ヨットにおけるライフラインの重要性

ヨット(セーリングクルーザー)とパワーボートの外観的な違いは、高いマストとセイルの有無だけでなく、船のデッキ外周についている電線のような白いライフラインが、沢山のロープやリギン類と同じように船の外周をぐるりと取り巻いているので、とにかくヨットはパワーボートに比べてデッキ上の印象がごちゃごちゃしているように見えるのが大きな違いのように思います。

僕は元々ヨット乗りで無く、パワーボートをよく使うダイバーだったので、ライフラインを初めて見た時、こんな細い線で囲っているだけじゃ頼りないなぁ…と思ったりもしていました。

しかし、この見た目に頼りなさそうなライフラインですが、実際に寄りかかってみたらかなり強いもので、ヨットにおいてはとても重要な設備です。

そこで今回は、ライフラインについてまとめておきたいと思います。

ライフラインとは

セーリングクルーザーにおいてライフライン(ガードライン)は非常に重要な安全設備です。単なる「つかまるための手すり」ではなく、主な目的は乗員が船外へ転落するのを防ぐための外周バリアです。

特にヨットでは、ヒールした状態や波浪時、夜間航行でバウに移動して作業するなどの場面が想定されるため、実質的に重要度の高い安全設備です。現在の国際規格 ISO 15085:2024 でも、ライフラインは「barrier to falling overboard(船外転落防止バリア)」を構成する設備として明確に位置付けられています。

ライフラインを設置する意味

① 落水(船外転落)が「起きてから救助」するのではなく、「起こさない」ための設備です。
ISO 15085:2024は、小型船について「人が船外へ落下するリスクを最小化する」ための設計・構造・強度要件を規定しています。ライフライン(ISOでいう guard-line)は、スタンションなどに支持された柔軟なラインで、人の船外への転落を防止するものと定義しています。つまり、ライフジャケットが「落水後」の安全装備なのに対して、ライフラインは基本的に落水そのものを防止する一次防御です。

② ヨット特有の動作として、ヒールとデッキ移動に対して極めて有効です。
ヨットでは、セイルのリーフ、セールチェンジ(最近のヨットでは少なくはなった)、ファーラーやアンカーのトラブル対処などでコクピットからバウへ移動する機会はとても多いです。ヨットが20~30°ヒールしている状態では、デッキ面は「下り坂状態」になります。そこで足を滑らせたとき、トーレール、ハンドホールド、ライフラインが段階的に転落を防ぎます。世界的なセーリング競技の統括団体である World Sailing の Offshore Special Regulations でも、デッキ外周をパルピット、スタンション、ライフラインで囲む構造を要求し、一般的なオフショア艇ではライフラインの上段の高さを600 mmと具体的な基準を設けています。

③ ライフラインとジャックラインは役割が大きく異なり、両方あって初めて安全性が高くなります。
ライフラインは船外へ身体が出ることを抑える外周フェンス。一方、ジャックライン/ジャックステイはハーネスのテザーを掛けて身体そのものを艇に拘束する設備です。重要なのは、ハーネスのテザーをライフラインへは掛けないことが大切です。イギリスのセーリング教育団体である RYA の教材でも、ジャックステイ、Dリング、シュラウド等へテザーのクリップを指示する一方、ライフラインへのクリップは避けるように明示しています。

ライフラインの設置基準

ライフラインはライフジャケット同様の安全設備であることは、ここまでの説明でわかったと思います。では、具体的な設置基準は定められているのか調べてみたところ、JCI(小型船舶検査機構)ではライフラインにおける基準は定められていませんでした。つまり、船検には関係ないということです。(実際にライフラインが取り付けられていないヨットも少数派ですが、実際にあります。)

では、セーリング競技においての基準はどうなっているか調べたところ、以下の通りでした。

World Sailing の Offshore Special Regulations(OSR)2026–2027 Version 1では、モノハルのライフラインについてかなり具体的な基準があります。(日本のJSAFでも同じ基準を採用しています。)

特に一般的な8.5m以上のセーリングクルーザーでは、上段600mm以上+中段を設け、スタンション間隔2.2m以下。ラインの材質についてはレースカテゴリーによって制限があります。

① 高さ・配置の基準
上段ライフラインはデッキ外周から600mm以上、中段ライフラインは230mm以上。上下方向の開口は原則380mm以下です。スタンション等による支持間隔は最大2.2mで、ライフラインはスタンションの外側を通してはいけません。尚、8.5m未満の艇については、Category 3・4では450~560mmのシングルライフラインが認められます。

② 張り具合の基準
マストより後方にある最も長い支持間隔の中央で、ライフラインに4kgの横方向荷重を加えたとき、たわみは上段(またはシングル)が50mm以下、中段が120mm以下です。つまり、単に600mmの高さに張ってあればよいのではなく、かなり明確にテンション管理まで要求されています。

③ 材質と最低直径
全長8.5~13mの艇では、最低径は次のとおりです。
撚線ステンレスワイヤーのとき外径4mm
HMPE シングルブレイドのとき外径5mm
HMPE braid-on-braid(被覆構造)のとき外径7ミリ

