船の右側を「スターボード」、左側を「ポート」と言うということは、これまでの記事でもお話ししましたが、僕の場合には、何故そう言うようになったのかということまで調べないと、頭の中の「?」が消えないたちで、特にヨットで使う用語は、英語がベースになっていて日本語化(カタカナ言葉に)したような言葉も少なくないことから、今でもまだまだ初心者レベルなんですが、ヨットに乗り始めた最初の頃は、とにかく「?」ばかりの日々、更に記憶力も良くないで、なかなか覚えられない言葉も沢山ありました。このヨット用語に戸惑うシリーズが、そういった僕自身が戸惑ったり、ワケが解らなかったりしたことを中心に、これからヨットを始めようとする方に、折角僕自身が「?」を無くすことができたプロセスを説明することで、そのエピソードから言葉を覚えて頂くきっかけになれば良いと考え、このブログの記事にしています。
さて今回の「スターボード」と「ポート」の話ですが、実は以前の記事 「ヨット用語に戸惑う~方向編~ と ~スターボードタック艇優先の理由解明編~ 」で2回取り上げていますが、最初の方向編で語源について簡単に触れていましたが、その部分の説明が中途半端でしたので、その部分の記事を削除し、今回は新たなエピソードを加えて再度完結編として書くことにしました。
Contents
ポートが左舷だと決まった謎
スターボードとポート、これを英語表記にすると、何故左舷をポートと言うかは一目瞭然、読んで字のごとく、ポート=port=港 です。これは誰でもすぐに連想できますね。つまり、船は原則左舷側で接岸することから、ポートは左だということです。
しかし、ここで疑問が生まれます。「どうして左側だけなの?」という疑問です。ヨットでも右舷接岸は時と場合によってはしています。また現代の大型船でも右舷接岸している船をよく見ます。しかし、接岸は原則左舷と言うのは何故なんでしょう? 実はこの疑問に今回の話の鍵が全て隠されています。
スターボードの語源
「ポート・左舷」の謎を解く前に、右舷の「スターボード」の語源について先ず話を進めます。
右舷のことは「スターボード」”Starboard” ですが、この言葉は”star”と”board”の2つの言葉から成る言葉です。”star” は現代英語のスペル通りに考えると「星」という意味ですが、残念ながら星ではなく “steer” ステア「操縦」 からきています。”board” ボードは「板」という意味からきた言葉で、海事用語では “board” は「舷側」と翻訳され「船の外板」の事だと説明しています。つまり「操縦する側の舷」ということで、”steer-board” と言ったわけです。(実際には、”steer-bord” )この「ステアー・ボード」が口語調に変化して「スターボード」と言われるようになったのが “starboard” というわけです。
舵は昔と今は違う姿だった
船の歴史をたどると、太古の昔、最初の船は丸太を繰り抜いた小舟であったのではないかと言われています。その後、船として進化し徐々に大型化するにつれて、船の方向を制御することが容易では無くなってきたことから、舵が必要になってきたわけです。そこで最初に登場するのが舵の役割をするオール “oar” (櫂)の登場です。
太古の船の推進力は主に「人力」すなわちオールで漕ぐことでした。船が大型化してもそれは変わることなく、紀元前4000年以前には古代エジプトで既に複数のオールを使った船があったようです。当然のことながら、大きくなれば向きを変えるのは容易ではありません。1人で漕ぐ小さな船なら簡単なオールさばきで向きを変えることができても、2人で左右異なるオールを持っただけでも向きを変えるのは簡単ではありません。それが大型化してオールを持つ人の数が増えれば更に難しくなるということは容易に想像がつきます。そこで、「方向を変える役割のオール」が登場するわけです。それが「ステアリング・オール」の登場で「舵」の原型です。
現代の舵の形になったのは13世紀に入ってからで、それ以前は「大型のオールのような舵」を使っていました。船の歴史の殆どがオール型の舵を使っていたことになります。
何故ステアオールでは無いのか?
