ヨット(セーリングボート)という乗り物は実に厄介です。以前にヨットの大きさ別の呼び方をご紹介しましたが、ヨットのことに興味を持ち始めると更にややこしくなってきます。自動車の世界でも、凸型をした車を「セダン」、四角い箱のような車を「ワンボックス」、屋根が無い車を「オープンカー」や「スポーツカー」、四輪駆動のちょっと背の高い車を「SUV」なんて言ったり、一口に自動車と言ってもいろいろタイプ別の呼び名があります。これと同じようにヨットの世界でも外見的な違い(タイプ別)に呼び名があります。以前にこのブログで大きさ別や胴体(ハル)の数などでの呼び方はご紹介しましたが、艇のサイズ(大小)に関わらずヨット(セーリングボート)にとって最も大きな外見的違いと言うと、やはりマストの本数とセイル(帆)の形や枚数の違いでです。マストの数や帆の形や数は、艇のサイズに対して帆の面積(セイルエリア)が広ければ広い(大きい)程、風の力を効率的に受けて走ることができるので、大きな艇だとマストや帆の数は多くなる傾向に昔はありました。しかし、現代では技術の進歩によりマストはとても高くすることが出来るようになり、また、帆も軽くて丈夫、そして大きく作ることができるようになったことで、昔のような帆をたくさん上げて走る必要がなくなりました。これも以前にご紹介した「世界最大のセーリングヨットランキング」をご覧頂ければ一目瞭然、最新のセーリングヨットでは巨大な船体でもマストの本数は1本から多くても3本、帆の数も少なくとてもシンプルになっています。
最新技術を用いたセーリングヨットはまだまだ少数派ではありますが、今私たちが楽しんでいるヨットの多くはいくら古くてもせいぜいここ100年間くらいの間に製造されたものが殆どです。しかし、この100年の間には多くの試行錯誤が繰り返され、その用途やサイズ、更にセーリングスタイルによって適切なタイプが選ばれるようになりました。
そこで今回は、このマストの本数とセイルの数(や形)の違いによる呼び方についてお話したいと思います。
Contents
現代ヨットの基本は1本マストと2枚のセイル
ボートにセイル(帆)を用いて風の力を使って走らせるようになったのは、古代エジプト時代の紀元前2500年前後と言われています。当時のセイルは横竿に縛り付けた1枚の帆を2本の支柱を左右からA型に組んだマストに吊るし追風(後ろ側から来る風)を利用して船を走らせていました。(向かい風の時にはマストを倒し、帆を畳みオールを使って船を走らせていました。)追風を受け船の前後に対して横向きの竿に帆を縛り付けた帆を横帆と呼びますが、太古の昔から割と近代まで同じ原理の横帆を用いていました。しかし、この横帆に対して縦帆(船の前後に対して縦、つまり前から後ろ向きに広げる帆)が出現したことで、船は風上から風下向き(後ろ側から風の力に押されて進む)だけでなく、風に対して向かい斜めではありますが、風上側にも走れる(斜め向かいをジグザグに切り上がってゆくことで、風上方向に行ける)ようになりました。
現代のヨットは、この縦帆を使って帆走するのが基本で、後ろ側からの風の時には縦帆の後ろ側を大きく緩めることで帆が船体に対して横に張り出すことで横帆と同じ効果を得て帆走します。
縦帆は1枚でも十分に機能はしますが、帆をできるだけ大きくするためにはマストを船のできるだけ前方に立てることになり、追風の際に帆を横に張り出した時にバランスが大きく崩れます。しかし、帆は大きくすればするほど風の力を大きく有効利用できるのですから、1枚の大きな帆では限界があります。そこで考え出されたのが、1本のマストに対してマストの前後に2枚の縦帆を置く形です。現代ヨットは基本的に、この1本のマストに対して2枚の帆が基本形になっています。
2枚の帆が1本のマストに付いているわけではない
実は1本のマストに2枚の帆という表現ではマストに2枚の帆が取り付けられているように思われるかもしれません。しかし、それは間違いです。縦帆はそれぞれ帆の前側を固定し後ろ側を緩めたり引き込んだりすることでコントロールしています。つまり、2枚あるうちの前側の帆はマストに取り付けられている(固定している)わけではありません。マストには後ろ側の帆だけが取付られています。では、前側の帆は何につけているのかと言うと、マストの頂上付近から船首に向けてマストを支えるためにワイヤーが引かれています。これは、マストが後ろ側に倒れないようにするだけでなく、前側の帆を取り付けるステー(支柱)にもなっています。後ろ側の帆はマストをステー(支柱)としてマスト背面に取り付けられています。
縦帆の説明が終わったところで、ようやく今回の本題である「マストの本数とセイルの数や形の違いによる呼び方」に入りたいと思います。
