ヨットで火災が起きたと聞くと、航海中の事故を思い浮かべる人が多いかもしれません。
もちろん、海の上で火災が発生すれば重大な事故につながります。しかし、ヨットは航海している時間よりも、マリーナなどに係留されている時間の方がはるかに長い船です。
実際には、人が乗っていないヨットから出火し、発見されたときには大きな火災になっていたという事故も起きています。
では、ヨットは何が原因で燃えるのでしょうか。
燃料を積み、エンジンがあり、艇内では火を使うこともあります。火災の原因になりそうなものはいくつも思い浮かびます。ところが、プレジャーボートの火災事故を調べてみると、最も大きな割合を占めているのは電気系統でした。
なぜ電気系統からの火災が多いのでしょうか。
今回は、実際に起きた火災事故のデータから、その理由を見ていきます。

ヨットの火災原因
ヨットには、燃料やエンジン、調理器具、電気設備など、火災につながる可能性のあるものがいくつもあります。
実際に発生した火災事故では、どのような原因が多いのでしょうか。
米国のボートオーナー向け組織で、保険事故のデータも蓄積している BoatUS(Boat Owners Association of The United States)は、ヨットを含むプレジャーボート全体で発生した火災事故を原因別に分析しています。
その内訳を見ると、
艇外からの延焼 26%
エンジン電装 20%
その他のDC電装 15%
AC電装 12%
エンジン関連 9%
船外機の電装 8%
となっています。
単独の項目では、隣の艇やマリーナ施設などからの「艇外からの延焼」が26%で最も多くなっていますが、ここで注目したいのが電気に関係する項目です。
エンジン電装が20%、その他のDC電装が15%、AC電装が12%。この3つを合わせると47%になります。
さらに船外機の電装8%も電気に関係しますが、ここではエンジン電装、DC電装、AC電装の3項目だけを見ても、火災事故の半数近くを占めており、発生した場所や設備によって別々の項目に分類されてはいますが、電気に関係する火災という括りで見ると、火災の中で最も大きな原因になっていることが分かります。
BoatUSが別に行った保険事故の分析でも、緩んだバッテリー接続、擦れて損傷したバッテリーケーブル、古くなったバッテリースイッチなど、電気系統に関係する箇所から実際に火災が発生していることが報告されています。
プレジャーボートの火災というと、燃料やエンジンルームからの出火を想像しがちですが、事故のデータから見えてくるのは、電気にまつわる火災の多さです。
12Vなのに、なぜ火災になる?
ヨットの電気というと、まず思い浮かぶのは12Vや24VのDC電源です。
家庭で使う100Vと比べれば、12Vは低い電圧です。一般に感電による危険性も低くなるため、「12Vならそれほど危険ではない」という印象を持っている人もいるかもしれません。
しかし、感電の危険性と火災の危険性は別の話です。
ヨットに搭載されているバッテリーは12Vであっても、大きな電流を流すことができます。分かりやすいのがエンジンのスターターモーターです。
エンジンを始動するときには、12Vのバッテリーからスターターモーターへ瞬間的に非常に大きな電流が流れます。だからスターターにつながるケーブルは、照明や航海計器の配線とは比較にならないほど太くなっています。
スターター回路以外にも、ウインドラスやバウスラスター、インバーターなども大きな電流を使う機器です。
そして電気が流れるところには、必ず抵抗があります。
正常なケーブルや端子では、この抵抗は非常に小さく抑えられていますが、何らかの理由で抵抗が大きくなると、その部分で電気エネルギーが熱へ変わります。
発生する熱を考えるときに使われるのが、P=I²Rという式です。Pは発生する電力、Iは電流、Rは抵抗です。この式で重要なのは、発熱する電力が電流の2乗に比例することです。
例えば、100Aの電流が流れている部分に0.01Ωの抵抗があったとします。100 × 100 × 0.01=100W になります。
0.01Ωという数字だけを見ると、ほとんど抵抗がないように感じます。しかし100Aという大きな電流が流れれば、その小さな部分で100Wもの電力が熱として消費される計算になります。
100Wの白熱電球を思い浮かべると、点灯中は触れないほど熱くなります。つまり、100Wという発熱が決して小さくないことが分かります。
ヨットでは、こうした大電流が流れる回路がバッテリーから艇内各所へ延びています。
12Vという数字は電圧の低さを示しているだけで、バッテリーからどれだけ大きな電流を取り出せるかとは別の話なのです。
実際に英国の船舶事故を調査する公的機関MAIB(Marine Accident Investigation Branch)は、14mのセーリングヨットで発生した火災を調査したところ、バウスラスター用の電源端子に金属製のカバーが接触したことで短絡が起こり、アーク(火花)が発生。近くに収納されていたセイルなどへ燃え移り、船首区画で火災になったとしています。
これは、エンジンを搭載した一般的なセーリングヨットでも、大電流を使うDC電装が実際に火災につながった具体的な事例です。
12Vや24Vという低い電圧でも、そこに大きな電流を供給できるバッテリーがある以上、十分な発熱やアーク(火花)を発生させるエネルギーがあります。
低電圧だから安全なのではなく、どれだけの電流が、どのような状態で流れているのかを知っておく必要があります。
ショートしなくても火災は起きる
電気火災というと、配線のプラスとマイナスが接触してショートし、火花が出て燃え始めるというイメージを持つかもしれません。
もちろん、ショートは電気火災を引き起こす原因のひとつです。しかし、実際のヨットでは、ショートしていなくても電気系統から発熱し、火災につながることがあります。
特に注意したいのが、電線と電線、あるいは電線と機器をつないでいる接続部分です。