「スターボード」の語源は「ステアボード」ですが、何故「ステアオール」にならなかったのでしょうか? それは「舵用のオール(櫂)」すなわち「ステアオール」のこと指す言葉として「ラダー」 “rudder” と言う言葉があったからです。つまり「ステアオール」と言われる筈だった物にはきちんと「ラダー」という名前があったということで、「ステアオール」とは言われなかったわけです。
『“rudder” は、古英語の “rothor” から由来し、全ての古ゲルマン系の言語にみられるが、もとはラテン語の「櫂」を意味した “remus” に由来する。』と「海に由来する英語辞典」では説明されています。
ステアボードはなぜ右側なのか?
ステアボードの描かれている船の絵を見ると、必ずしも右舷だけでなく、左舷側にあるものや、両舷に出ているものも見られます。では、いつから右だけになったのでしょうか。実はそれは定かではありません。しかし、船の歴史学者によると、右側に比べて左側に付いている船は極端に少なかったそうです。その理由を考えた時に仮説として浮かびあがったのが「人類全体のおよそ90%が右利き」だということです。
船の大型化に従って舵のサイズも大きくなり、機械的な補助が未だ無かった時代の操舵手は腕っぷしの強い人(怪力)が選ばれていた筈です。幾ら怪力でも、利き手ではない手で舵を持っていてはいざという時に力が充分に発揮できません。ですから操舵手に合わせて舵の位置が左右が違う船があったというわけです。その数を比べると、殆どが右側についていたということです。つまり、大多数の船が右舷側に舵があったことから右舷側のことを「スターボード」と呼ぶようになったわけです。
左舷を元々は「ポート」と言わなかった
昔は港の水深が浅かったことから、岸壁に船を着けることができたのは小さなボートだけでした。大型帆船は沖でアンカリングして停泊し、そこにテンダーや荷役用の小型船が来て、荷物や人の乗り降りを助けていました。帆船が大型化したことで、そのようになったわけですが、それによって荷物を上げ下げする側と言う意味で、左舷側を “ladde-bord” と言っていました。”ladde” は現代英語 “loaded” の古英語で「荷物を積む」という意味です。つまり「荷物を積む側の舷」と言う意味です。”ladde-bord” は口語調の “larboard” と言われるようになります。
“steer-bord”(操縦する側の舷) に対して “ladde-bord”(荷物を積み下ろしする側の舷) というわけです。
では、「ポート」”port” にはいつ変わったのでしょう? 現代の海事用語はイギリスが定めたものを使っているわけですが、”larboard” から “port” に変わったのは1844年になってからの事です。理由は、大きな船での命令伝達の際の聞き間違い、伝達ミスを防ぐためです。”larboard” と “starboard” は明らかに違うように私たち日本人は思いますが、英語の発音では単語の後ろ側を強調するので、どちらも同じように聞こえることから、間違いを防ぐために「ポート」と明らかに違う言葉になったわけです。また、港の事情の変化もあります。浚渫技術が進み、大型船が全て岸壁に接岸できるようになったこともあります。そこで、左舷側は港に接岸して荷物を積み下ろしする側として「ポート」と表現し、右舷は過去にステアがあった側として「スターボード」と明確に言い分けるようになったわけです。
最後に… 「スターボードとポートのまとめ」
海事用語が確立されてゆく理由は、ヒューマンエラーによる事故を無くすことが目的です。船の大型化により、それまで船ごとに独自にいろいろな呼び方をしていたものが、船員という船に乗るプロが出来たことで、船員たちは様々な船を渡り歩き、それにより徐々に言葉が統一化され、人や船による呼び方の違いが事故につながることから用語が統一化されてゆくという道筋を辿っているわけです。
スターボード/ポートは19世紀(1844年)から、スターボード/ラーボードは16世紀、それ以前はステア・ボード/ラドル・ボードと用語の歴史を遡ることができるわけです。これ以前には、共通用語は存在しなかったようです。
因みに、日本では方角を十二支に分けた方角で示し、右側を「卯の舵(うのかじ)」から「面舵(おもかじ)」(Starboard)、左側を「酉の舵(とりのかじ)」として「取舵(とりかじ)」(Port)と表現していました。これも似たようなものですね。
タグ : port, Starboard, スターボードとポート, セイリング, セーリング, セーリングクルーザー, ヨット, ヨットが好きな人とつながりたい, ヨットのある暮らし, ヨットの楽しみ方, ヨットを楽しむ, 海事用語
勉強になります!