帆船シナーラ “CYNARA” と言えば、ヨット好きでなくてもバブル世代の人なら一度は何かで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。

西武グループが隆盛を極め、西武の総帥である堤さんが日本人初の世界長者番付で1位になり、数々のリゾートやホテル開発を手掛けマリンリゾートとして逗子や葉山などを開発する中、日本のマリーナとして歴史あるシーボニアマリーナ(神奈川県三浦市)を手中に収めた西武が、このマリーナのフラッグシップ(旗艦)として地中海でチャーターヨットとして活躍していたイギリスの名艇シナーラを日本に持ってきました。
シナーラは西武グループの広告塔として日本各地の港にキャンペーンで訪れた後は、シーボニアマリーナをホームポートとしてクルージング事業や船上ウエディング、パーティー会場としても利用されてきました。

バブル崩壊と共に西武グループも解体され、後に現オーナーであるリビエラグループがシーボニアや逗子マリーナを買収し、シナーラも引き継がれます。しかし、長い日本の景気低迷によりシナーラも長期間繋がれたままで帆走することも無くなってしまい、私が最後にシーボニアの海面に浮かぶ姿を見た時には、マストが抜かれハル(船体)だけが沖停めの杭に係留されているという寂しい限りの状態で、このまま朽ち果ててしまうのではないかと、その行く末を案じていたのは私だけではなく多くのヨットファンも同じ気持ちではなかったでしょうか。

海外に売却されるなどの噂もありましたが、シナーラの状態は再び欧米に戻れるコンディションでは到底ない状態、リビエラグループはレストア(修復)の道を選択します。2015年から開始されたシナーラのレストア作業はシーボニアマリーナの特設ドックで行われ、2020年東京オリンピックのセーリング競技が行われる年にはシナーラの美しい姿を再び…という目標のもと作業が進められてきました。レストア作業はこのようなヒストリックボートの知識と技術を持つ優秀な職人(船大工)を世界10か国から招聘し、日本の職人に以後のメンテナンス技術を継承しつつ進められてきました。フルレストア(完全修復)ですから艤装は全て外され、ハルも塗装を剥したうえで外板も全て外して分解され、部品単位に1つ1つ細かく検査され、できる限りオリジナルを保つという考え方から交換が必要な物だけを新しいものにするという、まさに気の遠くなるような作業が続けられてきました。そう言った膨大な作業を経て、先月末(2020年3月30日)にハルのレストア作業を終えたシナーラは漏水テストのため5年ぶりに海に浮かべられ、その美しい姿を再び見せてくれました。今後、内装や艤装が開始され最終的な仕上げ段階に入って行くものと思われます。

そこで今回は、このブログでシナーラについて少しだけ深堀りしてみたいと思います。

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シナーラってどんなヨット?

シナーラは1927年にイギリスの有名ヨットビルダーで英国王室のヨットを幾つも造っていた”Camper & Nicholsons“で建造された、およそ110フィートのガフリグケッチ “Auxiliary Gaff Rigged Ketch” 型のヨットです。設計はチャールズ・ニコルソン”Charles Nicholson”によるものです。

CYNARA

全長109.8フィート(約33.5m)、全幅18.7フィート(約5.7m)、喫水11.3フィート(約3.44m)、総トン数73.4トン、船体は骨組みがホワイトオーク材、外板は非常に珍しいビルマチーク材、デッキその他は全てチーク材で造られた完全な木造ヨットです。

王侯貴族の楽しみとして始まったヨットレースですが、ビジネスなどの成功者がそれを真似るようになるとヨットレースは社交界的役割を持つようになります。成功者たちは、王侯貴族や身分の高い人との関係を作るために続々とヨットを建造し、ヨットレースに参加するようになりました。シナーラはそんな時代に造られ、レース艇としての俊足なデザインとクルージング艇として水深の浅い河口や小さな港への入港が可能なドラフトの浅いデザインを併せ持ったレーサークルーザー(高速クルージングヨット)として設計されました。

シナーラの来歴

シナーラは、世界最高のヨットを造るという意向でロイヤルテムズヨットクラブのメンバーであるHGナットマンが当初”Gwendolyn”というプロジェクト名で発注したヨットです。設計から材料の品質にまで及ぶ全ての面で吟味され十数年に渡る年月を掛けて建造されましたが、完成直前にロンドンに住むデンマーク人のビジネスマンであるVGグラエに売却されます。グラエ家はデンマークのヨットサークルに深く関わっており、デンマーク王室とも深い関係にあった人物です。