1. スループ (SLOOPS)
現代ヨットの基本形は、1本マストにヘッドセイル(マストより前側の帆)とメインセイル(マスト後方の帆)のセイル2枚の組み合わせですが、これを「スループ」と言います。別名(通称)、バミューダリグ(Bermuda rig)とか、マルコーニリグ(Marconi rig)とも呼ばれたりします。それぞれの語源は、バミューダリグは17世紀にバミューダ地区で最初にこの形が用いられたことが起源となっており、マルコーニリグはマストの立っている見た目が無線の鉄塔のように見えることから無線を発明したマルコーニに因んで、そのように呼ばれるようになりました。スループ(SLOOPS)の語源はオランダ語の”SLOEP”が起源でボートと言う意味です。
スループには、更に「トップマストヘッドリグ」と「フラクショナルリグ」に分けられます。
トップマストヘッドリグ (TOP MASTHEAD RIG)
この形がスループにおける基本形であることからトップマストヘッドリグとはあまり言われません。トップマストヘッドの意味は、ヘッドセイルがマストの頂上(トップマストヘッド)まで引き上げられている形を指します。
トップマストヘッドリグの特徴は、メインセイルよりもヘッドセイル面積が大きく、メインセイルにヘッドセイルが大きく重なるヘッドセイルを取り付けることができるので、ヘッドセイルの方が大きな力を生むことが出来ると言えます。(上の写真でもヘッドセイルがメインセイルに大きく重なり合っています。)
フラクショナルリグ (FRACTIONAL RIG)
トップマストヘッドリグに対して、フラクショナルリグはヘッドセイルがマストの頂上ではなく少し下でマストに接続しているのが特徴です。最近のヨットの殆どは、この形が採用されています。フラクショナルリグにすることによって、セイルトリムがより細かく容易にできるようになったのが特徴です。
また、フラクショナルリグの場合にはヘッドセイルがマストヘッドリグに比べて小さく、その分マストが前寄りに設置されおり、メインセイルがその分大きくなる傾向にあります。特に最近ではヘッドセイルのオートタック化によりヘッドセイルはより小さくメインセイルに重ならない設定になっています。
2. カッター (CUTTER)
カッターはスループと一見よく似ていますが、ヘッドセイルとメインセイルの間にステイセイルがある形を言います。わかり易く表現すると、ヘッドセイルが2重になっている(ヘッドセイルの内側に一回り小さなステイセイルがある)ように見えます。
“CUTTER”の語源は、海の水を切り裂いて走る様子(切る=cut)がカッターと呼ばれるようになったようです。
カッターはスループのヘッドセイルを2枚に分けたような機能があり、2枚のセイルを上げ下げすることでセイルサイズを調節し易くし、艇をあまりヒールさせずに立てた状態で帆走させやすくする効果があることで、主に外洋に出るヨットが多くこの形を採用していました。現代では、ステイセイルとヘッドセイルのコントロールが煩雑なことや、ヘッドセイルのファーリング化(ヘッドセイルを巻き取る機能)により、セイルサイズを変えるために帆を上げ下げせずに巻き取りの量を調節することで自由にサイズ調節できるようになったことから、この形は少なくなっています。
3. ケッチ (KETCH)
外見的にはマストが2本で前のマストより後ろのマストがやや小さい(低い)形をケッチと言います。
“KETCH”の語源は、”catch”から来ており、獲物を獲る(=catch)意味のcatch boat(漁船)からきています。漁船にこの形が多く用いられていたことから、この言葉になったようです。次のヨールにも関連しますが、昔の漁船は手漕ぎでしたが、風の力を利用してより早く漁場に行くために漁師がこの形を使ったのは容易に想像できます。
ケッチの場合、前側の背の高いマストをメインマスト、後ろ側の背の低いマストをミズンマストと呼びます。セイルは前から順に、ヘッドセイル、メインセイル、ミズンセイルと言います。
4. ヨール (YAWL)
2本マストでも、前のメインマストよりもミズンマストがかなり小さなものをヨールと言います。ケッチとの違いは、ケッチはメインマストとミズンマストの大きさは殆ど同じか、やや小さい程度ですが、ヨールのミズンマストはかなり小さいです。
