ヨット用語に戸惑う 〜オズモシス〜

ヨットのハルに関連する記事を連続で書いていますが、古いヨットを所有するヨット乗りとしては、ハルの話で気になるワードと言えば「オズモシス」ではないかと思います。

古いヨットだから必ずしも起きるわけではないのですが、MALU号は以前にバラストキールのFRP面に複数のブリスターが発生しているのを船底メンテナンス時に発見して補修した経験もあることから、これが船底にまで広がったら嫌だなって、常々思うわけです。まあ、船底とバラストキールは別体なので、船底のFRPで同様に起きる心配はないと思うのですが…。

今回はちょっと突っ込んでオズモシスについて調べてみました。しかし、これがまた僕のこれまでの理解とはちょっと異なっていたので、あえて “ヨット用語に戸惑う“ シリーズとして書いておこうと思います。

「オズモシス」とは何なのか?

オズモシス は英語で Osmosis と書き、日本語では一般に「浸透」と訳されます。

ここで、いきなり戸惑います。

僕たちが普段使う「浸透」という言葉には、「雨水が壁の中に浸透する」とか「水が素材の内部まで染み込む」といった意味があります。

そのため「海水がゲルコートからFRP内部へ染み込んでいくことがオズモシスなのだろう」と考えてしまいます。

しかし、科学用語として使われる Osmosis(浸透) は、単に水が物質の中へ染み込んでいくことを意味する言葉ではありません。

濃度の異なる2つの溶液が、水分子は通すものの水の中に含まれるその他の物質は通しにくい膜を隔てて存在すると、水は濃度の低い側から濃度の高い側へ移動しようとします。この現象が Osmosis(浸透)です。また、その水の移動を生じさせる力を Osmotic Pressure(浸透圧) と呼びます。

身近な例だと、ナメクジに塩をかけると水分が外へ出てくる現象や、野菜に塩を振ると野菜の中の水分が抜ける現象も浸透圧によるものです。(厳密には表面が濡れていて、塩と表面の水が混ざって高い濃度の塩水となり、その塩水が中に含まれる水分より濃度が高いと水が中から外に抜けてくるというメカニズムです。)

これをヨットの船底に置き換えてみると

FRP船のゲルコートやポリエステル樹脂は、完全に水を通さない材料ではありません。長期間水中に置かれていると、水の分子は少しずつ材料内部へ移動することがあります。

しかし、この「水がゲルコートやFRP内部へ入っていく」という現象そのものは オズモシス(Osmosis) ではありません。

水分が材料を通って移動していく現象は、パーミエーション(Permeation/透過)、材料が水分を取り込むことは アブソープション(Absorption/吸収・吸水) と呼ばれます。

つまり、水がゲルコートやポリエステル樹脂に染み込むのはオズモシスとは呼ばないの(オズモシスではないということ)です。

さらに、FRP内部に入った水分によってポリエステル樹脂の化学結合が分解される現象は、ハイドロリシス(Hydrolysis/加水分解=水が加わって分解して水溶液になる)と呼ばれます。これもオズモシスとは別の現象です。

そして船底に現れる、あのプツプツとした水疱状の膨らみは、ブリスター(Blister/膨れ・水疱) と呼ばれるもので、これもオズモシスではありません。

ここまでをまとめると、Permeation=水分透過、Absorption=吸水、Hydrolysis=加水分解、Osmosis=浸透圧による水の移動、Blister=膨れ・水疱 と、実はいくつもの違う言葉が出てきます。

ところがヨットの世界では、これらが関係して船底にブリスターが発生する一連の現象を、広い意味で「オズモシス」と呼んでいるのです。

だから「船底にオズモシスが出た」という言い方が、ヨット用語として直ちに間違っているという話ではありませんが、本来の オズモシス という言葉だけを取り出してみると、「FRPに水が染み込むこと」でも「FRPが水によって劣化すること」でも「船底にブリスター(水泡)ができること」でもないわけです。

では、船底の中ではこれらの現象がどのようにつながり、最終的にあのブリスター(水疱)ができるのでしょうか。

FRPに水が入ると何が起きるのか?