シナーラ

1927年3月7日、Gwendolynは完成進水し、VGグラエはこのヨットを当初のプロジェクト名のまま「グウェンドリン」と名付け、デンマークのコペンハーゲンに登録しました。
1930年、ニューヨークヨットクラブのアメリカ人会員であるハーバートW.ワーデンに売却され、「イージーゴーイング」と名称変更され、アメリカのフィラデルフィアに登録しました。
1932年、ワーデンは大西洋を横断したのちにロンドンのハワードフランク卿という英国の不動産王に売却。ハワードフランクは船名を「シナーラ」と改名し、イギリスのポーツマスで登録したのち、彼は直ぐに亡くなります。
1933年、オーナーを失ったシナーラはロイヤルヨットスコードロン “Royal Yacht Squadron” のメンバーであるノーザンプトン侯爵に買われ、以後25年の長期間に渡り所有します。
1958年、1964年に2度シナーラは売買されオーナーが変わります。(詳細は不明)
1965年、イギリスのレーシングドライバーであるダンカンハミルトンが当時の価格8,000ポンドでシナーラを購入すると、派手好きだった彼は元々の黒い船体を白く塗り直し、数年間モナコに係留しました。
1968年、バミューダのウォーレンイブがオーナーとなり、アメリカの東海岸からカリブ海に戻り、更にその後1972年に大西洋を再び渡ってヨーロッパに向かいミュンヘンオリンピックにも参加しました。
1973年1月27日、シナーラは日本の西武グループに買われ、日本への回航が始まります。イギリスのリミントンヨットハーバーを出港した195日後の同年8月10日、神奈川県三浦市にある美咲港に入港します。
2001年、所有権が現在のリビエラに引き継がれ、2015年からシナーラは全面レストアの作業が開始されました。

シナーラのエピソード

シナーラにはまことしやかに語られる噂が存在します。
そのうわさ話とは、イギリス首相であったウインストン・チャーチルがシナーラのオーナーであったことがあるという話です。
そのようなことを証明する記録は今のところ見つかってはいませんが、チャーチルは1965年に亡くなる10年前にイギリス首相を退任。1955年頃はノーザンプトン侯爵が所有していた期間と重なり、ノーザンプトン侯爵が所有していた頃のシナーラについては詳細が不明なことから、チャーチルが所有していたかは別にしても、現代で言うところのチャーターヨットのような感じでよく乗船していた可能性はあるような気がします。

映画にも出たシナーラ

地中海で活躍していた頃、アメリカの有名映画俳優である トニー・カーチス “Tony Curtis” とハンガリー出身の女優 ザ・ザ・ガボール “Zsa Zsa Gabor” がダブル主演のイギリス系コメディ犯罪映画 “Arrivederci Baby!”(1966年)でシナーラの当時の姿を見ることが少しだけできます。

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シナーラのレストア

シナーラのフルレストア(完全修復)作業は全てを完全に分解し、できる限りオリジナルの材料を残す、または活かして修復作業を行うという方針で進められました。交換する木材などは全てシナーラが生まれたイギリスから取り寄せた材料によりオリジナルに忠実に修復作業が行われました。
シナーラの船体フレーム(骨格)は十分に乾燥処理された(枯らし作業が行われた)ホワイトオークで造られており、その殆どを交換する必要があったそうです。また、外板については、非常に珍しいビルマチークが用いられていましたが、その殆どはオリジナルのまま再利用が可能だったそうです。

シナーラのハル

デッキは、強度と防水性能を上げるために海洋合板 “marine plywood” を下地に使い、表装のチークデッキは全て新しいものに交換されました。デッキ上の造作はニス塗り仕上げのチーク材で修復され、全ての金物類は綺麗に装飾された鉄又は青銅製です。

シナーラのデッキ

内装は、ほぼ当初の形のまま可能な限りオリジナルの素材とデザインを保ったまま補修がなされるとのことです。間仕切りや建具などの殆どで高級マホガニーが用いられています。家具の引き出しや食器棚内部などは白塗りのシダーが使用され、衣類の香りを新鮮に保ち防虫効果があります。キャビンの床にはオークとチークが使われ、ドアノブやスイッチ類はニッケルメッキされた真鍮が使われており、それら殆どをオリジナルのまま使うそうです。

シナーラのインテリア

マストは、高い強度と弾力性を持つコロンビアパインとスプルースが用いられています。レストアもオリジナルと同じ手法を踏襲し、航空機の翼の製造にも使われたスプルースをブームとガフに使用しているそうです。
リグは、フィッティングにブロンズとステンレスを使っています。ワイヤーは7本のステンレス線を撚る伝統的な手法で作られています。ブロンズとステンレスを使う理由は電蝕を避けるために、この組み合わせが最も適しているからだそうです。
セイル(帆)は、ダクロン製ですが、伝統的な皮製のエッジ処理が施されるそうです。

シナーラのリグとセイル

最後に… シナーラ5年ぶりに水面へ

レストア作業を終えた船体がついに先月末(2020年3月30日)に進水テストのため、5年ぶりに海に浮かべられました。
その様子はYouTubeで見ることが出来ます。

今後、内装作業やマスト、リグ、セイルの取付と進み、当初予定であった7月までには、完全に復元された姿を見ることができるのではないかと思います。

シナーラのレストアプロジェクトに関する詳細は、リビエラのホームページで詳細に紹介されており、今後も完成までのプロセスが随時更新されるようです。
日本の海でイギリスのヒストリックヨットが蘇るのは非常に楽しみです。是非、再びセーリングする姿を間近で見てみたいものですし、見学や乗船できる機会があれば是非一度は行ってみたいですね。そんな可能性が今後あるかもって考えるだけでも楽しみです。

※この記事には、リビエラグループのホームページから、多くの内容を参照しています。より詳細な情報はリビエラグループのシナーラWebページ(https://cynara.jp/)をご覧ください。

 
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