ジェネカーやアシンメトリックスピネーカー、そして Code 0 など、クルージングヨットでも、こうしたフライングセイルを使ってセーリングするのは、セーリングの幅を広げる意味でも意外に楽しいものです。
しかし、このブログでも前回の追い風セイルの回でも書いたように、タックを取れる場所が無いとか、流行りのファーリング式にしたいとなると、セーリングクルーザーではそのままポンと取付できるのは稀です。
そこで登場するのが「バウスプリット(Bowsprit)」です。
船首から前方へ突き出しを造るわけですが、何故わざわざセイルのタックポイントを船首より前に出すのでしょうか。そして、バウスプリットにはどのような種類があって、自艇に後付けするとしたら… 考え始めたら色んなことが気になります。
そこで今回は、バウスプリットについてまとめてみたいと思います。
バウスプリットとは
バウスプリットは、船首から前方へ突き出す「スパー(Spar)」の一種です。
World Sailing の Equipment Rules of Sailing(ERS)でも「Bowsprit」という名称が使われており、Bowsprit Inner Point、Bowsprit Outer Pointといった計測上の基準点が定義されています。
現代のヨットでは、主にジェネカーやアシンメトリックスピネーカー、Code 0 などのタックポイントを船首より前方へ移動させるために使われます。ただし、バウスプリットそのものは決して新しい装備ではありません。
「バウスプリット」の語源
英語では「Bowsprit」と書きます。
「Bow」は船首、「sprit」は、帆船で使用されるスパーを意味する古い海事用語です。因みに、スパー(Spar)は、ヨットや帆船で「帆を展開・支持したり、索具を支えたりするための棒状の構造材」の総称です。
つまりバウスプリットは、文字どおり船首から突き出したスパーを指す言葉として使われてきました。
日本では、現代のヨットに後付けする比較的短いものを「バウポール」と呼ぶこともあります。

ただし、国際的なセーリング規則ではバウポールではなく「バウスプリット(Bowsprit)」が正式な用語として使われています。
バウスプリットの歴史は古い
古い帆船を見ると、船首から非常に長い棒が突き出していることがあります。

これがバウスプリットです。
大型帆船では、バウスプリットやその先に伸びるジブブームなどを利用して、船首より前方へステイを展開し、ジブなどの前帆を支持していました。従って当時のバウスプリットは、帆装そのものを構成する重要な構造物でした。
現代のクルージングヨットに装備される短いバウスプリットとは役割が完全に同じではありません。しかし「船首より前方にセイルを展開する」という基本的な発想には共通するものがあります。
なぜ現代のヨットにもバウスプリットが必要なのか
現代のヨットにはすでにフォアステイがあります。そのフォアステイよりさらに前へセイルを出すことに、バウスプリットの大きな意味があります。
例えば、ジェネカーだとタックを通常の船首付近に取ると、ジェネカーのラフとフォアステイとの距離がものすごく近くなります。ところがタックポイントを前へ移動できれば、フォアステイとの間にクリアランスを作ることができます。
艤装品メーカーの Seldén はジェネカー用バウスプリットについて、「ジェネカーによりクリーンな風を与え、素早いジャイブを容易にし、ジェネカーのハンドリングと性能を改善する」と説明しています。
つまり、バウスプリットは単純にセイルを前へ出すための棒ではなく、フライングセイルを既存のフォアステイから離して、より扱いやすい位置に持っていくための艤装と考えると分かりやすいでしょう。
どんな時にバウスプリットが選択肢になるのか
すべてのクルージングヨットにバウスプリットが必要なわけではありません。
現在の艤装で問題なくセイルを運用できているのであれば、わざわざ追加する必要はありません。
しかし、こんな時にバウスプリットが欲しくなります。
ジェネカーをもっと使いやすくしたい。
フォアステイからタックを離したい。
ジャイブを容易にしたい。
ファーリング式のフライングセイルを導入したい。
Code 0を使いたい。
船首の艤装やアンカー装備との干渉を避けたい。
こうした事を考え始めるとバウスプリットという選択肢が頭の中をよぎり始めるというわけです。
特にクルージングでは、純粋な最高速度を求めるだけでなく「セイルを出しやすいこと」、つまり扱い易さが重要になります。
どれほど優れたフライングセイルでも、展開や回収が面倒で結局使わなくなってしまえば、その性能を生かすことはできません。
バウスプリットにはどんな種類がある?
一口にバウスプリットといっても、構造はいくつかあります。
固定式
船首に恒久的に取り付けるタイプです。

構造を十分に設計できることが利点ですが、常に船首から突出することになるため、係留、アンカリング、全長などについても考慮する必要があります。
着脱式
必要なときだけデッキ上に装着するタイプです。

現在のクルージングヨットに後付けする方法として扱いやすく、幾つかの艤装品メーカーからこの方式の製品が販売されています。
使用しないときには取り外せるため、船首をすっきりさせられることも利点です。
写真はセルデンのものですが、この写真の船には既にバウスプリットが付いていて、更に前にフライングセイルを出すという設定になっているようですが、取り付け方はこの限りではありません。
伸縮式
艇内あるいはデッキ上に収納し、使用時に前方へ伸ばす方式です。

