ヨットのステアリングホイール(ラット)の外周にある、手で握る部分をリム(Rim)と呼びますが、このリムに革製のカバーが巻かれていることがあり
ステンレス製のラットは、濡れた手で握ると滑りやすく、冬には冷たく、夏には直射日光を受けて熱くなります。革製のカバーには、滑り止めだけでなく、金属特有の冷たさや熱さを和らげ、快適に操舵できるようにする役割があります。
こうしたラットリムのカバーに使われる素材のひとつが『エルク革』です。
エルクとは、北欧ではヘラジカを指す言葉です。その皮は古くから衣服や履物などに利用され、厚みがありながら柔らかく、しなやかな革として知られています。現在もフィンランドには、エルク革を使ったヨット専用のラットリムカバーを製作しているメーカーがあります。
では、エルク革にはどのような特徴があり、なぜヨットのラットリムカバーに使われているのでしょうか。
今回は、エルク革の歴史や素材としての特徴など、エルク革のラットカバーについて書いてみたいと思います。

エルクとはどんな動物なのか
エルク(Elk)は、イギリス英語でヘラジカを指す名称です。ヘラジカはシカ科の動物で、現存するシカの仲間では世界最大の種類として知られています。オスは肩までの高さが2mを超えることもあり、体重が700kgに達する大型の個体もいます。大きな体と長い脚、特徴的な鼻先を持ち、オスには幅広く平たい形や枝分かれした形の大きな角が生えます。フィンランド、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧諸国をはじめ、ロシアや北米の森林地帯にも広く生息しています。
なお、北米ではヘラジカを「Moose」と呼び、「Elk」は北米やアジアに生息する別種の大型のシカ、ワピチ(Wapiti)を指します。同じElkという名称でも、イギリスと北米では異なる動物を意味するのですが、今回の記事で取り上げるのはヘラジカの皮です。
古くから利用されてきたヘラジカの皮の革
北欧では、ヘラジカは古くから狩猟の対象とされ、肉は食料として利用され、皮も衣服や履物などの材料として活用されてきました。動物から得られた皮は、なめし加工を施すことで、腐敗しにくく柔軟性を保った革(かわ)になります。ただし、伝統的な衣服や履物には、毛皮や、現在の皮革製品とは異なる方法で処理された革が使われることもありました。北欧北部に暮らす先住民族サーミの伝統的な履物にも、ヘラジカの革を利用した例が知られています。北米でも、先住民族がヘラジカの皮を衣服や履物などに利用してきました。
このように、ヘラジカの皮は古くから生活用品の材料として利用され、加工技術の発展とともに、さまざまな革製品にも使われるようになりました。
厚みがありながら柔らかい革
エルク革の特徴は、厚みがありながらも柔らかく、しなやかな質感を持つことです。表面にはシボと呼ばれる細かな凹凸があり、自然な風合いと独特の手触りがあります。
スウェーデンの手袋メーカーHestra(ヘストラ)も、エルク革を柔らかく、断熱性に優れた素材として紹介しており、革手袋に採用しています。
なぜヨットのラットにエルク革が使われるのか
ヨットのラットリムカバーには、操舵中の握りやすさと、屋外で使用するための耐候性が求められます。
エルク革は厚みがありながら柔軟性を持ち、手になじむ質感が特徴です。フィンランドのラットリムカバーのメーカー、Custom Marine Leatherは、エルク革が湿気や天候の変化に強く、乾いた状態でも濡れた状態でも、しっかり握ることができると説明しています。
ヨットでは、雨や波しぶきでラットが濡れることがあります。濡れたステンレス製のラットは手が滑りやすくなりますが、革で覆うことで握りやすさの改善が期待できます。また、ラットリムカバーには、金属の冷たさや熱さを手に直接伝えにくくする役割もあります。冬のステンレス製ラットは、冷えた金属に直接触れるため、長時間握っていると手が冷たくなります。夏には直射日光を受けて高温になることもあります。
革は金属に比べて熱を伝えにくいため、ラットを覆うことで、冬の冷たさや夏の熱さを和らげることができます。これはエルク革に限らず、革製ラットカバーに共通する利点です。
エルク革については、スウェーデンの手袋メーカー Hestraも、その厚みが保護性と断熱性につながると説明しています。さらに、ラットは円形の金属パイプで作られているため、カバーには曲面に沿って巻き付けられる柔軟性も必要です。エルク革のしなやかさは、こうした形状に合わせて加工するうえでも適した性質と考えられます。エルク革は、手になじむ質感と、濡れることのある船上での握りやすさを兼ね備えた素材として、ヨットのラットカバーに採用されているのです。
エルク革のラットカバーは何年使えるのか
エルク革のラットリムカバーは、どのくらい長く使えるのでしょうか。
フィンランドのメーカーCustom Marine Leatherは、エルク革が湿気や天候の変化に強く、ヨットのラットリムカバーに適した素材であると説明しています。ただし、具体的な耐用年数は示していません。