では、海水に浸かっているヨットの船底では、実際に何が起きているのでしょうか。

まず知っておきたいのは、FRP船の表面を覆っているゲルコートは完全な防水膜ではないということです。

一般的な古いFRPヨットでは、ゲルコートにも、その内側のFRP積層にも主にポリエステル系の樹脂が使われています。これらは水に強い材料ですが、水分を完全に遮断するわけではありません。

長期間水中に置かれていると、水分子は少しずつゲルコートや樹脂の中を移動していきます。

前項で説明した パーミエーション(Permeation / 水分透過) です。

ここで重要なのは、「水分がFRP内部に入った = オズモシスが発生した」ではないということです。

入ってきた水分はどうなるの?

FRP積層は、ガラス繊維に樹脂を含浸させ、それを硬化させて作られています。一見すると隙間のない材料に見えますが、実際の積層内部には製造時に生じた非常に小さな空隙(Void / ボイド)や、樹脂の中に水に溶ける成分が存在することがあります。そこへ水分が到達すると、水に溶ける成分が溶け出し、内部に外側の海水とは組成や濃度の異なる液体ができることがあります。

さらに水分は、ポリエステル樹脂そのものにも影響を与えることがあります。

ポリエステル樹脂には「エステル結合」と呼ばれる化学結合があります。この結合が水との化学反応によって切断されていく現象を、ハイドロリシス(Hydrolysis / 加水分解)と呼びます。

加水分解が起きると、水に溶ける分解生成物が増え、FRP内部に存在する液体の濃度をさらに高める方向に働きます。

ここまで来て、ようやく本来の オズモシス が発生する条件が整ってきます。

FRP内部に水溶性物質を多く含んだ液体があり、その外側には海水がある。この間に濃度差が生じると、水はその濃度差を小さくする方向へ、ゲルコートや樹脂を通って移動しようとします。

この濃度差によって水が引き込まれる現象こそが、Osmosis(オズモシス/浸透)です。

つまり、船底では単純に、「海水がFRPに染み込んでオズモシスになるというわけではない」と言うことです。

大まかに整理すると、水分がゲルコートや樹脂に透過する → 内部の水溶性物質が水に溶ける・加水分解などが起きる → 内部に濃度の高い液体が形成される → 濃度差によってさらに水が引き込まれる=オズモシス という複数の現象が関係しています。

ただし、実際のFRP内部ではこれらが必ずこの順番で一直線に進むわけではなく、水分透過、溶解、加水分解、浸透が互いに影響しながら進行することがあります。

そして、内部へ引き込まれた水分が蓄積されゲルコートやFRPの樹脂における内部圧力が高くなっていくと、ようやく船底表面に目で確認できる変化が現れます。それが、ヨット乗りには馴染みのある水泡状の「ブリスター」です。

船底にできる「ブリスター」とは?

ここまで来ると、ようやく船底に目で確認できる変化が現れます。ヨットの船底にできる、プツプツとした水疱のような膨らみを ブリスター(Blister) と呼びます。

Blister という英単語には「水ぶくれ」「膨れ」という意味があります。つまり、ブリスターは現象の原因を表す言葉ではなく、膨らんでいる状態を表す言葉です。

FRP内部やゲルコートとの境界付近に液体が蓄積すると、その液体による圧力によってゲルコートなどが外側へ押し上げられることがあります。これが、いわゆるオズモシス性ブリスター(Osmotic Blister)です。

ここでも少し戸惑います。

僕たちヨット乗りは船底にこの膨らみを見つけると、「オズモシスが出た」と言いますが、厳密に言えば、目の前に見えている膨らみはオズモシスではなくブリスターです。

オズモシスはFRP内部で起きている「濃度差による水の移動」という現象で、その結果として現れることがある症状の一つがブリスターという関係になります。つまり、ブリスターは現象の原因を表す言葉ではなく、膨らんでいる状態を表す言葉ということです。

そして、もう一つ重要なのが、「ブリスターが必ずしもオズモシスでもない」ということです。

船底にはFRPの上にゲルコートがあり、そのさらに外側には船底塗料を塗るための下地塗装であるプライマーや船底塗料などが施工されている場合があります。

これらの塗膜にも、下地との密着不良、塗装時の水分や溶剤、塗料同士の相性、施工条件などによって膨れが発生することがあります。これも見た目としては「ブリスター」です。

