総括 The Ocean Race Atlantic 2026

2026年9月2日、ニューヨーク沖をスタートした6艇の IMOCA 60。目指すは大西洋を横断し、約3,200海里先にあるフランス・ロリアンです。

今年初開催となった「The Ocean Race Atlantic 2026」は、わずか8日ほどのスーパースプリント大西洋横断レースとなりました。

DMG MORI Sailing Team、新たなステージへ
2026年9月1日、ニューヨークをスタートする「The Ocean Race Atlantic 2026」に、完成したばかりの IMOCA60(フォイリング)新艇「DMG MORI GLOBAL ONE」で白石康次郎さん率いるDMG MOR...

その中身は実に濃いもので、スタート直後から飛び抜けた速さを見せる新艇、荒れた北大西洋、各艇を襲うトラブル、船上での応急修理、気象システムをめぐるルート選択、そして終盤には、それまでのリードがほとんど意味を持たなくなるほどの弱風。

トップは何度も入れ替わり、そして約3,200海里を走った結果、上位4艇のフィニッシュ差は、わずか27分29秒でした。

今回はこの前代未聞のヨットレースを「なぜ、この順位になったのか」という視点から、振り返ってみたいと思います。

ニューヨーク沖をスタートした6艇

今回参加したのは6チームです。

チーム スキッパー 艇の世代・特徴
Team Malizia ドイツ Boris Herrmann 2026年新艇・フォイラー
DMG MORI GLOBAL ONE 日本 白石康次郎 2026年新艇・フォイラー
United by the Ocean フランス Paul Meilhat 2022年艇・旧Biotherm
11th Hour Racing アメリカ Francesca Clapcich 2022年艇・旧Malizia-Seaexplorer
Embrace the Challenge スイス Oliver Heer 2018年艇・フォイラー
MSIG Europe ニュージーランド Conrad Colman 2007年艇・ノンフォイラー

ここで知っておきたいのが、「IMOCA 60」という同じクラスでありながら、6艇が同じ船ではないということです。IMOCA 60 は現在のアメリカズカップのようなワンデザインではありません。

一定の規則の中で各チームが自由に設計・開発できるため、船齢も違えば、ハル形状、フォイル、設計思想も異なります。

今回もっとも注目されたのが、最新デザイン艇で2026年7月に進水したばかりのTeam Malizia「Malizia 4」と、その1ヶ月前に進水したDMG MORI「GLOBAL ONE II」の2艇です。

対する United by the Ocean と11th Hour Racing は2022年世代。Embrace the Challenge は2018年、MSIG Europe に至っては2007年進水のノンフォイラー艇です。

つまり Atlantic 2026 は、最新IMOCA同士の性能比較であると同時に、世代の異なるIMOCAが同じ北大西洋で競うレースでもありました。

スタートから爆速の Malizia 4

9月2日のスタート時、北東の風17~18ノット。波高は約0.8m。
6艇は、ほぼ同時にスタートを切りますが、早くも Malizia 4 が先頭に立ちます。

スタートから24時間後、Malizia は United by the Ocean に約3海里、11th Hour Racing にはさらに約3海里の差をつけていました。11thのスキッパー Francesca Clapcich がレース序盤に語った言葉が、この新艇の速さをよく表しています。

「Malizia だけが他とは違うペースで走っている」

実際、Milizia のスキッパー Boris Herrmann もこの新艇について、「アップウインドで非常にパワフルでフリート(艇団)の平均より速い」と自艇を評価していました。

ところが、北大西洋では、この速い艇がそのままトップをキープし続けるこができませんでした。

Malizia はライバルより北側のルートを選択。
そこで巨大な雨雲に伴う予想外の風向の変化に何度も遭遇し、東へ進みたいところを思うように進めなくなります。
その間に南側にいた United by the Ocean と11th Hour Racing は比較的安定した風を使い、Malizia との差を縮めていきました。一時は United by the Ocean がトップに立ちます。

