中古ヨットやいろいろなヨットを見ていると、ときどき「デッキが柔らかい」という場面に遭遇することがあります。
デッキが柔らかい? FRPで出来ているデッキが柔らかいというのも、なんだか不思議な感じがしますよね。調べてみると、どうやらデッキ全体が柔らかいわけではなく、歩いたときに一部分だけ少し沈んだり、フワッとした感触があったりすることがあります。
こうした状態を「ソフトデッキ」あるいは「ソフトスポット」と呼びます。では、硬いはずのヨットのデッキが、どうして柔らかくなってしまうのか、今回は、この「ソフトデッキ」と呼ばれる現象について書いてみたいと思います。
ソフトデッキとは?
ソフトデッキ(Soft Deck)とは、デッキを踏んだときに、その一部分が周囲よりも柔らかく感じたり、わずかに沈んだり、たわんだりする状態を指します。
デッキ全体ではなく、一部分だけにこの症状が現れる場合には、英語で「Soft Spot(ソフトスポット)」と呼びます。
ここで注意したいのは、ソフトデッキは特定の故障や劣化原因を表す言葉ではないということです。あくまで「デッキの一部が本来より柔らかくなっている」という状態を表したものです。
その原因には、デッキ内部への浸水やコア材の劣化、FRPとコア材の剥離など、いくつかの可能性があります。
デッキの中はどうなっている?
ヨットのデッキは、一見するとFRPだけでできているように見えます。
しかし、多くのFRP製ヨットのデッキには、2枚のFRP層の間に軽量なコア材(Core Material)を挟んだ「サンドイッチ構造」が使われています。

基本的な構造は、外側のFRP層 → コア材 → 内側のFRP層 となっています。コア材には、バルサ材やPVCフォームなどが使われます。
なぜ、コア材を挟むのか?
理由のひとつは、重量を大きく増やさずにデッキに必要な剛性を持たせるためです。
薄いFRP板だけでは、人が歩いたり荷重が加わったりするとたわみやすくなります。そこで2枚のFRP層の間隔をコア材によって広げ、それらを一体化することで、軽量でありながらたわみにくい構造にしています。
つまり、普段歩いているデッキの硬さは、表面のFRPだけによって生まれているわけではありません。外側のFRP、コア材、内側のFRPが一体となって働くことで、デッキ全体の剛性が保たれています。
なぜソフトデッキになる?
本来は硬くしっかりしているデッキが、なぜ柔らかくなってしまうのでしょうか。
代表的なものが、デッキ内部への水の侵入です。
前の項目で説明したように、FRPデッキの多くは、外側と内側のFRP層の間にコア材を挟んだサンドイッチ構造になっています。この内部に水が入り込むと、バルサなどの木質系コア材では、長期間の浸水によって腐朽や劣化が進むことがあります。
また、水の侵入とは関係なく、長年繰り返し荷重を受けることでコア材が傷んだり、局部的な大きな荷重によってコア材が潰れたりすることもあります。
そして、もう一つ知っておきたいのが、デラミネーション(Delamination)です。
これは、FRPとコア材の接着が剥がれるなどして、本来一体となっているはずの層が分離してしまう現象です。
サンドイッチ構造は、外側のFRP、コア材、内側のFRPが一体となっていることで剛性を保っています。その一体性が失われると、荷重を受けたときにデッキがたわみやすくなり、足で踏んだときの「柔らかさ」として感じられることがあります。
つまり、ソフトデッキは原因そのものではなく、デッキ内部で何らかの変化が起きた結果として現れる症状なのです。
水はどこから入るのか?
