ヨットにはその最大の特徴であるセイルを上げるためのマストが立っています。そのマストですが、デッキに刺さっているように見えますが、実際には刺さって立っているものと、デッキの上に置かれて立っているもの、この二種類があります。
前者を「スルーマスト」、後者を「オンデッキマスト」などと呼んでいます。外からを眺めているだけでは、それほど大きな違いには見えませんが、なぜ同じセーリングヨットなのに、わざわざ2つの方式があるのでしょうか。
単にマストをどう取り付けるかにという違いなのか。それとも強度やセーリング性能に違いがあるのか?
今回は、そんな「オンデッキマスト」と「スルーマスト」の違いについて、少し掘り下げてみたいと思います。

マストの設置には2つの方式がある
ヨットのマストは、どの艇も同じようにデッキの上に立っているように見えます。しかし、そのマストの下がどうなっているかを見ると、大きく2つの方式に分けることができます。
ひとつは、マストがデッキを貫通して船内まで伸び、船体内部を貫通してマストステップまで達している方式です。この方式は日本では「スルーマスト」と呼ばれていますが、英語では Keel-stepped mast(キールステップド・マスト) と呼ばれます。
もうひとつは、マストの下端がデッキ上に設けられたマストステップに載っている方式です。こちらは「オンデッキマスト」などと呼ばれ、英語では Deck-stepped mast(デッキステップド・マスト) と呼ばれます。
つまり、マストがキールの上に乗っているか、デッキの上になっているかという違いを英語では表現しているわけです。
外からヨットを眺めているだけでは、この違いはわかりません。ところがキャビンに入ってみると、スルーマストの艇ではマストがそのまま船内を通っています。一方、オンデッキマストではマストそのものはデッキより下にはありません。
では、なぜ同じヨットなのに、このような2つの方式があるのでしょうか。まずは、それぞれのマストが実際にどのような構造で船体に取り付けられているのかを見ていくことにします。
スルーマストとは?
スルーマスト式は、マストがデッキを貫通して船内へ入り、キャビンの床下に設けられたキール上のマストステップ(Mast Step)まで伸びている構造です。
英語では一般に Keel-stepped mast(キールステップド・マスト) と呼ばれます。
「Keel-stepped」という名称から、マストの下端がキールそのものに載っているように感じますが、船体下部のキール上に設けられた強固な構造体で支えられます。
つまり重要なのは、マストが単に船内まで長く伸びていることではなく、船底近くの低い位置でマストを支持していることです。
そしてスルーマストの場合、もうひとつ重要になるのがマストとデッキが交差する部分です。
マストはここでデッキを貫通するため、マストとデッキの間にはどうしても隙間ができます。そのため、マストカラーやシール材、マストブーツなどを使って固定するとともに、雨水や波しぶきが船内へ入らないように防水します。
スルーマストのヨットで「マストのところから雨漏りする」という話を聞くことがあるのは、このデッキ貫通部が存在するためです。
また、マストはデッキの穴をただ通り抜けているだけではありません。
デッキ付近でもマストを適切に支持することで、マストはデッキ部分と船体内部のマストステップという離れた2点で支えられることになります。この支持方法がスルーマストの大きな特徴であり、オンデッキマストとの構造的な違いでもあります。
オンデッキマストとは?
オンデッキマストは、その名のとおりマストの下端がデッキ上に設けられたマストステップ(Mast Step)に載っている方式です。
英語では Deck-stepped mast(デッキステップド・マスト) と呼ばれます。
マストから加わる大きな力をデッキだけで支えているように思われがちですが、そうではありません。
オンデッキマストでは、マストの直下にコンプレッションポスト(Compression Post)と呼ばれる柱を設ける方法がよく使われます。
マストからデッキへ加わった下向きの圧縮荷重を、このコンプレッションポストが受け、その下にある船体の強固な構造へ伝えます。
艇によっては独立した柱ではなく、バルクヘッド(隔壁)や補強された構造材を利用して荷重を受ける設計もあります。
つまり、オンデッキマストは、マスト → デッキ上のマストステップ → 船内の支持構造 → 船体下部 という経路でマストの荷重を伝えているわけです。
オンデッキマストで重要なのは、マストが載っているデッキ表面だけではありません。その真下にどのような支持構造があり、それが健全な状態を保っているかが非常に重要になります。
例えば、マスト基部周辺のデッキや支持構造に変形や劣化が生じれば、マストからの圧縮荷重によってデッキが沈み込むような状態になることがあります。
一方、マストがデッキを貫通しないため、スルーマストのようなマスト貫通部からの雨水の侵入がないことは、セーリングクルーザーにとって大きな利点てす。船内に太いマストそのものが存在しないため、キャビンのレイアウトにも自由度を持たせやすくなります。
こうして見ると、スルーマストとオンデッキマストではマストの立っている位置が違うだけではなく、マストから受けた力を船体のどこで、どのように受け止めるかという構造そのものが違うことが分かります。
マストにはどんな力が掛かるのか?
