ヨットに乗り始めると、これまでの日常生活では考えたことが無かったような事を気にし始めなければならないのですが、それでなくてもわからないことだらけのヨットの世界で、ある日突然、登場するわけのわからない代表的な単語の1つが「電蝕」です。

普通の人が電蝕と聞いて直ぐにそれがどういう事なのかわかる人は少ないと思います。僕の場合は音だけで「でんしょく」と聞くと仕事柄「電飾」(イルミネーションや光る看板)の方を思い浮かべてしまいます。しかし、ヨット乗り(セーリングクルーザーに乗る)なら、こちらの「電蝕」の意味をきちんと理解しておいて損はありません。

そこで今回は、ヨットの「電蝕」についてお話してみたいと思います。

電蝕とは

『電気化学的腐蝕』を略して電蝕と言い、読んで字の如く電気化学的に腐食する事を指します。しかし、腐蝕と表現してはいますが、実際には腐っているわけではなく個体である金属が電気化学的に水に溶け出して個体が減っていく有様を指しています。電蝕は異なる金属が水により接触すると必ず起きる化学反応で、どんな金属でも大なり小なりは起きています。

電蝕のメカニズム

種類の異なる金属が電解質溶液(水や海水等)を介して接した時に、イオン化傾向が大きな金属から小さな金属に電子が移動し、電荷を持つ金属原子がイオンとして電解質溶液に溶け出し、固体である金属が減っていく事を指します。この時に2つの金属の間には電気が流れます。これは電池の基本原理です。

Li>K>Ca>Na>Mg>Al>Zn>Fe>Ni>Sn>Pb>(H)>Cu>Hg>Ag>Pt>Au

『イオン化傾向』とは、溶液中で金属が金属結合から金属イオンとして抽出しやすい順に並べたものです。イオン化傾向の大きい方が陽極(+極)、小さい方が負極(-極)になり、電流が流れてイオン化傾向の大きい方の陽極(+極)が消耗してゆきます。この電気的に消耗して減っていく事を「電蝕する」というわけです。

電蝕が起きる事例

ヨットでよく使用されるステンレス材は、主成分の鉄(Fe)にクロム(Cr)やニッケル(Ni)を混ぜて作られる「合金」ですが、ステンレスに亜鉛めっき処理されているネジを使用した場合、ステンレスと亜鉛の電位差は、亜鉛(陽極、低電位側)>ステンレス(陰極、高電位側)となり、これに海水などがかかると亜鉛原子がイオンとして海水に溶け出し、亜鉛めっき処理されたネジの消耗が早まります。早まると書いているのは、海水がかからず乾燥した状態でも異なる金属が接触しているので消耗は少しずつ起きているのですが、海水に浸ることで海水に亜鉛が溶け出す事で消耗が早まってしまうわけです。このような場合、ネジもステンレスの物を使用することで電蝕を防ぐ事ができます。

ステンレス製ネジは亜鉛メッキ物のネジに比べ値段が高いのですが、ヨットで海水がかかる可能性のある場所ではステンレス材のものにはステンレス製ネジを使う必要があるという事です。

船底塗料選びにも注意が必要

2種類以上の金属を組み合わせて使用する場合、イオン化傾向の差が大きな素材の組み合わせ(アルミと銅など)使用を避けることでも電蝕を抑えることができるのですが、このイオン化傾向の差が大きな組み合わせを間違ってやってしまう可能性がヨットにはあります。それが、アルミ合金製のドライブに銅が混ぜられている船底防汚塗料を塗ってしまうということです。これではアルミ合金のドライブボディーに電蝕が起き始めててしまい、ドライブのボディーがどんどん消耗して、やがてボロボロになってしまいます。

船底防汚塗装の間違いによる電蝕
電蝕により消耗してしまったセイルドライブ

そもそも、ドライブのボディーとプロペラやドライブシャフトなどは異なる金属が組み合わされているため、電蝕を防ぐために防蝕亜鉛(アノード)が取り付けられているのですが、亜鉛よりイオン化傾向の差が大きくなる銅が来てしまうと、アルミ合金のボディーの方が先に消耗が始まってしまうわけです。ヨットの場合、セイルドライブのボディーは銅タイプの防汚塗料は絶対に塗らない事です。防汚塗料にはアルミハル用の亜鉛タイプの物もありますが、出来れば金属が混ざっていないタイプの防汚塗料を使う事が最もベストです。また、防蝕亜鉛まで船底防汚塗料で塗ってしまっている船をたまに見ますが、これでは防蝕亜鉛の効果である自分が消耗して他の金属の電蝕を防ぐ効果が無くなってしまうので、防蝕亜鉛は素のまま水中にあるようにします。

船底防汚塗料については、以前の投稿で説明しています。

最後に… 金属の消耗は目に見えず起きている

金属はご存知のとおり、空気中の酸素に反応して酸化するという反応である錆びるという腐蝕もあります。ヨットに乗っていて気になるのが、ステンレス製の手摺などから錆が出てきたりしますが、錆は目に見えるのである程度は何か起きる前に対策ができます。しかし、予測がつかずにある日突然、留め具のネジが抜けていたりすることがあります。これらの殆どは、実は電蝕です。異なる金属でなくても海水中に含まれる金属類によって目には見えない消耗がヨット上では常に起きています。特にネジ類は、摩擦と金属の伸び縮みにより固く結束されるのですが、海水が頻繁にかかるヨット上ではねじ山と溝の間に海水が入り込み、目に見えない電蝕による消耗が意外な速さで起きています。そして、ある日突然、電蝕による消耗でネジ山や溝の痩せが起きて摩擦が減ってしまう。更に振動によりネジが回転し抜け落ちてしまうのです。

電蝕により痩せて緩んでしまった物は、取り替えるしかありません。シャックルのネジが抜け落ちてしまう時には、シャクル本体側のネジ穴も電蝕により広がっていますから、ネジだけ手に入ってもきちんと元通りの摩擦量で固く締めることができない状態ですので、全体を新しいものに交換する事が最も安全だという事になります。

なかなか電蝕の事なんて考える事が無いのですが、ヨット上の金属部分は、多かれ少なかれ電蝕は進行しているという事を頭の片隅に置いておく必要があるようです。

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