“YAWL”の語源は、オランダ語の”jol”(ヨール)で、”jollyboat”からきています。”jollyboatは手漕ぎの小船のことですが、この手漕ぎ船に小さな帆を前後に付けたのが漁師でした。手漕ぎで漁場まで行く労力を風の力を利用しようとしたわけです。また、漁をしている間、船を安定させるためにボートの後端に小さな帆を付けることが有効であることも漁師が考え出したようです。昔の漁船は、手漕ぎがメインだったので、漕ぐスペースを確保するために帆は前端と後端に取り付けられていました。ちょうど後に紹介するキャットリグの後端に小さな帆を取り付けた形でした。
ヨールにおけるミズンマスト(後ろのマスト)とミズンセイル(後ろの帆)は、船の動力源として風を利用する機能ではなく、船のバランスを取るためのセイルです。セーリング中の直進性を良くしたり、遊漁船のスパンカーと同じように船首を風上に向け船の針路を安定させたり、風や波による漂流を少なくする、また風上に向けることによって横揺れを低減させ作業性や船の安全性を向上させるなどの機能です。
最近のヨットでは、この形は殆ど採用されなくなりました。
ケッチとヨールの見分け方は、マストサイズ以外にはミズンマストがラダー(舵)より後ろ側にあることでも見分けがつきます。
※上の写真では、カッターリグのヨールと言う複合設定になっています。
5. スクーナー (SCHOONER)
スクーナーは前方のマストよりも後方のマストが高いものを言います。マストの数は、2本から6本までありますが、スクーナーの多くが2本マストです。
“SCHOONER”の語源は諸説ありますが、オランダ人が”een schoone schip”(美しい船だ)とスクーナータイプの船を初めて見て言ったことから由来しているという説があります。
※上の写真では、ガフリグにトップセイル付きのスクーナー(トップスルスクーナー)と言う設定になっています。
6. キャット (CAT)
キャットは、1本マストに1枚のセイルで日本ではディンギーと言われる小型ヨットの多くがこの形でキャットリグです。海外ではキャットボートと呼ばれ、デイセーリング艇からクルーザまで存在しますが、日本では小型のディンギーが殆どです。
“CAT”の語源は、catboatからきており、catには狭い空間「狭苦しい場所」と言う意味があり、catboatは小さな狭苦しい船という意味です。
7. ガフ (GAFFERS)
日本ではガフリグという言い方をするこのタイプの特徴は、メインセイルが台形であるという事です。三角形のセイルよりも四角である台形の方がセイルエリアは大きくすることができます。台形であることから、セイルの上辺をスパー(帆桁)で広げてやる必要があります。このスパー(帆桁)のことをガフと呼ぶことから、このタイプをガフリグ艇と言います。
※上の絵ではスパーの上にトップセイルが付いている設定になっています。
8. その他
変わり種としては、上の写真のような2本マストのケッチスタイルに2本ともがキャットリグと言うもので、キャットケッチと言います。このスタイルは非常に珍しいです。
最後に ~ヨットを見て楽しむ~
ここに挙げたもの以外にも、帆船の世界には様々なタイプはありますが、ヨット(セーリングボート)においては網羅できていると思います。最後に挙げたキャットケッチのようにキャット+ケッチというような複合型は他にも見られますが、基本は全て同じです。これらの事を知っていれば、海に行っても単にヨットを眺めるだけでなくヨットを観察することで楽しめると思います。
尚、何もない船体(boat)に「マストや帆」(rig)を取り付けることを、リギング(riging)、日本語では艤装(ぎそう)と言います。
タグ : カッター, ガフ, ガフリグ, キャットボート, キャットリグ, ケッチ, スクーナー, スループ, セイリング, セイル, セーリングクルーザー, フラクショナルリグ, ヘッドセイル, マルコーニ, マルコーニリグ, ミズンセイル, ミズンマスト, メインセイル, ヨット, ヨットが好きな人とつながりたい, ヨットを楽しむ, ヨール, リギング, リグ, 艤装
すがチャンさん、コメントありがとうございます。
カッターボートにマストを立てて帆走すること確かにありますね。こういう船をセーリングボートの分類にあえて入れるなら何処に入るかというご質問だとすれば、ディンギーとは小艇(小舟)のことを指しますのでディンギーに入ります。しかし、セイリングがメインのボートでは無い(元々はオールで漕いで走らせる)のでセーリングボートの分類に入ってきていないのだと思います。あくまでもカッターボートにおける動力源は人力で補助動力として風の力を利用するという考え方の艇種だということですね。
6~12名で漕ぐ短艇(通常Cutter)にマストを立て帆走することもあります。この場合の分類は、ディンギーの分類に入れるのでしょうか?