バッテリー端子、バッテリースイッチ、バスバー、スターターモーター、オルタネーターなど、ヨットの電気系統には多くの接続部分があります。
これらは正しく接続されていれば、電気抵抗は非常に小さくなっています。
ところが、端子が緩んだり、接触面が腐食したり、端子の圧着が不十分だったりすると、接続部分の抵抗が大きくなることがあります。
電流が流れる場所に抵抗があれば熱が発生します。
端子が緩んだり腐食したりして接触抵抗が大きくなると、電気はその接続部分を通過しながら熱を発生させます。接触状態が悪くなるほど、その部分に熱が集中するようになります。
ここで注意したいのは、接触不良になったからといって、必ず電気が流れなくなるわけではないことです。
完全に接続が切れてしまえば機器は動かなくなります。しかし、接触が悪くなっているだけなら、電気は流れ続けます。
例えば、バッテリー端子の接触状態が悪くなっていても、冷蔵庫や航海計器などの機器が普通に動いていることがあります。オーナーから見れば、機器が正常に動いているので電気系統にも問題がないように見えます。
ところが、その間にも接続部分では発熱が続いている可能性があります。「電気が流れない」という故障ではなく、「電気は流れているのに、その途中で熱を持っている」という状態です。
これが、接触不良による電気火災を見つけにくくしている理由のひとつです。
大きな電流が流れる回路では、わずかな接触抵抗でも発熱量が大きくなります。端子やケーブルが熱くなり、その熱で周囲の樹脂部品や電線の被覆が劣化し、さらに状態が悪化することもあります。
BoatUSの保険事故分析でも、緩んだバッテリー接続、擦れて損傷したバッテリーケーブル、老朽化したバッテリースイッチなどが、実際の火災原因として挙げられています。
ヨットでは、振動や船体の動きに加えて、湿気や塩分にもさらされます。一度きちんと施工した電気系統であっても、その状態が何年も変わらないとは限りません。
ショートのように突然大きな異常が起きる場合だけでなく、電気は流れているものの、接続部分の状態が少しずつ悪くなっている場合にも火災につながる可能性があるということです。
ヒューズがあるのになぜ火災になる?
ヨットの電気回路には、異常な電流が流れたときに回路を遮断するためのヒューズやブレーカーが取り付けられています。それなら、電気系統に異常が起きても、火災になる前にヒューズが切れたりブレーカーが作動したりするのではないか、と思うかもしれません。
ここで知っておきたいのは、ヒューズやブレーカーが何を検知して回路を遮断しているのかということです。
一般的なヒューズやブレーカーは、配線に許容範囲を超える電流が流れたときに回路を遮断します。
例えば、プラス側の配線が船体側のマイナス配線などに接触して短絡すると、非常に大きな電流が流れます。適切な容量のヒューズが適切な位置に取り付けられていれば、ヒューズが溶断して回路を切り離し、配線が過熱するのを防ぎます。
ところが、前の項目で説明した接触不良による発熱では事情が違います。
端子の緩みや腐食によって接触抵抗が大きくなっても、その先につながっている機器が必要とする電流そのものは、ヒューズの容量を超えていないことがあります。
例えば、15Aのヒューズで保護された回路に10Aの電流が流れているとします。
途中の接続部分に異常な抵抗が生じ、その部分が発熱していたとしても、回路を流れている電流が10Aのままであれば、15Aのヒューズにとっては遮断すべき過電流ではありません。接続部分では危険なほど熱くなっているのに、ヒューズから見れば規定範囲内の電流が流れている。こうした状態が起こり得ます。
ブレーカーについても基本的な考え方は同じです。回路に流れる電流がブレーカーの動作条件に達していなければ、接続部分で局所的な発熱が起きていても、必ず遮断されるとは限りません。
つまり、ヒューズやブレーカーは電気回路に欠かせない重要な保護装置ですが、電気系統で起こるすべての異常を検知できるわけではありません。
ここを理解しておかないと、「ヒューズが入っているから大丈夫」「ブレーカーが落ちていないから電気系統に異常はない」と判断してしまうことがあります。
ヒューズやブレーカーが正常なままでも、端子やコネクターなど特定の場所で発熱が進んでいる可能性はあります。
電気火災を防ぐには、過電流を保護するだけでなく、電気が流れる経路そのものが正常な状態に保たれていることも重要になります。
最後に…
ヨットでは、12Vや24Vという比較的低い電圧の電気を使っているため、家庭の100Vに比べれば、それほど危険なものではないという感覚を持っている人も少なくないかもしれません。また、ほとんどの電気回路にはヒューズやブレーカーがあり、何か異常が起これば、それらが電気を遮断してくれると思っている人もいるでしょう。
しかし、今回見てきたように、電気火災は必ずしも大きなショートからだけで始まるとも言えないのです。
端子の緩みや腐食によって接触抵抗が大きくなれば、電気を流しながら、その部分だけが発熱することがあります。しかも、回路を流れる電流がヒューズやブレーカーの作動する範囲に達していなければ、発熱していても電気は流れ続けます。
ここが、ヨットの電気火災を考えるうえで重要なところです。
冷蔵庫が動いている。航海計器も正常に表示されている。エンジンもいつも通り始動する。
それだけでは、電気系統のすべてが正常な状態にあるとは言い切れません。
ヨットは振動や船体の動きがあり、電気系統は湿気や塩分にもさらされます。取り付けたときには正常だった端子や配線も、長い年月の間に状態が変わる可能性があります。
「電気が使えているから大丈夫」ではなく、「電気が安全な状態で流れているか」。ヨットの電気火災を考えるときには、この違いを知っておくことが大切です。




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