ここまで「マストから大きな力が船体へ伝わる」と説明してきましたが、そもそもマストにはどのような力がかかっているのでしょうか。
ヨットのマストは、単に船体の上に立てられた長い柱ではありません。一般的なセーリングクルーザーでは、マストはフォアステイ、バックステイ、左右のシュラウドなどによって支えられています。これらを総称してスタディングリギン(Standing Rigging)と呼びます。
ステンディングリギンには、セーリングしていない状態でもあらかじめ張力が与えられています。これをリグテンションといいます。
例えば、フォアステイとバックステイを前後から張り、左右からシュラウドを張ると、それぞれのワイヤーやロッドはマストを引っ張ります。
ステイやシュラウドは船体側にそれぞれ固定されているため、それぞれの張力によって、マストには上から下方向に押し下げる力が生じます。これを圧縮荷重(Compression Load)と言います。
さらにセーリングを始めると、セールが風を受けることでマストには横方向や前後方向の力が加わり、マストを曲げようとする曲げ荷重(Bending Load)も発生します。波によって艇が揺れれば、リグにかかる荷重も常に一定ではありません。
つまりマストには、スタンディングリギンによる圧縮荷重と、セールや艇の動きによる曲げ荷重などが複合して加わっています。
スルーマストのメリット・デメリット
スルーマストには、以下のようなメリットとデメリットがあります。
メリット① マストを安定して支持できる
スルーマストは、マスト下端だけでなくデッキを貫通する部分でもマストを支持しています。上下に離れた位置でマストを支えられるため、横方向から大きな力を受けた場合にも、マストを安定して支持しやすいことがメリットです。
また、スタンディングリギンが無くても、マスト自体が倒れる心配はなく自立するので、リギンの交換が容易なこともメリット言えます。
メリット② マストの曲がりを調整しやすい
マストは、ただ真っ直ぐに立てればよいものではありません。マストを前後方向に適度に曲げることで、メインセールの形を調整することができます。
スルーマストでは、デッキより下まで続くマストも含めて曲がり方を設計・調整できるため、マストベンドを利用したセール形状の調整幅を持たせやすいというメリットがあります。これは特に、セーリング性能を重視する場合に意味を持つ特徴です。
デメリット① デッキ貫通部からの漏水
セーリングクルーザーで最も身近なデメリットです。マストがデッキを貫通している以上、その周囲には防水処理が必要です。マストブーツやシール材が劣化すれば、雨水がマストを伝ってキャビン内へ入ってくることがあります。定期的なメンテナンスが必要となることもデメリットと言えます。
デメリット② 船内スペースに影響する
マストがキャビン内を通るため、その位置には家具や通路をレイアウトすることができません。マストをテーブルなどに組み込んでいる艇もありますが、船内レイアウトにはマストによる一定の制約が生まれます。
デメリット③ マストの脱着に手間がかかる
マストを抜く場合には、船内のマストステップから持ち上げ、デッキの貫通部を通して抜く必要があります。再びマストを立てる際には、デッキ貫通部の固定や防水処理も必要になるため、オンデッキマストと比べると脱着作業は複雑になります。
オンデッキマストのメリット・デメリット
オンデッキマストのメリットとデメリットは以下の通りです。
メリット① デッキ貫通部からの漏水がない
これはセーリングクルーザーにとって大きなメリットです。マストがデッキを貫通していないため、スルーマストのようにマスト周囲を防水する必要がなく、マスト貫通部から雨水が船内へ入るという問題がありません。
長期間使用するクルーザーでは、防水部分の点検や補修箇所をひとつ減らせることになります。
メリット② 船内レイアウトの自由度が高い
マストそのものがキャビン内を通らないため、スルーマストに比べて船内レイアウトの自由度が高くなります。
ただし、マスト直下にはコンプレッションポストやバルクヘッドなど、マストの荷重を受けるための構造が必要となります。そのため「船内に何もなくなる」という意味ではありませんが、マストそのものを船内まで通す必要はありません。
メリット③ マストの脱着が比較的容易
オンデッキマストは、マストの下端がデッキ上にあります。そのためマストを立てたり外したりする際に、デッキ面との接続固定を外すだけです。
スルーマストのように貫通部の防水処理をやり直す必要もないため、マストの脱着やそれに伴う整備は比較的行いやすくなります。
デメリット① マスト基部を支える構造が重要になる
オンデッキマストでは、マストからの圧縮荷重がデッキ上の比較的小さな範囲に集中します。そのため、マスト直下のデッキやコンプレッションポストなど十分な強度を持ち、その荷重を確実に船体へ伝えられる構造にする必要があります。
この部分に劣化や変形が生じると、マスト基部周辺のデッキが沈み込んだり、周囲にクラックが発生したりすることがあります。
デメリット② リギンが無いと倒れる
オンデッキマストの場合、リギンが無いと自立出来ません。つまり、リギンの交換時にはバランスを考えて補助ロープなどを張る必要があります。
セイリング中にリギンが切れると、ほぼ確実にマストは倒れてしまいます。
オンデッキ vs スルー 比較表
ここまで見てきた違いを、セーリングクルーザーのオーナーという視点で整理してみます。
| 比較項目 | スルーマスト | オンデッキマスト |
| 英語表記 | Keel-stepped mast | Deck-stepped mast |
| マスト下端 | 船体内部のマストステップ | デッキ上のマストステップ |
| デッキ | マストが貫通する | マストは貫通しない |
| マストの支持 | 船体下部とデッキ貫通部で支持 | デッキ上をマスト下端として支持 |
| 圧縮荷重 | マスト下端から船体下部へ伝える | デッキから支持構造を介して船体下部へ伝える |
| 漏水 | 貫通部からの漏水に注意 | マスト貫通部からの漏水はない |
| 船内 | マストが船内を通る | マストそのものは船内にない |
| レイアウト | マスト位置による制約がある | 比較的自由度が高い |
| マスト脱着 | 作業が複雑になりやすい | 比較的シンプル |
| 点検ポイント | 貫通部の防水、マスト下部、マストステップ | マストステップ、デッキ、コンプレッションポストなど |
どちらの方式が優れている?