レーシングヨットなどでよく見られる方式ですが、艇そのものがこの構造を前提として設計されている場合も多く、既存のクルージング艇へ簡単に後付けできるとは限りません。
写真はレース艇で艇内にハルを貫通して伸縮するタイプです。
船体・アンカー艤装と一体になったタイプ
近年のクルージングヨットでは、船首のアンカーローラーやステム構造そのものを前方へ伸ばし、そこをフライングセイルのタックポイントとして利用する設計もあります。

この場合、「一本のポールを後付けする」という従来のバウスプリットとはかなり違った姿になります。
材質も一つではない
後付け式ではアルミやカーボンなどが使われます。アルミは比較的扱いやすく、クルージング用途の製品でも広く使われています。
カーボンは高い剛性を生かして軽量化できるため、長い突出量や重量を意識する場合に非常に軽い素材で魅力があります。(黒いポールが使用されているものは、多くがカーボンポールです。)
ただし重要なのは、材質だけで強度を判断しないことが重要です。
ポールの直径、肉厚、支持点間距離、突出量、タック荷重、取付金具などによって必要な強度は変わります。
「カーボンだから強い」「太いから大丈夫」と単純には判断できません。
どのくらい前へ出せばいいのか
バウスプリットを検討する際に、おそらく多くの人が気になるところです。
「何cmくらい前に出せばいいのだろう?」
残念ながら、艇長だけから一律に決められる数字ではありません。
前へ出せばフォアステイとのクリアランスは大きくなり、ジェネカーのジャイブにも有利になります。
一方、同じ荷重なら、支持点から荷重点までの距離が長くなるほど曲げモーメントは増大します。
基本的な関係は、曲げモーメント = 荷重 × 距離です。
つまり、前へ出したい。しかし、むやみに長くはできない。この二つの条件の間で決めることになります。
実際には使用するセイル、ポール径、材質、支持方法、メーカーが指定する最大突出量などを確認する必要があります。
ジェネカーとCode 0は同じではない
ここはバウスプリットを選ぶときに特に注意したいところです。
ジェネカーを取り付けられるバウスプリットだからといって、そのまま Code 0 にも使えるとは限りません。
大きな違いの一つがラフテンションです。
Code 0はラフを強く張って使用するため、バウスプリットや取付部に非常に大きな荷重が掛かる可能性があります。
Seldén も Code 0 について高いラフテンションが必要になることを説明し、通常のジェネカー用バウスプリットが Code 0 用としては設計されていない場合があることを明記しています。
したがって、「将来 Code 0 も使ってみたい」のであれば、バウスプリットを選ぶ段階で対応荷重を確認しておいた方がよいでしょう。
ポールだけ強ければいいわけではない
もう一つ忘れてはいけないのが、バウスプリットを支える側です。丈夫なバウスプリット(ポール)を購入しても、取り付け部分がその荷重に耐えられなければ意味がありません。
デッキ面、取付金具、ステム周辺の構造、支持点の位置。これらを含めて一つのシステムとして考える必要があります。
特に突出量が大きかったり、Code 0 のように大きなラフテンションを掛けたりする場合、非常に重要となります。
必要に応じてボブステイ(バウスプリットの先端付近と船首下部(ステム)を結び、バウスプリットが上方向へ持ち上げられる力を受けるためのステイ)などによって荷重を受ける構造も必要となる場合があります。

クルージングヨットだからこそ確認したいこと
レーシングヨットなら性能を優先した設計ができます。
しかし、クルージングヨットの船首はセイルのためだけにある場所ではありません。
アンカーの上げ下ろし、係留索を取る、船首で作業もします。そのため後付けするときには、アンカーやアンカーローラーと干渉しないか、パルピットと干渉しないか、フォアステイやヘッドセイル用のファーラーとの距離は十分か、タックラインをどう通すか、係留作業の邪魔にならないか、アンカーウェルのハッチが開閉できるか、使わないときにどこへ収納するかなど、こうしたことも購入前に確認する必要があります。
バウスプリット単体の性能だけを見るのではなく、船首全体の艤装として、使い勝手も十分な考慮が必要です。
バウスプリットを取り付けるということは、突出量、強度、船首の艤装、アンカーとの干渉、収納性を考慮しつつ、どんなセイルを、どんな使い方で楽しみたいのか、その答えによって選択するバウスプリットも変わってきます。
最後に…
我がMALU号では、前回の追い風セイルの記事にも書いたように、タッカーを使って上げるということも何度か試してみましたが、結論はやっぱりバウスプリットが欲しくなってしまいました。
しかし、古い船に最新のバウスプリットはコスト的にもちょっとなぁ…と思っている最中になんだか良さげな中古品をネットで見つけてしまい、即決でポチってしまいました。
早速取り付けを、いつも船の整備などをお願いしている職人さんに相談しつつお願いしたところ、まるで昔からそこに付いていたかのような素晴らしい仕上げで取付完了。やはり強度的に金物を特注で製作してもらい、取付強度も充分です。
一応、伸縮式なのですが、ポールがアンカーウェルのハッチを跨ぐ形になっていて、この中にはウインドラスも入ってます。使う時には、ポールを抜いて後ろに引くとアンカーウェルの開閉も出来ますので、普段はポールは付けっぱなしに出来るので収納を考える必要もなく、ホントいい感じに収まりました。

ジェネカーを一緒に上げたかった、今は亡きヨットの先輩に、この姿を見せたかった…合掌。




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