我家のMALU号を手に入れ、回航してホームポートに係留してから僕たち夫婦が先ず手を付けたのは、前オーナーが積んでいた荷物の仕分けとパッと見では見えない部分の確認でした。この作業、人手が多ければ、キャビンやロッカーに入っているものを全て一度出して仕分けをしながら、キャビンやロッカー内の床板などを全部外して確認できますが、たった2人での作業となると、そんなに容易な作業ではありません。
そこで、部分的に攻めて行くわけですが、この作業だけで数か月間の時間を要したように思います。当然、天候の良い日には海にも出たいし、セーリングや操船にも慣れたいですから、結構最初の頃は疲れてしまって荷物の整理は後回しなんてこともありました。
しかし、1つだけ忘れずやっていたことがあります。それが、セーリング後には必ずビルジの量を確認することでした。量の確認というよりも、ビルジを必ず汲み出す作業ということなんですが、このビルジ問題には、かなり長期間悩まされました。それは、ビルジが出る原因はいろいろあるからです。そして、ビルジは常に出るものだという考え方もあるようですが、本来ビルジは出てはいけないものと言うのが私の考え方です。唯一許せるのは、スタンチューブのある船だけは、基本的には古いスタイルのスタンチューブならエンジンを使う時には緩める(=つまり少量漏れる)必要があるので、ビルジは出ます。しかし、それ以外で停泊中にビルジが増加したりするのは、何か問題があるからです。
MALU号は、セイルドライブ船なのでスタンチューブはありません。つまり、ビルジがあるということは、何処からか水漏れがあるということなのです。これを徹底的に直しておかないと、後で大事故につながってしまうと思っていたので、とにかく何処が問題なのかを1つ1つ潰していったわけです。
お陰で現在では、ビルジは完全に無くなり、船内はドライそのものです。

そこで、今回はヨットの船内はドライであることが基本の「き」と題して、このビルジ対策についてお話をしてみたいと思います。

ビルジの原因は上・中・下がある

ヨットは海の上に浮かんでいますから、ビルジの原因は海からだというように思われがちですが、実はそれだけではありません。ヨットは車庫には入れませんから、常に風雨にさらされているわけです。ですから、雨漏りもビルジになる可能性があるというわけです。この雨漏りが「上」(うえから)です。そして、「下」(したから)は当然海ですが、もう一つ「中」(なかから)と言うのがあります。「中」はキャビン内の装備品と空気です。

重要度から言えば、下・上・中の順ですので、この順で考えて行きたいと思います。

下からの水漏れ

下からの水漏れが重要度が最も高い理由は、海水は無限にあるので、一度本格的に漏れが始まると留まることなく、大切な愛艇が沈没してしまうからです。ですから、下からの漏れが疑われる時には、短い期間で徹底的な検査が必要になります。下からの漏れの場合には、ビルジを舐めてみると非常に「しょっぱい」ことで判断できます。

スルーハル

船体を貫通している部分のことをスルーハルと言いますが、最も気を付けておきたいのが、先ずこれです。スルーハルが幾つ何処にあるかということを把握しておくことは勿論のことですが、床下の構造を知っておかないと、ビルジの流れが掴めません。つまり、海水が漏れていても気付かない場合もありますので、必ず床板は一度は全て外してみて、船底の構造を確認しておきましょう。また、スルーハルのある場所は容易に目視点検ができるようにしておく必要があります。
水面下に位置するスルーハルについては、必ず止水バルブが取り付けられています。長期間ヨットに乗らないときなどは、必ずバルブを閉めてから下船する必要があります。
バルブを閉めているにも関わらずスルーハル付近から水漏れが確認できる場合には、バルブの取付周囲からの漏れなのか、バルブ自体不良なのかを確認する必要があります。バルブの周囲からの漏れの場合には、➀ホースとの接続点なのか、➁コックの付け根あたりなのか、➂バルブが船底に刺さっている部分の周囲なのかの確認をすることになります。➂の場合には、かなり危ない状態なので、直ぐに上架の手配をする必要がありますが、それまで時間を要する場合には、緊急補修を行う必要があります。➀と➁の場合には、交換作業することになります。
➀の場合、何かしらの圧力が掛かっていないと漏れないということもあります。つまり、静かに止まっている時には漏れは無く、動いている時に漏れてくる可能性もありますので、繋がっている機器を必ず作動させて確認する必要があります。