スルーマストとオンデッキマストを比較すると、「結局どちらが優れているのか」と考えたくなります。しかし、これは単純に優劣をつけられるものではありません。
スルーマストは、マストを船体下部まで伸ばし、デッキ部分でも横方向に支持できるため、リグの設計やマストベンドのコントロールに利用できるという特徴があります。
オンデッキマストは、マストをデッキ上で終わらせることで、デッキ貫通部の漏水をなくし、船内レイアウトやマスト脱着の面でも扱いやすくできます。
つまり、何を重視して設計されたヨットなのかによって、適した方式が変わるということです。
セーリング性能を重視した艇だから必ずスルーマストになるわけでもありませんし、クルージング艇だから必ずオンデッキマストになるわけでもありません。
マストの材質や断面形状、スタンディングリギンの配置、船体構造などを含めてリグ全体が設計されているため、マストの支持方式だけを取り出して性能や強度を判断することはできません。
したがって、ヨットを選ぶ際にも「スルーマストだから良い」「オンデッキだから弱い」と考える必要はありません。
むしろクルーザーのオーナーにとって重要なのは、どちらにしてもきちんとメンテナンスされ健全な状態が保たれているかということです。特に中古ヨットでは、マストの方式そのものよりも、長年大きな荷重を受け続けてきたマスト周辺の状態を確認することの方が重要になります。
中古ヨットならここを見る
中古ヨットを確認するときは、スルーマストかオンデッキマストかという方式そのものよりも、それぞれの方式で大きな荷重を受ける部分に異常がないかを見ることが重要です。
スルーマストの場合
まず確認したいのが、デッキのマスト貫通部です。雨水が侵入した形跡がないか、マストブーツやシール部分が劣化していないかを確認します。キャビン側から見て、マスト周囲に水染みや変色があれば、漏水している可能性があります。
次に確認したいのが、船内に入っているマストの下部とマストステップです。
アルミマストの場合は腐食がないか、マストステップに変形や著しい腐食がないか、周囲に長期間水が溜まった形跡がないかなどを確認します。
オンデッキマストの場合
特に確認したいのは、デッキ上のマストステップとその直下です。
マスト基部周辺のデッキに沈み込みや変形がないか、ゲルコートに不自然なクラックが発生していないかを確認します。
船内側では、コンプレッションポストやバルクヘッドなど、マストからの荷重を受けている構造を確認します。
柱そのものだけでなく、その上端と下端にも注目です。接合部分に変形や腐食、亀裂などがないかを見ておきます。
リグ全体も確認する
どちらの方式でも、マスト基部だけを見れば十分というわけではありません。
マストが左右どちらかに不自然に傾いていないか、マストやデッキ周辺に変形がないか、ステイやシュラウドの取り付け部分に異常がないかなど、リグ全体を見る必要があります。
中古艇では、マストの方式よりも、その構造が長年の荷重や漏水、腐食に対して健全な状態を保っているかが重要です。
マスト周辺に明らかな変形や腐食が見つかった場合には、単なる表面上の劣化と判断せず、その原因まで確認した方がよいでしょう。
最後に……
スルーマストとオンデッキマスト。
外からヨットを見ているだけでは大きな違いには見えませんが、調べてみると、マストをどこで支え、その力をどのように船体へ伝えるかという考え方に違いがある。
そして、それぞれにメリットとデメリットがあります。
大切なのは、どちらが優れているかではなく、自分のヨットがどちらの方式で、その構造のどこを点検し、維持していかなければならないのかを知っておくことだと思います。
普段は当たり前のようにデッキの上に立っているマストですが、セールに風を受ければ大きな力が加わり、その力を船体全体で受け止めています。
マストを見るとき、その上に広がるセールやリギンだけではなく、たまには「このマストの下はどうなっているのだろう?」と船内まで目を向けてみる。それだけでも、自分のヨットの構造を知るきっかけになるのではないでしょうか。





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