但し、ステンレスワイヤーは被覆なしが原則です。密着したビニールコーティング等は不可で、一時的な保護スリーブなら、定期的に外して点検できることが条件です。
また、HMPEを使用する場合は擦れ(chafe)から保護し、メーカー指定の方法でスプライスする必要があります。また、ターンバックル、シャックル、端末金具等を含むライフライン・エンクロージャーの構成部品は、ライフライン以上の破断強度が必要です。
HMPEについては重要な例外があります
2026–2027 OSRでは、Monohull Category 0・1・2・3 においては撚線ステンレスワイヤーが要求されています。
一方、Monohull Category 4 では、ステンレスワイヤーまたはHMPEとなっています。
マルチハルについてもHMPEが認められています。

余談ですが、Category については以下の通りです。
Category 0:大洋横断レベル
大陸間・大洋横断など、気温・海水温が低い海域を含み、艇が長期間完全に自立して航海することを想定します。救助が非常に困難な海域です。典型例は世界一周・大洋横断級。艇体構造、復原性、救命設備、非常用装備などについて最も厳しい要求があります。
Category 1:遠洋外洋レース
陸岸からかなり離れ、強風や大波を経験する可能性があり、艇が長期間自立できることを要求するレースです。Category 0ほど極端な大洋横断条件ではありませんが、本格的なオフショア航海を前提とします。
Category 2 はその次で、沿岸から離れた外洋で長時間航行し、かなりの自立性を必要とするレースです。
Category 3 になると、基本的に開水域を横断するレースで、海岸線に比較的近い、または保護された水域という位置付けになります。
Category 4:沿岸・比較的短距離
基本的には暖かい、または保護された水域で、海岸線に近く、比較的短時間に行われるレースです。

以前のレギュレーションでは、全てのカテゴリーでHMPEが使えましたが、レース中に擦れなどによる破断が多発したことから、現在は4のみ使用可能となっています。

HMPEとは

HMPE(High Modulus Polyethylene:高弾性率ポリエチレン)とは、非常に高い強度を持つポリエチレン系の高機能繊維です。

ヨットでよく使われるDyneema(ダイニーマ)はHMPE繊維の商品名(ブランド名)です。

Dyneemaにも種類があります。ヨット用ロープでよく見る、SK75、SK78、SK99、DM20などは、いずれもDyneemaの異なるグレードです。

特にヨットではSK78が非常に一般的で、高強度でありながら長時間荷重によるクリープ(ロープに一定の荷重を長時間かけ続けることで、時間の経過とともに繊維そのものが徐々に伸び、最終的に元の長さに戻らなくなる現象)を抑えた特性を持っています。SK99はさらに高強度・高弾性率です。

近年では、HMPEではなく、UHMWPEという表記を多く目にしますが、UHMWPE(Ultra-High Molecular Weight Polyethylene:超高分子量ポリエチレン)は、非常に分子量の大きいポリエチレンのことを指し、UHMWPEを高強度繊維として加工したものをHMPEと呼ぶことが多く、Dyneemaはその代表的な商品名と考えると分かりやすいです。

最後に…

近年、レース艇の軽量化により金物類の多くがテキスタイル化しており、HMPEのソフトシャックルや、ライン自体HMPEを採用する例も多くみられるようになりました。更に海外のオフショアセーラーたちが、ライフラインにHMPEを採用することで、メンテナンスコストを低減できると多数紹介していたのですが、ヨットレースの世界では使用が制限されていると言うのは意外でした。

確かに、HMPEは擦れに弱く、スタンションの穴の加工仕上精度が低いとき、スタンションと接触している部分で擦れが起きて毛羽立ってくるということは、多くの事例で紹介されていたので、この擦れ対策をしっかり行うべきだとの情報が多くみられます。しかし、破断強度は現行のHMPEでは、5ミリで2.5トン前後、6ミリだと4トンを超えもある製品が殆どで、更にマリングレードで紫外線対策されているので、ステンレスワイヤーよりも軽く圧倒的に高強度であるので、擦れによる毛羽立ち対策を行えば、通常のセーリングにおいては必要十分なものだと思いました。

また、ステンレス製の被覆付きライフラインだと、金具との取付部分で錆などが見えてきているのをよく目にします。こうなったら、いつ破断してしまうかはわかりません。一般のレースでも、ライフライン切れによる落水と言うのは、あちらこちらでよく耳にしますので、ライフラインの交換メンテナンスはあまり一般的でないんだろうと思います。

しかし、落水を防ぐための大切な設備ですから、何か不具合を見つけたら、とにかく素早く交換すると言うのが正解のような気がしました。

MALU号では、スターボード側に出入口が無いので、今回増設を計画しています。その時に、ライフラインの張替えをする必要があるので、その機会にライフラインのテキスタイル化をしようと思っています。実施したら、その後の劣化具合なんかも含めて、また別の機会にお知らせできればとも考えています。

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