ヨットのセイルプランはなぜ変わった?

ヨット雑学•雑記

我が家のMALU号は、1980年代後半にデザインされた典型的なマストヘッドリグのヨットです。マストは低めですが物凄く太く、ジブはオーバーラッピングジェノアと呼ばれる、マストの後ろ側まで回り込むくらいの大きなジブが付いています。なので、見た目はメインセイルとジブが大体同じくらいの大きさにみえます。

しかし、現代のヨットはマストが高くて、前寄りに立っている。更にメインセイルはとても大きくて、ジブはメインセイルの半分くらいかと思えるくらいのサイズに変わって来ています。

当然、モノの性能は往々にして、古いものより新しい方が良いわけですが、このセイルプランの違いによって、何がどのように良くなったのか、どうしてこのように変化したのか。

今回は、ヨットのセイルプランの変化について、ちょっとだけ書いてみたいと思います。

昔のヨットはなぜ大きなジェノアを使っていたのか

1970〜1990年代に設計されたクルージングヨットには、マストヘッドリグを採用し、大きなジェノアと比較的小さなメインセイルを組み合わせた艇が数多く見られます。

マストヘッドリグとは、フォアステイがマストの頂部付近に取り付けられている形式で、マストから船首までの三角形の面積を大きく確保できるため、大きなヘッドセイルを展開するのに適しています。

当時は、マストより後方まで大きく張り出したオーバーラッピングジェノアが一般的でした。ジェノアの大きさは、フォアステイからセイルのクリューまでの垂直距離を、フォアステイとマストの水平距離で割った比率で表します。

例えば150%ジェノアなら、その寸法が基準となる距離の1.5倍あるという意味です。セイルの後端がマストより大きく後方へ回り込むため、見た目にも非常に大きなセイルになります。

では、なぜこれほど大きなジェノアが使われていたのでしょうか。理由のひとつは、当時のヨット設計に大きな影響を与えていたIORという計測規則にあります。

IOR(International Offshore Rule)は、船の大きさや帆面積などを計測し、異なるヨット同士がレースで競えるようにするための国際的な規則です。この規則では、メインセイルを大きくするよりも、ジェノアを大きくした方が、計測上有利になる場合がありました。

特に、マストより後方へ張り出したジェノアの面積は、実際の推進力に寄与する一方、レーティング上の負担が比較的小さくなる仕組みでした。こうした事情から、比較的小さなメインセイルと大きなジェノアを組み合わせたセイルプランが広く採用されるようになりました。

もちろん、これはレース艇だけの話ではありません。

当時の量産クルージングヨットにも、レース艇の設計思想が数多く取り入れられていました。速く走るヨットの設計が、一般的なクルージングヨットにも影響していたのです。また、大きなジェノアには、実際の帆走性能上の利点もありました。特に軽風時には、広いセイル面積によって推進力を確保できます。メインセイルとジェノアの間を流れる風も、両方のセイルの働きに関係しています。

IORがセイルプランに与えた影響

1970年代から1980年代にかけて、ヨットの設計にはIORの影響が強く表れていました。IORでは、艇体の寸法やセイルの大きさなどからレーティングと呼ばれる数値を算出し、異なる性能のヨット同士が競走できるようにしていました。いわゆるハンデキャップです。

設計者にとって重要だったのは、単純に速いヨットを造ることだけではありません。できるだけ高い帆走性能を確保しながら、レーティング上は不利にならない設計にすることでした。その考え方は、メインセイルとジェノアの面積配分にも影響しました。

当時のIORでは、メインセイルの面積を増やすとレーティングに反映される一方、ジェノアのオーバーラップ部分は、実際の面積に比べて計測上の負担が小さくなる場合がありました。その結果、メインセイルを大きくするよりも、ジェノアの面積を増やす方が有利になる設計が生まれました。

こうした計測規則に合わせて、マストヘッドリグと大型ジェノアを組み合わせたセイルプランが、当時のレーシングヨットに広く採用されました。

そして、その影響はクルージングヨットにも及びます。当時の量産艇には、レースにもクルージングにも使えることを意識した設計が多く、レース艇で採用された船型や艤装が一般のクルージングヨットにも取り入れられていました。もちろん、クルージングヨットのすべてがIORを意識して設計されていたわけではありません。それでも、当時のヨット設計全体に及ぼした影響は小さくありませんでした。

つまり、1970〜1990年代のヨットに見られる小さめのメインセイルと大きなジェノアの組み合わせには、帆走性能だけでなく、当時の計測規則による設計上の事情も関係していたのです。