スタンチューブ

ビルジで最も多い原因に数えられるのが、スタンチューブです。冒頭にも少し触れましたが、通常のドライブシャフトが船外に突き出た形の船の場合には、ドライブシャフトが船体を貫通する部分で止水処理がされています。その船内側の最後の砦がスタンチューブです。ボールペンの芯がペン本体の筒の中を貫通しているように、ドライブシャフトは(ペンの芯)が回転していることでスクリュー(プロペラ)を回します。この筒と芯の間から水が上がってくるのを防ぐために、シール(シールされたグリスの入った筒)をスタンチューブの船内側の先に取り付けて水が上がってくるのを食い止める構造になっています。このシールの締め付け強度を調整することで止水するタイプの場合には、エンジンを動かしている時には少量の海水が船内に漏れ出してきます。(これは性能上問題ありません)この場合には、ビルジが溜まってきたら汲み出す必要が出てくるわけです。しかし、その量が多い場合にはシール不良なので交換またはメンテナンスが必要となります。また、止まっていても水は徐々に上がってきますので、調整式のシールの場合には長期間乗らないときなどは締め込んで止水しておいた方が良いものもあります。(動かすときには緩めてから動かさないと、ブレーキと同じ効果がはたらくので注意が必要)最近ではメンテナンスフリーで調整不要の物が一般的ですので、できればそういうものに交換して、漏れが出てきたら交換またはメンテナンスと言う方が確実です。
※ヨットによって構造が異なりますが、ここで言いたいのはドライブシャフトが船体を貫通している部分からの水漏れがあった場合には、その周辺のメンテナンスが必要だということです。

セイルドライブ

セイルドライブ船の場合には、セイルドライブ本体が船底の大きなスルーハルを通して水中に突き出しているので、ドライブ本体と船体の間に大型で極太のパッキン(Oリング)が入っています。このパッキンの劣化による水漏れも考えられます。また、セイルドライブの場合には、海水(冷却水)の取り込み口も水中に突き出しているドライブ本体にあり、船内側のドライブの脇に止水バルブが付いていますので、その部分からの漏れが無いかも確認しておくべきです。

キールボルト

キールは大抵の場合ボルトで吊るされ、ハルとキールは別物です。キールボルトは内側からもシールされている場合がありますが、キールボルトが内部に露出している艇の場合には、ハルとキールの接続部から水が入り込み、キールボルトの穴を伝って上がってくる可能性があります。キールをヒットしたことがあるようなヨットの場合に起こる可能性があります。

上からの水漏れ

上からの水漏れとは、主に雨漏りということになります。上からの漏れの場合には、ビルジを舐めてみると下からの漏れに比べてしょっぱさが非常に少ないことです。余程の大きな水漏れ以外は、船が沈むなんてことはありませんが、航行中にデッキ上が波に洗われたりするときには、塩水も漏れてきます。

マスト

マストにはスルーマスト(船底からデッキを貫通して立っている)とオンデッキ(デッキの上で立っている)の2種類があり、雨漏りする可能性が非常に高いのはスルーマストです。デッキ上に穴を開けているわけですから、マストの周囲のシールが痩せたりすると水漏れが起きます。また、マストの中を通して下に落ちてくる場合もあります。殆どのスルーマストは、止水処理されていますが、経年劣化で隙間などが出来て雨水等が落ちてくることがあります。また、マストトップから落ちてくるとも考えられます。

ハッチ、ポートライト

ハッチのコーキングが経年劣化で硬化して痩せてくると、ハッチを閉じていてもフレームとデッキ面の隙間から雨水が漏れてきます。これはポートライト(窓)も同じです。ポートライトの場合には、ガラスとフレームの間からも漏れる可能性がありますので、周囲よりもフレームの内側に漏れがないか確認した方が良いです。また、晴れている日には全く気付かないので、ホースで水掛けするなどして確認すれば、直ぐに見つけることができます。雨水はキャビン内では目立たずに壁の中を伝って船底に落ちて行くということもありますので、キャビン側からは気付かなくてもハルと内壁の間を通って船底に溜まるという具合です。

デッキ上の艤装品のネジ穴

デッキ上の艤装品は、全てデッキに対してネジ止めされています。力の大きく掛かる部分はデッキから裏に貫通してボルトナットで締まっています。ネジサイズが大きくなればなるほど、シーリング処理をしていますが、これも経年劣化で水漏れが起きる場合があります。力の大きく掛かる部分は、キャビン内の天井が外れるようになっていますので、天井を外してみて、外した天井板の裏側に染みがあるようなら、その上のネジ穴のシールを疑ってみても良いかもしれません。

コックピットロッカーのモール

コックピットロッカーの蓋の裏側にはモールが貼ってあり、水が入らないようにシールしてあります。これが劣化したり、経年劣化で正しい位置からずれている場合、ここから漏れる場合もあります。(可能性としては非常に低いです。)