それでも Malizia は再び首位を奪い返しました。

この時点ですでに、Atlantic 2026 の特徴が見え始めています。

「艇速だけではない」

「どこを走るのか」が、そのまま順位になるのです。

荒れる北大西洋―船が壊れ始める

レースが進むと、状況はさらに厳しくなります。艇団が狙っていたのは、東へ進む低気圧の前面。うまく乗れば強い風を使って一気にヨーロッパ方向へ走れます。しかし、後方へ落ちれば、より強い風と大きな波が待っています。

やがて、艇は強風と荒れた海面の中を高速で走ることになります。

フォイラーは波を越えるたびに激しいスラミング(スラミング(slamming)とは、船体が波から浮き上がったあと、水面へ強く叩きつけられることで船体に大きな衝撃荷重が加わる現象)を繰り返します。

Malizia ではまず、バウ側のバラストタンクから約200リットルの水が漏れる問題が発生。繰り返す衝撃でバラストタンクの点検用のハッチカバーが吹き飛んだことが原因でした。クルーは後部バラストタンクのカバーを前へ移植して対応します。

そして9月5日未明。約25ノットで航行していたMalizia 4 のポート側フォイルに大きな音と共に何かが衝突し、確認するとフォイルを制御するラム(フォイルの角度を油圧で動かし、所定の位置に保持するための作動装置)周辺に問題が発生していました。Malizia は速度を落とし、クルーが船上で原因を確認。最終的にはフォイルをボルトとラッシングで固定し、再び高速航行へ戻ることに成功します。しかし、これにより約2時間をロスしてしまいます。更に、フォイルのレーキ、つまりフォイルの角度の調整ができなくなります。ここで、それまで首位を走っていた Malizia 大きく順位を落として4位へ転落しました。

他の艇も無傷ではありません。
MSIG Europe ではヘッドセールのファーラーに問題が起こり、修理のためコースを外れて約30海里を失います。
DMG MORI でも電気が全て落ちてしまうブラックアウトが発生。
そして Embrace the Challenge では、リーフ作業中にメインセールを大きく損傷します。こちらはかなり深刻でした。クルーは海上でメインセールを修理することになり、先頭集団から大きく離されていきます。

大西洋横断レースでは、壊れないことも速さの一部です。
しかし同時に、「壊れた後、如何に素早くレースに復帰するか」がら勝負の別れ目になります。

トップ争いは4艇へ

Malizia がトラブルで後退すると、11th Hour Racing がトップに、United by the Ocean がその後を追う展開になります。更にその後方から上がってきたのが DMG MORI GLOBAL ONE でした。

GLOBAL ONE はスタート直後から速かったわけではありません。新艇であるうえ、序盤に多かったアップウインドは、この艇がもっとも得意とするところではありませんでした。しかし、風向きがリーチング主体になるにつれ、艇の性能が発揮されはじめます。

9月7日、今度は強風から一転して、先頭艇の前に高気圧による弱風域が立ちはだかります。

ここでフリートの艇同士の差が縮まります。

11th Hour Racing、United by the Ocean、そして DMG MORI の上位3艇の差は11海里以内。そして DMG MORI がトップへ出ます。

フォイルにハンディキャップを抱えた Malizia も終わってはいませんでした。弱風と穏やかな海面になったタイミングを利用して、クルーは再びフォイルケースを修理。固定されていたポートフォイルに約1.6度のレーキを与えられるようにし、艇速を数ノット回復させ、Malizia は再び先頭集団に迫ってきました。

ここから、4艇によるレースになります。

残り500海里―DMG MORIがトップ

フィニッシュまで約500海里。
DMG MORI GLOBAL ONE は先頭を走っていました。
数日前から先頭集団の中でもっとも南側のコースを選んでいたことが、ここで効いてきます。
南東へ移動する高気圧の北側を走ることで、ロリアンへ向かうための良い風角を得たのです。
平水面で南寄りの風を受け、GLOBAL ONE の艇速は30ノット近い艇速を記録します。