大きなメインセイルは空力的に何が有利なのか

現代のクルージングヨットでは、昔のヨットと比べてマストが高く、メインセイルも縦に長い形状になっているものが多く見られます。単純にメインセイルの面積を増やせば、それだけ風から得られる力も大きくなります。しかし、現代のセイルプランで注目したいのは、面積だけでなく、その形状と風の受け方です。

まず、セイルの縦横比が変わっています。セイルの高さに対して幅が小さい、縦に細長い形状を、アスペクト比が高いといいます。一般的に、アスペクト比の高いセイルは、同じ面積でも翼端付近に発生する渦による損失を抑えやすく、風上へ帆走する際の空力効率を高められる可能性があります。これは航空機の翼と共通する考え方です。また、マストが高くなることで、より高い位置の風を利用できるようになります。海面付近の風は、水面との摩擦の影響を受けるため、一般に高度が上がるほど風速が増す傾向があります。高いマストは、より風速の大きな領域までセイルを展開できるという利点があります。ただし、高い位置で風を受ければ、それだけ船を傾けようとする力も大きくなります。マストを高くすれば無条件に速くなるというわけでもありません。

もうひとつの変化が、メインセイルの後縁部分の形状です。昔のメインセイルは、比較的単純な三角形に近い形状が一般的でした。現代のメインセイルには、後縁を外側へ張り出させたローチの大きなものや、上部の幅を広くしたスクエアトップと呼ばれる形状も見られます。こうした形状では、セイル上部にも面積を配分でき、風の強さに応じて上部をねじるツイストを利用した調整も可能になります。特にスクエアトップは、セイル上部の形状とツイストを適切に設計することで、空力性能を高めることができます。

では、メインセイルを大きくしたことで、ジブの重要性が低くなったのでしょうか。実際には、そう単純ではありません。

メインセイルとジブは、それぞれ独立して風を受けているわけではなく、互いの周囲の空気の流れに影響を与えています。この相互作用は、一般にスロット効果と呼ばれています。

かつては、メインセイルとジブの間の狭い通路で風が加速することが主な理由だと説明されることもありましたが、現在の流体解析では、それほど単純な現象ではないことが分かっています。ジブはメインセイルの風下側で空気の流れが剥離するのを抑える方向に働き、メインセイルもジブに流れ込む風の向きや圧力分布に影響を与えます。つまり、重要なのはメインセイルとジブのどちらを大きくするかだけではなく、両方を組み合わせたときに、どれだけ効率よく推進力を得られるかということです。

現代のセイルプランは、こうした空力的な特性を考慮しながら、マストの高さ、セイルの形状、面積配分を決めています。大きなメインセイルそのものが万能なのではなく、リグ全体として効率のよい組み合わせを選ぶことが重要になっているのです。

マスト位置・スプレッダー・キールの設計はどう変わったのか

昔のヨットと現代のヨットを見比べると、セイルの大きさだけでなく、マストそのものにも違いがあることに気づきます。

1970〜1990年代のクルージングヨットには、比較的太いマストに、左右へほぼ直角に伸びたスプレッダーを備えるものが多く見られました。これに対して現代のヨットでは、細長いマストに、後方へ角度をつけたスプレッダーを組み合わせたものが増えています。スプレッダーとは、マストの途中から左右に伸びている部材で、シュラウドと呼ばれるワイヤーを外側へ押し広げ、マストを支える役割があります。

従来型のマストヘッドリグでは、フォアステイとバックステイがマストの頂部付近に取り付けられ、前後からマストを支えています。スプレッダーがほぼ真横を向いた形式では、マストの前後方向の支持にロワーシュラウドやバックステイが重要な役割を果たします。

一方、現代のクルージングヨットで多く見られるのが、フラクショナルリグと後方へ角度をつけたスウェプトスプレッダーの組み合わせです。フラクショナルリグは、フォアステイをマストの頂部より低い位置に取り付ける形式で、メインセイルの面積を大きく確保しやすい特徴があります。スウェプトスプレッダーは、左右だけでなく後方にもマストを支えるため、リグの構成によってはバックステイを省略することもできます。はさらに、マストの曲がり方を利用して、メインセイルの形状を調整できる設計もあります。ただし、後方へ大きく角度をつけたスプレッダーには、メインセイルを大きく開いた際にセイルと接触しやすいという欠点もあります。

では、マストの位置はどうでしょうか。大きなジェノアを使うヨットでは、マストより前方に広いフォアトライアングルを確保する必要がありまこれに対して、メインセイルの比率を大きくした現代のヨットでは、マストを相対的に前方へ配置することで、ブームを長くし、メインセイルの面積を確保する設計が可能になります。