デッキフィラーの周囲

デッキフィラーは燃料用と清水用など、デッキ上に付いていると思いますが、やはりシール材が経年劣化で痩せて雨水などが漏れてくる可能性があります。

中からの水漏れ

中からの水漏れは、船内の設備関係の機器からの水漏れです。使っていない時には漏れがなく、使い始めたら漏れる物から、目の前では漏れなくても、知らない間に漏れ出て、漏れているところを見せないものまであり、とても厄介です。主にギャレー、トイレ、シャワー、清水タンクやエンジン関連からの漏れがあります。

エンジン冷却水系

エンジンの冷却水系といっても、インボードエンジン(船内機)での話になります。スルーハルバルブからホースで海水フィルターにつながり、フィルターからエンジン本体の海水ポンプにつながっており、ヒートエクスチェンジャー(熱交換器)に海水を供給しています。ホースの劣化や接続部分の締め付け(クランプ外れや緩み)が弱くなったりすると漏れます。冷却水系で最も水漏れが多いのは、ホース部分よりも海水ポンプです。海水ポンプは消耗してくると軸の部分から水漏れを起こします。その場合には海水ポンプをアッセンブリーで交換となります。エンジン稼働時間が長い程、ビルジの量が増えますので、ビルジの量が凄く多いと感じたら、先ず疑ってみるべき箇所です。
また、インボードエンジンには、直接冷却方式と間接冷却方式の2つがあり、殆どクルーザーは間接冷却方式なのでピンクや緑色のクーラントを入れていると思います。この間接冷却ラインからのクーラント漏れの可能性もあります。クーラントはリザーブタンクに入れますので、リザーブタンクのクーラント量が極端に減りが早いなどの時には、漏れている可能性もあります。これは、ビルジを見た時に色づいていないかでも判断はできます。

清水タンク系

大き目のクルーザーになると清水タンクが2個ついているなんてヨットも少なくないと思います。こういうヨットは清水系のポンプやホール類、接続部分からの漏れは疑うべきです。電動の場合には、少量の漏れの場合には、水栓を開けていないのにポンプのモーターが一瞬動いたりすることで気付くことができます。また、清水タンクも経年劣化で漏れてくることがあります。清水タンクの漏れは、空気抜きのベントホースが詰まっている時に起きることが多いです。その際には、タンクの内部圧力が気温の上昇により上がってタンクが割れたり、ホースやポンプなどに負担が掛かり漏れてきます。内部圧力が下がれば漏れは止まりますが、また内部圧力が上がると漏れるという、予測不可能な漏れ方をします。原因はタンクの空気抜きの詰まりが殆どですので、確認してみると良いかと思います。タンクの破損やホースの亀裂の場合には、漏れ方が極端に変わり、タンクの中の水が無くなるまで漏れ続けますので、それで気付くことが出来る筈です。

清水タンク系

トイレ、ギャレー

トイレやギャレーはスルーハルバルブがあり、必ずホースで接続されています。下水や汚水の漏れは使用中に起きますので、ビルジとして後で見つけるものではありませんが、清水系が繋がってたり、電動ポンプで給水を行っていると、ポンプの老朽化などで漏れが起きる場合があります。ポンプは大抵低い位置に付いているので、ビルジになるというわけです。確認は動作させて目視で確認すれば、漏れは確認することが出来ます。

最後に…「ビルジは厄介者」

ビルジは非常に厄介者です。1箇所だけの漏れならば、それを対策すれば止まりますが、複合していると1つやっても、まだ出てくるということになります。古い船にはビルジはあるものと納得してしまっている人も居ますが、セーリングクルーザーは居住型船舶ですからビルジが健康を害しますしあってはならないものです。つまり、ビルジが無くて常にドライな船内環境が本来あるべき姿です。ですから、できることならビルジが出ているならば止まるまで徹底的に対策すべきです。
また、ここではリストに外しましたが、船体のオズモシスによるビルジの増加は考えられます。オズモシスは、FRPを積層する際にできる細かな気泡部分から水が浸透圧で上がってくることを言い、船体の樹脂を弱めて最終的に穴があくという、FRPの癌とも言われる状況です。この場合には、穴を広げて補修を行なうわけですが、オズモシスによる水漏れの場合には、外見的に見付けることができません。上架して船底の表面をよく見ると波打って膨らんでいる箇所があれば、そこを押してみるとブヨブヨしていれば、オズモシスです。その場合には、このブヨブヨを破って穴を広げて補修する必要が出てきます。

オズモシス
何れにしても、ビルジが完全に無い状態を作っておけば、こう言うことも判断することが出来るようになるということです。
是非、諦めず完全ドライを目指してください。

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