ヨットは白いハル(船体)が非常に多いです。もちろん、紺、黒、グレー、緑、赤など、白以外の色のヨットもあるにはありますが、非常に少数派で自動車ほどマリーナに並んでいるヨットはカラフルではありません。
そこで、殆どのヨットのハルが白いのは何故なんだろうと言う素朴な疑問が浮かびます。趣味の乗り物なんだから、色とりどりのヨットがマリーナに並んでいても良いような気がします。
自動車の場合、日本ではリセールバリューを考えて白い車を選ぶ人が多いとも言いますが、ヨットも同じような理由なんでしょうか?
海には白が似合うから? 確かにそれはあるかもしれません。
しかし、白いヨットは圧倒的に多く、何故ここまで白いヨットが多いのか?について、今回は調べてみたいと思います。
見た目に白いハルの正体は?
現在のヨットの多くはFRPで造られています。FRPとは、Fiber Reinforced Plastic(繊維強化プラスチック)の略です。
一般的なFRP艇では、ガラス繊維を樹脂で固めた積層材がハル(船体)の強度を受け持っており、船底に骨や家の梁のような構造体は入っていないのが通常です。
マリーナでヨットの白い船体を見たとき、通常私たちが直接見ているヨット船体の表面は、このFRPの積層材そのものではなく、ゲルコート(Gelcoat)と呼ばれる表層を見ています。
一般的なFRP艇の製造(雌型成形)では、船体を造るときには、船体の型の内側に液状のゲルコート樹脂を均一な厚さで先ず塗布して硬化させます。その上からハルの強度を持たせるためにガラス繊維と樹脂を何層にも積層します。完成した船体を型から外すと、最初に施工したゲルコートが一番外側に現れると言った具合です。
つまり、私たちが普段見ているツルツルした白い船体表面は、FRP積層材そのものではなく、その表面を形成するゲルコートであることが多いのです。(このゲルコートの外側に、船によっては更に船体塗料を塗って着色したり、喫水線辺りから下は船底塗料を塗るわけです)
ゲルコートにはハルの美観を整えるだけはでなく、その下にあるFRP積層材を海水や紫外線などの外部環境から保護する役割もあります。
ゲルコートが白い理由
ゲルコートには、代表的な顔料の一つである二酸化チタン(TiO₂:Titanium Dioxide)が用いられています。顔料(Pigment)は、樹脂や塗料などに色を付けるために加える微細な固体粒子で、この二酸化チタンが白い色なのです。
船舶用ゲルコートのメーカーである Scott Bader は、マリングレードの白色トップコート製品について、高いUV耐性を持つグレードの二酸化チタンを使用していることを明記しており、この白色の顔料を使う理由には、紫外線劣化を防ぐ目的があります。
白は単なる色ではなく、強い日射を受け続ける屋外用FRP製品の材料技術とも密接に関係しています。なので、「二酸化チタンが入っているからヨットの色が白くなった」という単純な話ではないわけです。
白い船体が多い理由は一つではなく、いくつものメリットがあります。
白い船体は熱くなりにくい
これは非常に分かりやすい理由です。
夏の日差しの中で白い自動車のボディーと黒い自動車のボディーを触ったとしたら、圧倒的に黒いボディーの方が高温になります。
濃い色は太陽光による熱を吸収しやすく、白などの明るい色は光や熱を反射しやすいのです。
ヨット用塗料メーカー ALEXSEAL は、濃色のヨットでは直射日光によって船体表面温度が200°F(約93℃)を超える場合があると技術資料で説明しています。
これは単に、「色の濃い船はキャビン内部が暑くなる」というだけの話にとどまりません。
FRPのように異なる材料を組み合わせた複合材料(Composite Material)では、非常に高い表面温度が外観や材料の挙動に影響する可能性があり、高温になるのを出来るだけ避けたいのです。
熱はFRPの外観にも影響する
熱によりFRP内部のガラス繊維や積層構造などが、船体表面のゲルコート層にうっすら模様のように現れることがあります。
この現象をプリントスルー(Print-through)と呼びます。
また、FRPに使用される熱硬化性樹脂では、成形後にも温度条件によって硬化反応が進むことがあります。
この硬化反応をポストキュア(Post-cure)と呼びます。
キュア(Cure)とは樹脂の硬化を意味します。
(プリントスルーやポストキュアを詳しく説明すると今回の本題から脱線してしまうので、これについては別の記事で改めて取り上げたいと思います。)
ここで重要なのは、船体の色によって表面温度が変わり、その温度差がFRPの外観や材料の挙動にも影響する。つまり、船体表面に変化が現れてしまうことがあると言うことです。
紫外線との戦い
ヨットは非常に厳しい環境に常に置かれています。
ほとんど海上、屋外にヨットは居ます。走らせない時には陸揚げしているヨットもありますが、艇庫などの屋根下に入ることなんて、先ず一般のヨットでは無いことでしょう。
しかも、海上では空からの直射日光だけでなく、水面からの強い反射光も受けます。
FRP艇のハルの表面では、長期間にわたって紫外線などに曝されることで、艶が失われたり、表面が粉を吹いたようになったりすることがあります。この現象をチョーキング(Chalking)と呼びます。
また、白色や淡色のゲルコートでは、経年変化によって色調が黄色方向へ変化する黄変(Yellowing)が起こることもあります。
Polynt などの船舶用ゲルコートメーカーも、マリン用途の製品でUVによるチョーキングや黄変に対する耐性を重要な性能として掲げており、船体表面への紫外線の耐性は重要な性能です。
濃い色のヨットは良くないのか?