つまり船底に膨らみを見つけただけでは、それが塗膜だけに発生したブリスターなのか、ゲルコートで発生しているものなのか、さらにFRP積層内部まで関係しているものなのかは、見た目だけでは判断できないということです。

だからこそ、船底にプツプツした膨らみを見つけてたら「ブリスターがある」というのは、その状態を表す言葉として正しいわけです。しかし、「ブリスターがあるからオズモシスだ」と、原因まで直ちに決めてしまうことはできません。

ちなみに、オズモシス性のブリスターを破って解放すると、中から液体が出てきて、酸っぱい、あるいは強烈な酢のような臭いを感じることがあります。これは「オズモシスの臭い」ではありません。

内部に溜まった液体には、ポリエステル樹脂の加水分解などに関係する酸性の物質が含まれることがあり、それが独特の臭いとして感じられることがあります。したがって、この臭いはオズモシス性•加水分解性のブリスターを疑う一つの手掛かりにはなりますが、「酸っぱい臭いがするからオズモシス」と、それだけで断定できるものでもありません。

結局、ヨットでいう「オズモシス」とは?

ここまで調べてみると、ヨット乗りの間で使っている「オズモシス」という言葉には、いくつもの現象が含まれていることが分かります。

改めて整理すると、

Permeation(パーミエーション)=水分透過
水分子がゲルコートや樹脂を通って内部へ移動すること。

Absorption(アブソープション)=吸水
材料が水分を取り込むこと。

Hydrolysis(ハイドロリシス)=加水分解
水との化学反応によって、ポリエステル樹脂の化学結合が分解されること。

Osmosis(オズモシス)=浸透
濃度差によって、水が濃度の高い側へ移動すること。

Blister(ブリスター)=膨れ・水疱
内部に溜まった液体の圧力などによって、表面が膨らんだ状態。

こうして並べてみると、すべて違う意味の言葉です。つまり、FRPに水が入ること自体がオズモシスではありません。FRPの樹脂が水によって劣化することもオズモシスではありません。船底にできたブリスターそのものもオズモシスではありません。

本来のオズモシスとは、その途中で起きる濃度差による水の移動という現象をだけを指しています。

「船底にオズモシスが出た」という言い方は間違い?

これも、安易には間違いとは言えないようです。

ヨットやボートの世界では、水分がFRP内部へ入り、さまざまな化学的・物理的な現象を経て、最終的に船底にブリスターなどが発生する一連の結果発生するトラブルを、広い意味で「オズモシス」と呼んでいる実態があります。

実際に、日本の船舶塗料メーカーなどでも「オズモシス」と表現しています。

ですから、ヨット用語として、「この船、オズモシスが出ているよ」「船底のオズモシスを補修した」という言い方をすること自体を、間違いだと考える必要は無いようです。

ただし、船底で実際に何が起きているのかを理解しようとすると、「オズモシス」という一言だけでは説明できないわけです。

科学用語としての オズモシス と、ヨットの世界で使われている オズモシス では、指している範囲が異なるというのが結論のようです。

最後に…

ここまでオズモシスについて調べると、更に色々な疑問が出てきました。

例えば、古くなると必ずオズモシスは起きるものなのか? 補修してもオズモシスは起きてしまうのか? オズモシスでヨットが沈没してしまう事はあるのか? 船底塗料を塗っているのにオズモシスが発生するのか? 水が吸水されるのを防ぐ手段は無いのか? オズモシスで船内に水が染み出す事はあるのか? などなど、考えると眠れなくなってしまうほどの疑問が次々と湧いてきます。

そこで次回は、オズモシスのメンテナンスも含んだこう言った更なる疑問について、調べてみたいと思います。

因みに、以前補修したMALU号のキールのブリスターですが、補修後の現在(直近の上架で)は、補修したその周辺も含めて再発している様子は確認できませんでした。

それにしても、水上保管(係留)しているヨットは上架保管しているヨットに比べ、船底が水に接している時間が圧倒的に長いわけですから、水分透過という点ではより厳しい環境に置かれているということだけは、今回よく分かりました。

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