実際に長年使用しているヨットオーナーの記録を調べると、20年以上使われている例が見つかります。
米国のヨットオーナーが公開している「Early Light」というヨットの整備記録には、約21年間使用したエルク革のラットカバーを交換した様子が紹介されています。
古いカバーは乾燥してひび割れ、取り外す際には革が砕けるほど劣化していたそうです。
また、米国のヨットオーナー向け掲示板「Sailboat Owners Forums」には、1980年に取り付けたエルク革のカバーが、2005年にヨットを売却する時点でも良好な状態だったという投稿があります。25年間使用しても、まだ使える状態だったことになります。
同じ掲示板には、36年間使用したという別のオーナーの投稿もあります。このオーナーはエルク革の使い心地を高く評価していますが、35年以上経過したカバーには劣化が見られ、交換時期を迎えているとも説明しています。
こうした記録を見ると、エルク革のラットカバーには20年、30年と長く使われた例があることがわかります。
もっとも、これらは個々のヨットオーナーによる使用記録です。係留環境や日光・雨への露出、使用頻度、手入れの状態なども異なるため、エルク革のラットカバーが必ず20年以上使えるという意味ではありません。具体的な耐用年数はわかりませんが、長期間使用されてきた実例があることは、エルク革のラットカバーを選ぶ際の参考になると思います。
エルク革を長く使うために
エルク革のラットカバーを長く使うには、日頃の手入れと、使用していないときの保護が大切です。
ヨットのラットは屋外に設置されているため、雨や波しぶきによる水分や塩分、直射日光などの影響を受けます。エルク革は船上での使用に適した素材として販売されていますが、濡れたまま放置したり、長期間日光にさらしたりすれば、劣化につながります。
海水が付着したときは、真水で軽く湿らせた柔らかい布で表面を拭き、塩分を取り除きます。汚れが付いている場合も、強くこすらず、優しく拭き取るのがよいでしょう。
濡れた後は自然に乾燥させます。ドライヤーなどで急激に乾かすことは避け、風通しのよい状態で乾かします。
革の乾燥や硬化が気になる場合には、革用の保革剤を使う方法もあります。ただし、製品によっては表面が滑りやすくなることがあるため、ラットのように確実なグリップが必要な場所では注意が必要です。使用する場合は、革の種類に適した製品を選び、少量から試すのがよいでしょう。
また、ヨットを使用していないときは、ラット全体を覆う保護カバーを掛けておくことも有効です。直射日光や雨を避けることで、革への負担を減らすことができます。
エルク革は柔らかさと握り心地が魅力の素材です。日常的に塩分や汚れを取り除き、濡れた状態や直射日光への長時間の露出を避けることが、その質感を長く保つための基本になります。
最後に…エルク革のラットリムカバーはどこで買える?
エルク革のラットカバーが欲しいって思った時、日本で売っている店は見つかりませんでした。
色々探してみた結果、フィンランドのCustom Marine Leather(カスタム・マリン・レザー)の公式オンラインショップで購入できるようです。
この会社が販売している「CML Wheel Cover」は、フィンランド産のヘラジカの革を使用した製品で、ヨットのラットのリムに巻き付け、革の両端を糸で縫い合わせて取り付けます。
購入する際には、まずラットの直径と、リムを構成するパイプの太さを測ります。標準品は直径22mm、25mm、30mmの丸パイプに対応しており、それ以外の太さや楕円形のリムに合わせた製品も注文できます。ラットの大きさに応じて必要な革の長さが変わるため、直径を正確に測ることが大切です。
革と縫い糸の色も選択できます。また、リムだけでなく、中心から放射状に伸びるスポークに巻く革も別売りされています。
製品には、革のほかに取り付け用の両面テープ、針、縫い糸、施工説明書が付属しているようです。
取り付けは、リムの表面をきれいにした後、付属の両面テープで革を仮固定し、両端を縫い合わせていく方法です。特別な工具を使わずに施工できますが、ラットの大きさによっては縫い合わせる距離が長くなるため、それなりの作業時間が必要でしょう。
価格はラットの大きさや選択する仕様によって異なり、公式サイトで仕様を選ぶと表示される仕組みです。
Custom Marine Leather 公式オンラインショップ
実は、我が家のMALU号のラットにはエルク革が巻いてあります。記事でも書いたように、使い心地がとても良く、10年くらい経過してますが、まだまだ問題なく使えそうです。コックピットをホースの水で洗う時には、ザブザブ水がかかってしまうのですが、濡れても全く問題ありません。長持ちさせるポイントは、必ずラットにカバーを掛けて帰ることです。やはり、常に直射日光が当たったり、雨風にさらされていると痛みが早いのだと思います。




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