一概には良くないとは言えません。実際に濃紺、黒などの濃色を用いた美しいヨットはありますし、現在ではゲルコートや塗料の技術も格段に進歩しており、濃色の船体を造ることは十分に可能です。ただし、濃色は太陽光をより吸収しやすく、表面温度が高くなりやすいという性質があり、そのため濃色を採用する場合には、使用する材料や塗装システムなどに、白い船体とは異なる配慮が製作段階で必要になると言うことです。
HUGO BOSS の黒いレーシングヨット
濃色のヨットについて、面白い実例があります。単独無寄航世界一周ヨットレースVendée Globe 2016-17で レーシングヨットである IMOCA 60の HUGO BOSSチームがブランドカラーである黒を船体色にまとった艇で出場しました。このレース艇が2016年に発表されたとき、その黒い姿は大きな注目を集めました。

この艇では黒い外観を実現するために、BASFの特殊な顔料技術が使われました。一般的な黒色顔料は太陽光に含まれる近赤外線まで吸収しやすく、表面温度が上昇します。そこで使用されたのが近赤外線を反射する特殊な顔料です。
近赤外線はNIR(Near Infrared)とも呼ばれ、可視光の赤色よりも長い波長を持つ電磁波です。これは太陽光に含まれ、物体に吸収されると温度上昇に寄与する特性があります。
BASFによれば、この技術には艇内の温度上昇だけでなく、ハルの複合材料への熱の影響を抑えるという目的がありました。
つまり、「黒く見えるけれど、太陽エネルギーまで普通の黒と同じように吸収させない」という特殊技術がここで初めてヨットに使用されたわけです。ハードな世界一周レースでは、色が船体に与える影響まで考慮する必要があったと言う事です。
白なら比較的容易に得られる性質を、黒い船体を実現するために特殊な材料技術を使って実現する。逆に考えると、白という色がヨットにとってどれほど都合のよい色なのかということがわかると思います。
白は標準色になっている
これは昔のFRP艇だけの話ではありません。現在の量産セーリングクルーザーでも、白い船体を標準設定としているモデルが殆どです。
BENETEAU の Oceanisシリーズなどでも白い船体が標準設定され、モデルによってはグレーなど別の船体色がオプションで選べる設定になっています。
つまり、現在では色を選べないから白なのではなく、「白を基本としながら、好みに応じて別の船体色も選べる」という構成になっている船がほとんどです。
最後に… 今回のまとめ
普段マリーナで見慣れている白い船体。あまりにもあたり前なので、その理由を考えることはほとんどありませんでした。しかし、調べてみると、単に「昔からヨットは白だから」という話ではありませんでした。
白い船体には、太陽光を反射しやすく、表面温度が上がりにくい。強い紫外線にさらされる海洋環境に適した白色ゲルコートが確立されており、高温や紫外線に曝されるFRP艇にとって合理的な選択だという複数の理由があることがわかりました。
そこにヨットらしい外観イメージや市場での定着、量産艇における標準仕様などが重なり、現在のマリーナで見られる「白いヨットが並ぶ風景」ができあがったということです。
白は単にヨットらしい色なのではなく、FRP艇にとってかなり合理的な色だったということですね。
今回調べてる途中で、
「ゲルコートとは、そもそも何なのか?」
「チョーキングしたゲルコートは元に戻せるのか?」
「プリントスルーが出たら船体強度に問題があるのか?」
「ゲルコートと塗装は何が違うのか?」
といった、FRP艇を所有していると気になるテーマがいくつも出てきました。
次回以降、それらについても記事にしたいと思います。
【参考資料】
ALEXSEAL – Project Considerations
Scott Bader – Crystic Brush Topcoat 506PA
Polynt – Marine gelcoat products
BASF – HUGO BOSS yacht and heat-reflecting pigments






コメント
白地に赤い船底は、まさに日本のナショナルカラーでもあり、帆船らしい色合いでもありますね。
私は、ヨットらしい色として白いハルが好きです。ついでに言えばボトムは赤が好きです。
濃色のハルは新しいうちは良いのですが、経年劣化で色褪せてくるとみすぼらしく見えるのですよねー(涙)