ヨットを横から眺めていると、造られた年代によって船尾の形がずいぶん違うことに気づきます。
クラシックなヨットでは、船尾が細く優雅に伸びているものがあります。少し船齢の高いヨットになると、船尾が斜めに切り上がった形や、水面まで階段状に降りられる形が増えてきます。
そして最近のヨットを見ると、ビーム(Beam/船幅)を船尾近くまで広く保ち、停泊すると大きな後部パネルが倒れて、まるで海に面したテラスのようになる艇も珍しくありません。
同じセーリングヨットなのに、なぜこれほど船尾の形が違うのでしょうか。
そこで今回は、ヨットの船尾、つまりスターン(Stern)の代表的な形とその呼び方、そして船尾のデザインがどのように変わってきたのかについて見てみたいと思います。
「スターン」と「トランサム」は何が違う?
先ず、このブログで大好きな用語説明から入りますが、スターン(Stern)とは、船の後ろ側を示し、つまり「船尾」そのものを指す言葉です。アスターン(A Stern) と言うと、後ろに進む「後進」のことを言います。
トランサム(Transom)は、船体後端の「面」のことを指します。
つまり、スターンとトランサムは同じ意味ではありません。例えば「トランサム・スターン」といえば、船尾をばっさりトランサム面で切った船尾形状を意味します。
スターンは後ろ側の船尾全体のことを指し、トランサムはそこを構成する船体後端の面、と考えると分かりやすいと思います。
カウンター・スターン
クラシックヨットを思い浮かべると、船尾が水線から後方へ細長く伸びた、美しいシルエットの艇があります。こうした形をカウンター・スターン(Counter Stern)と呼びます。

水線付近の船体は先に終わっているのに、その上の船体がさらに大きく後方へ張り出しています。
現代のヨットのように「船内を少しでも広くする」という考え方から見ると、かなり贅沢な船尾の使い方です。しかし、長いオーバーハング(Overhang/水線より外側へ張り出した船体部分)を持つ船型は、クラシックヨット独特の美しいシルエットを作り出しています。
トランサム・スターン
船尾を面で切り落としたような形がトランサム・スターン(Transom Stern)です。現代のヨットでは非常に身近な形です。

船尾を絞り込まずに船体を終わらせることで、スペースを有効利用しやすくなります。
そして、このトランサムの角度や形を変えることで、さまざまなスターンデザインが生まれてきました。
リバース・トランサム
1970年代から1990年代ごろのヨットを見ると、船尾が斜めに切れ上がったデザインをよく見かけます。これがリバース・トランサム(Reverse Transom)です。

横から見ると、デッキから水面に向けて船尾を斜めにバッサリ切り落としたような形で、レーシングヨットからクルージングヨットまで、この時代には特徴的なデザインの一つとなりました。
ただし、船尾から海へ降りようとすると、滑り台のような下り傾斜となり少々不便です。そこでクルージングヨットでは、船尾を単なる「船体の終わり」とするのではなく、海への出入口として利用するという考え方が強くなっていきます。
シュガースクープ・スターン
船尾が階段状にえぐられ、水面近くまで降りられるようになった形がシュガースクープ・スターン(Sugar Scoop Stern)です。

「Scoop」は、調理で使用するスクープのことで、氷砂糖をすくうスクープに船尾の形が似ていたことから、このように呼ばれるようになったようです。
船尾のプラットフォームに降りれば、そのまま水面近くまで行くことができ、泳いだあとに艇へ戻る、ディンギーへ乗り移るなど、こうした使い方を考えると非常に便利で、クルーザーで多く取り入れられました。
水面近くに設けられた平らな部分はスイムプラットフォーム(Swim Platform)、あるいはバシング・プラットフォーム(Bathing Platform)とも呼ばれます。
ここで重要なのは、シュガースクープ・スターンは船体そのものの形状、スイム・プラットフォームやバシング・プラットフォームは、水に降りるための水面近くにある面のことを指します。
船尾まで幅広になった最近のヨット
そして最近のクルージングヨットを見ると、もう一つ大きな変化に気づきます。
船尾がとにかく広いことです。
以前のヨットは最大船幅(ビーム)からスターンに向かって船体が絞られていくのがスタンダードなデザインでしたが、現代のヨットでは最大船幅に近い幅をスターン付近まで維持するワイドスターンの船型が多く見られます。

船尾を広くすれば、当然コックピットも広くできます。船内でも後部キャビンや収納などに使える容積を確保しやすくなります。
さらに、現代的な船型では幅広の船尾形状がセーリング性能とも関係しています。つまり、単なる「船内を広くするため」だけで現在の幅広スターンになったわけではありません。
船尾そのものが大きなステージになる
さらに面白いのが、その広くなったスターンの使い方です。
航行中は普通のトランサムに見えていても、停泊して後部のパネルを後方へ倒すと、突然そこに大きなステージが現れるヨットがあります。

昔のアメリカ製ステーションワゴンのテールゲートを倒したような構造です。
こうした可動式のトランサムは、フォールディング・トランサム(Folding Transom)やドロップダウン・トランサム(Drop-down Transom)などと呼ばれ、開いた部分が大型のスイムプラットフォームになります。
シュガースクープでは船体の一部を階段状にして海へ近づいていましたが、こちらではトランサムそのものを動かして、海の上に大きな床を作れるようになり、泳ぐためだけの小さな足場というより、停泊中の生活空間の一部と考えた方が近いかもしれません。船尾の役割そのものが変わってきたわけです。
船尾が尖ったヨットもある
ここまでとはまったく違う考え方のスターンもあります。
船首だけでなく、船尾も細く絞り込んだ形です。これをカヌー・スターン(Canoe Stern)と呼びます。

文字どおり、カヌーのように船尾が細くなっています。
また、船首と船尾の両方が尖ったような船型全体をダブルエンダー(Double-ender)と呼びます。

外洋クルーザーなどにも見られる特徴的なスタイルで、現代の幅広スターンとは正反対の考え方に見えます。
このような船型を見ると、スターンの形は単なるデザインではなく、艇に求められる性能や用途、設計思想によって決まってくることが分かります。
最後に…なぜヨットのスターンは変わってきたのか?
こうして並べてみると、ヨットのスターンはずいぶん変化してきました。
クラシックなカウンター・スターン
船尾を切ったトランサム・スターン
斜めに切れ上がったリバース・トランサム
海面まで階段状に降りるシュガースクープ・スターン
現代艇のワイドスターンと大型スイムプラットフォーム
ただし、これは単純に「古い形から新しい形へ進化した」という話ではありません。進化よりも人がヨットに求める物が変化してきた結果と言えます。
セーリング性能、船内空間、コックピットの広さ、ディンギーへの乗降、海水浴やSUPなどのマリンレジャー、そして停泊中の居住性など、さまざまな要求がその時代のスターンの形に現れています。
特に現代のクルージングヨットでは、スターンはもはや単なる「船の後ろ」ではありません。航行中には船体の一部でありながら、アンカーを打ってトランサムを開けば、そこは海に直接つながるテラスになります。クラシックヨットの細く美しい船尾と、現代の幅いっぱいに開くスイムプラットフォーム。このどちらが優れているということではなく、その形を見るだけでも、そのヨットが造られた時代と、どのような使い方を想定して設計されたのかが少し見えてきます。
ヨットを見るときに、マストやセイルだけではなく、今度はスターンにも注目してみると、艇ごとの設計思想の違いが見えて面白いかもしれません。





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