ヨットのプロペラ 「水中現象編」

エンジンをかけ、ギアを前進に入れる。

プロペラが回り始めれば、ヨットは前へ進みます。

普段は当たり前のように使っていますが、船尾の水中では、プロペラが回ることで何が起きているのでしょうか。

プロペラは水の中で回り、水に力を加えることでヨットを前へ進ませています。ここまでは、何となく想像できます。しかし、実際に回転しているプロペラを見ることはほとんどありません。

プロペラの周囲では水がどのように動いているのか。

プロペラは、回転する力をどのように船を前へ進める力に変えているのか。

そして、水の中で回転するからこそ起きる現象には、どのようなものがあるのでしょうか。

プロペラのダイヤメーターやピッチを知っていても、水中でどのように働いているのかを知らなければ、プロペラについて理解したことにはなりません。

そこで今回は、普段は見ることのできない船尾の水中へ目を向けて、回転するプロペラと水との間で何が起きているのかを見ていきたいと思います。

推力を生み出す仕組み

プロペラのブレードをよく見ると、平らではなく、ピッチとなる傾きが付けられ、表面も曲面になっています。

プロペラが回転すると、このブレードと水との相対的な流れによって、ブレードの船尾側では水圧が高くなり、船首側では水圧が低くなります。

この水圧差によって、ブレードには船首方向へ向かう力が働きます。

この力が 推力(Thrust/スラスト)です。

プロペラに生まれた推力は、プロペラシャフトやセイルドライブを介してエンジン側へ伝わり、エンジンが船体に固定されていることで、船体を前へ進める力になります。

飛行機の翼が空気の流れによって力を得るのと、基本的な考え方は似ています。

プロペラの場合は、それぞれのブレードが回転しながら水を後方へ動かし、その反作用によって船を前へ進める力を生み出しています。

つまり、プロペラの船尾側と船首側に生まれる水圧差によって推力が発生し、その結果として、プロペラを通過した水は船尾方向へ加速されていきます。

ピッチどおりには船は進まない

プロペラの基礎知識編では、ピッチ(Pitch)について、プロペラが1回転したときに理論上どれだけ前へ進むかを示す数字、と説明しました。

例えば、ピッチが12インチのプロペラなら、1回転で12インチ進むという意味です。

では、プロペラが1,000回転すれば、12インチ × 1,000回 = 12,000インチ、1分間に12,000インチ、約305m進む計算になります。

これを時速にすると約18.3km/h、ノットに換算すると約9.9ノットです。

しかし、実際に12インチピッチのプロペラを毎分1,000回転させても、船が必ず9.9ノットで進むわけではありません。

なぜ、計算どおりに進まないのか

ピッチで示される前進距離は、プロペラが柔らかい水ではなく、固体の中をネジのように進むと仮定した場合の理論上の距離です。

実際のプロペラが回っているのは水の中です。

水はプロペラによって動かされ、プロペラの後方へ流れていきます。

プロペラが1回転する間にも水そのものが動いているので、ピッチで示された距離と同じだけ船が前へ進むことはありません。

例えば、12インチピッチのプロペラが1回転しても、実際に船が前へ進む距離は10インチかもしれません。

この場合、理論上は12インチ進むはずなのに、実際には10インチしか進んでいないという差が生まれています。

この「理論上の前進距離」と「実際の前進距離」の差を考えるときに出てくるのが、プロペラスリップ(Propeller Slip)です。

プロペラスリップ

前の項目で出てきた、理論上の前進距離と実際の前進距離との差がプロペラスリップ(Propeller Slip)であると説明しました。ここで注意したいのは、「スリップ」という言葉から、プロペラが水の中で空回りしているように考えないことです。

プロペラが正常に働いていても、スリップは発生します。

プロペラは固体を相手にしているのではなく、水を後方へ動かすことで推力を生み出しています。水そのものが動く以上、ピッチから計算した理論上の距離と、実際に船が進む距離には差が生まれます。

つまり、スリップがあること自体は異常ではありません。

スリップ率

スリップは通常、割合で表します。

例えば、ピッチとプロペラ回転数から求めた理論上の速度が10ノットで、実際の対水速力が8ノットだったとします。

この場合、(10 − 8)÷ 10 × 100 = 20% つまり、スリップ率は20%です。

この数字を見て、「20%も損をしている」と考えるのは適切ではありません。スリップ率は、そのままプロペラの効率を表している数字ではないからです。

自艇の変化を見る手掛かりになる

スリップ率を見るときに重要なのは、単純に数字の大小だけで良し悪しを決めないことです。船体の形状、プロペラの種類、回転数、船速などによってスリップ率は変化します。

自艇について同じような条件で測定しておけば、以前との違いを見る手掛かりにはなります。

計算には、エンジン回転数ではなく減速比を考慮したプロペラ回転数を使います。

船速についても、GPSに表示されるSOG(Speed Over Ground/対地速力)は潮流の影響を受けるため、本来は水に対する速度であるSTW(Speed Through Water/対水速力)を使います。

プロペラスリップを見る目的は、スリップをゼロにすることではありません。プロペラが水の中でどのように働いているのかを、回転数と船速の関係から見るためのひとつの指標なのです。

