ち込みたいというニーズがより大きくなり居住性の向上という面では冷蔵庫はもとより、電子レンジやエアコンまでもヨットで使えるようにしようという流れになっています。電子レンジやエアコンなどの冷熱機器は大きな電気容量が必要となることから、かつては陸電(ショアパワー)に接続している時や発電機を積んでいる船だけのものでしたが、近年では高性能バッテリーの登場やソーラーパワーによる発電技術の進化もあって、欧米では小型で大容量のリチウムイオンバッテリーをヨットに搭載することで、これらの電化製品をクルージング中でも使えるレベルにまできています。ここまで電化技術が進むと、当然のことながら次は電動化が視野に入ってくることは当然のことで、「発電と蓄電」双方の技術発展で電動化するヨットも登場し始めています。

効率の面では電気エンジンがかなり上回っている

ヨットの多くが載せているディーゼルエンジンは、機械的なロス(メカニカルロス)や熱損失によって走る力に変換されずに無駄になっているエネルギーがかなりあります。また、トルクもエンジンが充分に温まってスムーズに稼働するまでは充分に得ることができません。しかし、電動エンジン(電気モーター)は機械的可動部分が殆ど無いうえに熱損失も殆どありません。また、スイッチをを入れていきなり初速からフルパワー(フルトルク)で稼働させることもできることから、従来型エンジンのエネルギーロス率が6割以上だと言われているのに比べて、電気エンジン(モーター)の損失量は約1割以下と言われています。つまり、電動の方が圧倒的にエネルギーを無駄なく高効率で利用できるわけです。

そして実は、エンジンで直接プロペラを駆動させるよりも、発電機で一旦発電した電気をバッテリーに蓄電し、そこからモーターを動かして走らせた方が燃料の使用量を抑えることができるということも言えるわけです。日本で大人気のハイブリッド車は、正にその原理で省エネを実証済みです。

既に大きな船で電動化が進んでいる

実は最近の大きな船では、エンジンを積んでいても、それは発電用(ジェネレーター:発電機)で、エンジンで直接プロペラを回さず、発電した電気を一旦バッテリーに蓄電してから、その電気を使って電気モーターを回してプロペラを回すのが最近の主流となり始めています。小さめのクルーズ船や新造されるスーパーヨットの殆どがこの方式を導入しています。

これってなんだか無駄があるように感じますが、航海用の計器や船をコントロールする機器、そして生活用電源にも電気は既にあたりまえに使われていて、従来から推進用のエンジンとは別に発電用のエンジン(大型発電機)が複数積まれています。

発電用のエンジンも技術の進歩で一定の回転数で無駄な燃料消費ができるだけ無いように低燃費化されているので相対的に燃料消費量は少なくなっています。更に、電気モーターは初速から大きな力(高トルク、高回転)を取り出す事ができるので、圧倒的に従来型のエンジンに比べると効率が良いわけです。

つまり、船から推進用の大きなエンジンを無くし、その代わりに発電機を更に複数搭載し、空いたスペース(少なくなった燃料スペースも含む)を蓄電池に置き換えて船上では完全電化するというものです。更に燃料を使う発電だけでなく、太陽光などの再生可能エネルギーによる発電を組み合わせることで燃料の使用量を節約できるわけです。

更に、大型のスーパーセーリングヨットなどでは、セーリング中にプロペラを推進用として使用していない時には、水流による回転を利用して発電し、それをバッテリーに充電するという事まで既に行われています。

ヨットの電動化によるメリット

では、ちょっとだけ我々のような小型ヨットを電動化した時、メリットを考えてみると以下のような感じになります。

  1. 燃料代がなくなる。仮にジェネレーターを使わず、再生可能エネルギー(風力や太陽光)と陸電(ショアパワー)からの充電だけにした場合、燃料代はゼロになります。
  2. オイル交換、各種潤滑油、エンジン関係の定期的なメンテナンスが電動化により一切なくなります。ヨットのエンジンの場合、オイル、潤滑油関係、オイルフィルター、燃料フィルター、エアフィルター、インペラ、クーラントなどの消耗品交換や冷却系のスルーハルの掃除などが一切なくなります。同時にエンジンのメカニカルトラブルの心配も無くなります。
  3. エンジン自体の耐久性能は、従来の小型ヨット用のディーゼルエンジンがおおよそ6千時間程度(メーカー値)に対して、電気モーターは5万時間の耐久性があります。
  4. 機走中でもとっても静か。

もう、これを見るといいところだらけですね。

最新の電気フルシステム構成

OCEANVOLT
上のシステム図は、OCEANVOLT社のシステム構成図になります。この図でエンジンに該当するのは、右下のセイルドライブとその横にある白い箱になります。モーターは既にこんなに小さなブラシレスの三相交流モーターになっており、この小さなモーターで従来型のエンジンの馬力換算で最大50馬力までの力を出すことができます。隣の白い箱はDCACコンバーターです。交流式モーターなので直流の48Vを三相交流に変換して出力します。図の左側にはバッテリーが4本直列につながっており、これで直流の48Vを出力しています。バッテリーの前にあるのは充放電コントローラー、バッテリーの隣のグレーの箱は、ジェネレーター(発電機)です。ジェネレーターの横は、陸電(ショアパワー)の入力とコントローラー(ブレーカー)、その隣はDCコンバーターで隣のハウスバッテリーに48Vから12Vに落として充電します。以上、全ての機器が繋がる小さな箱は、バッテリーバスで、回路中は直流の48Vとなっています。

このシステムでは、エンジンを単に電動化するだけでなく、船全体の電源マネージメントを行うことができるシステム構成になっているので、ハウス用の電源や動力用のバッテリーの補充電をジェネレーターが行い、エアコンや冷蔵庫などの機器にも対応させられるようになっています。

既存のエンジンだけ差し替えて電動化する

電動エンジン化するという視点で電気エンジンとして提供しているメーカーもあります。

 ELCO Electric Inboard

この ELCO社のエレクトリックインボードは、ヨットの既存のインボードエンジンに置き換えて使うことができる電気エンジン(モーター動力)です。この写真の箱でモーターと交流への変換器などのシステムが入っています。大きさはエンジンより小さく、既存のエンジンマウントに乗せるだけです。勿論、写真以外に、このモーターを稼働させるためのバッテリーが9本、モーター出力のコントローラーや充電器などもメーカーでラインナップしています。

最後に… 電動化のボトルネック

日本で電動化するためには、現在のところ簡単に取付交換できる上記のようなシステムの市販品は出ていない状況です。その最大のボトルネックとなっているのが船検制度です。小型で大容量のリチウムイオンバッテリーですら、現在のところ搭載して良いか曖昧なところで、JCIでの正式な見解では、航行に使用する部分でのリチウムイオンバッテリーの使用はNGというのが公式見解のようです。

このあたりの事については、世界的にプレジャーボートへの搭載が一般化して進んでくれば、それに伴ってルール改正が成されるのではないかと思います。いつかは静かな電動モーターでセーリングが楽しめる時代が来る事を願うばかりです。

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“ヨットの電動化について考えてみた” への1件のコメント

  1. ディーゼルエンジン止めた後の波や風の音がたまらなく好きです。Ocean Voltのhydrogenerationは魅力的でいつかは導入したいと考えてます。ただ効果的に使えるにはある程度の帆走速度・艇の長さが必要のようで、残念ながら日本で一般的な30ft台のヨットにはあまり向かないようです。「航行に使用する部分でのリチウムイオンバッテリーの使用はNG」というのは知りませんでした。ありがとうございます。早く変わって欲しいものです。

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