残り約500海里の時点で、2位 11th Hour Racing に約10海里。
United by the Ocean がその後ろ。Malizia は約35海里後方という展開になり新艇の GLOBAL ONE が、このまま勝ち抜けるのではないかと思える展開になってきました。

しかし、ロリアンの前にはもう一つ大きな問題が待っていました。
風が弱くなるのです。

残り90海里―リードが消えた

フィニッシュ当日の朝。残り90海里を切った時点でも DMG MORI はトップの位置をキープしていました。2位の United by the Ocean との差は約5海里、3位の 11th Hour Racing が約13海里後方、4位の Malizia は約25海里後方です。

ところがロリアン沿岸では風速5~10ノット程度まで風が落ちる予報でした。

先頭の DMG MORI GLOBAL ONE が弱風域へ入る。後ろの艇は、まだ強い風を持っている。すると、それまで何日もかけて築いた距離差が急激に縮まります。

これが「フリート・コンプレッション」です。

DMG MORIのナビゲーター Nicolas Lunven もフィニッシュ前から、風が落ちればフリートは再び圧縮され、今トップでもすべてが変わる可能性があると予想していました。

残念ながら、その予想通りの展開になってしまいます。

残り30海里前後。11th Hour Racing、United by the Ocean、DMG MORIがほぼ横一線となり、Malizia も10海里程度に迫ります。

さらに 11th Hour Racing は Glénan諸島の南側、United by the Ocean をはじめとするほかの艇は北側のコースをとります。

そして、先に抜け出したのは、Paul Meilhat 率いる United by the Ocean でした。

1位 United by the Ocean、7日23時間39分11秒
2位 11th Hour Racing、+8分56秒
3位 DMG MORI GLOBAL ONE、+22分29秒
4位 Team Malizia、+27分29秒

ニューヨークからロリアンまで約3,200海里。
8日近く大西洋を走って、1位と4位の差は、わずか27分29秒でした。

最後に…最速艇が勝つとは限らない

今回、もっとも強烈な速さを見せたのは Malizia 4 だったと言ってよいでしょう。

20分間の航走距離を競う Super Sprint では、全8回のうち4回を Malizia が制してポイント総合優勝しています。スタート直後のアップウインドでも他艇を引き離し、荒れた海況でも速かった。スキッパーの Boris Herrmann 自身も、フォイルへの衝突が起きるまでは艇団から離れて首位を走れていたと振り返っていますが、結果は4位でした。

フォイルトラブルで約2時間を失ったこと。その後レーキ調整ができず、本来のフォイリング性能を十分に使えなかったこと、そして気象条件とルート、艇の速さだけでは、この差を取り戻せませんでした。

逆に優勝した United by the Ocean は2022年世代のフォイル艇です。DMG MORI は序盤に苦しみながら、艇に合った海況と戦略によって終盤トップへ。11th Hour Racing は最後までトップ争いを続け、最終局面ではGlénan諸島の南を選ぶ独自のルートで仕掛けました。

そして後方では、メインセールを大きく損傷した Embrace the Challenge と、今回唯一のノンフォイラーである2007年艇 MSIG Europe が大きく離されました。

同じ IMOCA 60 でも、船は全く異なり、速く走れる海況も違う。そして、北大西洋では風も波も同じ状態は長くは続きません。
艇の設計、船齢、フォイル、セール、ルーティング、天候、クルーの判断、そして壊れた艇を海の上で直し再び走らせる能力。
それらすべてを含めてIMOCAレースなのだということを、今回 Atlantic 2026 は見せてくれました。

日本ではIMOCA 60というと、Vendée Globe の白石さんの挑戦を通して知ったという人が殆どではないかと思いますが、ヨーロッパではIMOCAそのものがシーズンを通して行われる人気のレーシングカテゴリーです。

今回の Atlantic 2026 を見ていると、その人気の理由が少し分かる気がします。一番速いスピードが出せるヨットが必ず勝つわけではない。
そこに、IMOCAの外洋レースの面白さがあるのかもしれません。

The Ocean Race Atlantic 2026
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