キャビテーション

プロペラについて調べていると、よく出てくる言葉に キャビテーション(Cavitation)があります。

キャビテーションというと、「プロペラが空気を巻き込んでいる状態」と思われることがありますが、実際には空気を吸い込んでいるわけではありません。

プロペラが回転すると、ブレードの船首側では水圧が低くなることを先ほど説明しました。この水圧がさらに低くなると、少し不思議なことが起きます。水は通常、約100℃で沸騰します。しかし、水が沸騰する温度は周囲の圧力によって変わり、圧力が低くなるほど低い温度でも水は気化します。

高速で回転するプロペラの周囲では、ブレードの一部で水圧が非常に低くなることがあります。すると、海水の温度が高くなくても、その部分の水が一瞬だけ気化して、水蒸気の泡が発生します。

この水蒸気の泡が発生する現象が、キャビテーションです。

泡ができるだけでは終わらない

発生した水蒸気の泡は、水の流れとともに圧力の高い場所へ移動します。

圧力が戻ると水蒸気の状態を維持できなくなり、泡は急激に潰れます。この現象を 気泡の崩壊(Bubble Collapse)といいます。

ブレード表面の近くでこの崩壊が繰り返されると、非常に局所的ではありますが強い衝撃が加わり、長期間ではブレード表面を傷めることがあります。

表面に小さな穴が無数にできたように削れていく損傷を、キャビテーション・エロージョン(Cavitation Erosion/壊食)と呼びます。

ベンチレーション

キャビテーションとよく混同される現象に、ベンチレーション(Ventilation)があります。

どちらもプロペラの周囲に気泡のようなものが見えることがありますが、起きていることはまったく違います。

キャビテーションは、プロペラ周辺の水圧が非常に低くなることで、水そのものが気化して水蒸気の泡が発生する現象でした。

ベンチレーションでは、水が気化するわけではありません。水面にある空気がプロペラまで入り込んでしまう現象です。

なぜプロペラまで空気が入ってくるのか

通常、プロペラは水中にあり、周囲は水で満たされています。しかし、プロペラが水面に近かったり、波によってプロペラ付近の水面が大きく変化したりすると、水面から空気が引き込まれることがあります。

セーリングヨットでは、ヒールして船体が傾いたときに、プロペラの位置が水面に近くなる場合もあります。荒れた海面で船尾が大きく上下する場合も、プロペラが十分な深さを保てなくなることがあります。

こうした状況でプロペラ周辺まで空気が入り込むと、ブレードの一部が水ではなく空気を含んだ状態で回ることになります。

空気が入ると何が起きるのか

水と空気では密度が大きく違います。

プロペラが空気を巻き込むと、ブレードが水から受ける力が急激に小さくなり、十分な推力を発生できなくなることがあります。エンジンの回転数が急に上がったのに、船がそれほど前へ進まないという状態になることもあります。空気が抜けてプロペラ周辺が再び水で満たされれば、推力も戻ります。

ここがキャビテーションとの大きな違いです。

キャビテーションは水が気化して水蒸気の泡ができる現象。ベンチレーションは水面などから外部の空気がプロペラまで入り込む現象。

見た目や体感が似ていても、発生している原因は別のものです。

似ていても起きていることは違う

ここまで、プロペラスリップ、キャビテーション、ベンチレーションについて見てきました。

この3つは、どれもプロペラと水との間で起きる現象ですが、同じものではありません。

特にキャビテーションとベンチレーションは混同されることがあり、プロペラが十分な推力を発生していないように感じると、「キャビっている」と表現されることもあります。

しかし、実際に起きていることを分けて考えると、それぞれの違いは明確です。

プロペラスリップは、ピッチと回転数から計算される理論上の前進速度と、実際の前進速度との差です。正常にプロペラが働いていても発生します。

キャビテーションは、ブレード周辺の水圧が極端に低くなり、水そのものが気化して水蒸気の泡が発生する現象です。

ベンチレーションは、水面などから空気がプロペラ周辺へ入り込む現象です。

船上で感じる現象だけでは判断できない

例えば、エンジンの回転数が上がるのに、それに見合う推進力が得られない。

このような現象が起きたからといって、それだけでキャビテーションやベンチレーションと判断することはできません。

プロペラの状態だけでなく、船体やプロペラへの付着物、海況、エンジンや駆動系など、別の原因でも船速や回転数には変化が現れます。

大切なのは、似たような症状が現れても、水中で起きている現象まで同じとは限らないということです。

プロペラについて考えるとき、「回転数が上がった」「船速が出ない」「振動が出た」といった船上で感じる症状と、プロペラ周辺で実際に起きている現象を分けて考える必要があるのです。

最後に…

ヨットに乗っていると、エンジンの回転数はタコメーターで確認できますし、船速も計器を見れば分かります。しかし、その数字の間にあるプロペラの働きは、船上から直接見ることができません。

だからこそ、機走していて「いつもと少し違う」と感じたとき、その変化を数字だけで判断するのではなく、プロペラのある水中で何が起きているのかを考えることが大切になります。

エンジンはいつもと同じ回転数なのに船速が違う。スロットルを開けたときの回転数の上がり方がいつもと違う。船尾から聞こえる音や振動が変わった。

こうした変化には、必ず何かしらの理由があります。

普段から自艇の回転数と船速、そのときの音や振動などを意識しておくと「いつもの状態」が分かるようになります。そして、この「いつもと違う」に気づくことが、自艇の状態を知る最初の手掛かりになります。

次回は、これらの水中現象がどう言った不具合を発生させるかなどをまとめてみたいと思っています。

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