デッキ内部への浸水というと、FRPそのものから水が染み込んでいくように思うかもしれません。
しかし、まず疑うべきなのは、デッキに開けられた穴や、その周辺です。
ヨットのデッキには、スタンション、クリート、ウインチ、ジェノアトラック、ハッチなど、さまざまな装備が取り付けられています。
これらの多くは、デッキに穴を開けてボルトやビスで固定されています。もちろん取り付ける際には、シーリング材などを使って水が入らないように処理されています。ところが、シーリング材は永久にその性能を維持するものではありません。
紫外線や経年劣化に加え、デッキ金具にはセーリング中に繰り返し力が加わります。その結果、わずかな隙間が生じ、そこから水が侵入することがあります。
厄介なのは、水の入口と、実際にソフトデッキとして症状が現れる場所が、必ずしも一致するとは限らないことです。
一度コア材まで水が達すると、内部を伝って周囲へ広がることがあるためです。表面から見れば何の異常もないデッキでも、その内部では少しずつ浸水が進んでいることがあります。
どうやって見つける?
ソフトデッキは、表面を見ただけでは殆どわかりません。そこでソフトデッキを見つけるもっとも簡単な確認方法は、実際にデッキを歩きながら、足裏に伝わる感触を確かめることです。
周囲と比べて一部分だけ沈む、フワッとする、踏んだときにわずかに動くような感触があれば、内部の状態を確認した方がよい場所と考えられます。
もう一つ、よく使われるのが打音検査(サウンディング)です。小さなプラスチックハンマーなどでデッキを軽く叩き、場所による音の違いを確認します。健全な部分を叩いた音と比べながら少しずつ場所を移動していくと、内部の剥離などによって音が変化する部分が見つかることがあります。
さらに詳しく調べる場合には、モイスチャーメーター(水分計)を使って、デッキ内部の水分量の違いを調べる方法もあります。
ただし、足で感じる柔らかさ、打音、水分計の数値だけで、内部で何が起きているのかを断定することはできません。これらはあくまで、「この部分は周囲と何かが違う」ことを見つけるための手掛かりです。
ソフトデッキを見つけたら?
ソフトデッキと思われる場所を見つけたら、まず確認したいのは、どのくらいの範囲まで柔らかくなっているのかということです。
一部分だけなのか、それとも周囲まで広がっているのか。さらに、その近くにスタンションやクリート、ウインチ、トラックなどの取り付け部分がないかも確認します。
そして、浸水が疑われる場合には、水がどこから入っているのかを探すことも重要です。原因となる浸水を止めないまま補修しても、再び内部へ水が入ってしまう可能性があるからです。
ソフトデッキそのものは、状態に応じて修理することができます。比較的狭い範囲の剥離であれば、状況によっては樹脂を注入して再接着する方法が使われることもあります。
コア材そのものが腐朽したり潰れたりしている場合には、傷んだ部分を取り除き、新しいコア材を入れてFRPを再施工するような修理が必要になることもあります。
つまり、同じように「デッキが柔らかい」と感じても、内部で起きていることによって対処方法は変わります。
ソフトデッキはどうやって修理する?
ソフトデッキは、原因や劣化の程度によって修理方法が変わります。重要なのは、単に柔らかくなったデッキを硬くすればよいわけではないということです。
まず、どこまで異常が広がっているのかを確認し、浸水している場合には、その侵入経路を特定します。そのうえで、内部のコア材がどのような状態になっているのかを判断します。
例えば、コア材そのものには大きな損傷がなく、FRPとコア材の接着が部分的に剥がれているだけであれば、剥離した部分に樹脂を注入し、再び接着させる方法が使える場合があります。
コア材が水を含んで劣化していたり、木質系のコア材が腐朽していたり、荷重によって潰れてしまっている場合には、樹脂を注入するだけでは本来のサンドイッチ構造には戻りません。
このような場合には、FRPの表皮を開き、傷んだコア材を取り除いて、新しいコア材へ交換します。その後、FRPを再び積層して表皮を復元し、最後にゲルコートやノンスリップなどの表面を仕上げます。
つまり、ソフトデッキの修理には大きく分けて、剥離した部分を再接着する補修と、傷んだコア材そのものを交換する修理があります。
どちらの方法が適しているかは、表面から柔らかさを確認しただけでは判断できません。
特にコア材への浸水が広範囲に及んでいる場合や、大きな荷重を受ける部分に症状がある場合には、内部の状態をきちんと確認したうえで修理方法を決める必要があります。
そしてもう一つ重要なのが、浸水の原因を残さないことです。せっかくデッキを修理しても、スタンションやクリートなどの取り付け部分から再び水が入れば、同じ問題を繰り返すことになります。
ソフトデッキの修理は、柔らかくなった部分を直すだけではなく、なぜそこが柔らかくなったのかまで突き止めて対処することが大切なのです。
ソフトデッキを再発させないために
ソフトデッキを修理したら、もう一つ考えておきたいのが、同じような症状を再発させないことです。
特に注意したいのが、スタンションやクリート、ウインチ、ジェノアトラックなど、デッキを貫通させて取り付けられている艤装品類です。
こうした部分はシーリング材によって防水されていますが、長い年月の間にはシーリング材が劣化したり、繰り返し力が加わることで、わずかな隙間が生じたりすることがあります。
取り付け直す場合には、単にシーリング材を塗ってボルトを締め直すだけではなく、もし水が入っても、コア材まで水を到達させないという考え方も重要になります。
その方法のひとつが、ボルト穴の周囲にあるコア材を少し取り除き、そこをエポキシ樹脂などで埋めてから、あらためてボルト穴を開ける方法です。
こうしておけば、将来シーリングが劣化して水がボルト穴へ入り込んだとしても、コア材へ直接水が染み込むのを防ぎやすくなります。
もちろん、すでに取り付けられているすべてのデッキ金具を外して施工し直す必要があるということではありません。
大切なのは、金具の周囲にシーリングの剥がれや亀裂がないか、ときどき確認することです。金具を取り外す機会があれば、そのときに取り付け穴やコア材の状態も確認しておくとよいでしょう。
ソフトデッキの修理では、柔らかくなった部分を直すだけでなく、水が入った原因を取り除き、再びコア材へ水を入れないことまで考えておくことが大切です。
いいと思います。今回の記事の結論としても、ここで初めて「デッキは単なる床ではなく、ヨットを構成する重要な構造体の一部」という話につなげると、前回のマストの記事からの流れもきれいにつながります。
最後に……放置するとどうなる?
ソフトデッキを見つけても、「少し柔らかいだけだから、まだ大丈夫だろう」と思ってしまうかもしれません。確かに、デッキの一部が柔らかいからといって、すぐにヨットが危険な状態になるとは限りません。
しかし、内部に水が入り続けているのであれば、コア材の劣化やFRPとの剥離が周囲へ広がり、最初は小さかったソフトスポットが次第に大きくなっていく可能性はあります。そうなれば、当然ながら修理する範囲は大きくなります。
そして、もう一つ忘れてはいけないのが、ヨットのデッキは、単に人が歩くための床ではないということです。前回、マストの立ち方について書いたときにも触れましたが、デッキにはマストやリギンから大きな力が加わっています。
さらにデッキには、スタンション、クリート、ウインチ、トラックなど、さまざまな艤装品が取り付けられ、それぞれがセーリングや係留中に力を受けています。
デッキは、そうした力を受け、周囲の構造へ伝えていくヨットの構造体の一部でもあるのです。
だからこそ、特に大きな力を受ける場所の近くでソフトデッキが見つかった場合には、「古いヨットだからこんなもの」と簡単に片付けない方がよいです。
ソフトデッキは、それ自体が故障の名前ではありません。デッキの内部で何かが起きていることを知らせる一つの兆候ですから、見つけたら、まず範囲を確認し、原因を探し、必要であれば修理する。早い段階で気づくことができれば、それだけ小さな修理で済む可能性も高くなります。
中古ヨットに長く乗り続けるためにも、デッキを歩いたときに感じる「いつもと少し違う」という感触は、見逃さないようにしたいものです。




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