もっとも、マスト位置はセイルの面積配分だけで決まるものではありません。セイル全体の風圧中心と、キールやラダーが生み出す横方向の力とのバランスも重要です。この関係が適切でなければ、舵に過大な負担がかかったり、風上へ向かおうとするウェザーヘルムが強くなったりします。そのため、マスト位置の変更は、船体やキールの設計とも密接に関係しています。

現代のクルージングヨットでは、幅の広い船体や、比較的深いフィンキールにバルブを組み合わせた設計も多く見られます。キールの下部に重量を集中させることで、船体を起こそうとする復原力を効率よく確保できます。復原力が大きければ、セイルが生み出す横方向の力に耐えやすくなり、より大きな帆面積を利用できる可能性があります。

こうして見ていくと、現代のセイルプランは、単にメインセイルだけを大きくしたものではないことが分かります。

マストを支える構造、セイルの面積配分、船体の復原力、キールやラダーの配置などを組み合わせることで、従来とは異なるセイルプランが成立しているのです。

大きなジェノアから小さなジブへ変わった操船上の理由

大きなジェノアを使うヨットでは、タッキングのたびに、セイルをマストの反対側へ移動させなければなりません。

特に150%程度のオーバーラッピングジェノアでは、セイルの後端がマストより大きく後方へ張り出しているため、タッキングの際には、その部分をマストやシュラウドの前を通して反対側へ引き込む必要があります。風が強くなるほどシートにかかる力も大きくなり、ウインチを使った操作には相応の労力が必要になります。

これに対して、現代のクルージングヨットで多く採用されている100〜110%程度のジブでは、セイルの後端がマストより後方へ張り出す量が少なく、タッキングの際の操作が比較的容易になります。さらに、セルフタッキングジブを採用したヨットでは、船首を風上へ向けて反対側へ回すだけで、ジブが自動的に反対舷へ移動します。狭い水路での方向転換や、少人数でのクルージングでは大きな利点です。

もうひとつの違いは、風速が変化したときの対応です。

大きなジェノアは軽風時に十分な帆面積を確保できる反面、風が強くなると、その大きさが負担になることがあります。ローラーファーリングシステムを使えば、ジェノアを巻き取って面積を減らすことはできます。しかし、大きく巻き取ると、セイルの形状が崩れやすくなり、本来の性能を発揮しにくくなります。また、ジェノアを部分的に巻き取った状態では、セイルの風圧中心やシートの適切な引き角度も変化するため、トリムが難しくなる場合があります。

これに対して、小さなジブを使うセイルプランでは、比較的広い風速範囲を同じジブで対応しやすくなります。メインセイルの面積が大きい分、風が強くなったときにはメインをリーフして、帆面積を調整することができます。メインセイルのリーフは、単に面積を減らすだけでなく、セイル上部を小さくすることで風圧中心を下げ、ヒールを抑える効果もあります。

もちろん、大きなメインセイルにも操作上の負担はあります。セイル自体が大きくなれば、ハリヤードやシートにかかる荷重も増え、リーフ作業にも相応の設備が必要になります。それでも、レイジージャックやスタックパック、電動ウインチなどの艤装が普及したことで、大きなメインセイルを少人数で扱いやすい環境が整ってきました。

こうした変化は、クルージングヨットの使われ方とも関係しています。

長距離のクルージングでは、常に大勢のクルーが乗っているとは限りません。夫婦二人や少人数で操船する場合、タッキングのたびに大きなジェノアを扱う負担は無視できません。現代のセイルプランは、帆走性能だけでなく、こうした操船上の負担を減らすことも考慮されているのです。

現代のセイルプランにも弱点はあるのか

ここまで見てきたように、現代のクルージングヨットでは、大きなメインセイルと比較的小さなジブを組み合わせることで、空力性能と操船性の両立が図られています。

しかし、すべての条件で新しいセイルプランが優れているというわけではありません。

例えば、風の弱い海域を帆走する場合です。昔のヨットで使われていた150%程度の大型ジェノアは、軽風時に大きな帆面積を確保できるという利点があります。特に、見かけの風が弱くなる場面では、セイル面積の違いが推進力に影響します。

現代の小さなジブでは、軽風時に十分な推進力を得られないこともあり、そのような場合にはコードゼロやジェネカーなどの追加セイルを使うことがあります。

つまり、普段使うジブを小さくした代わりに、風の弱いときには別のセイルで補うという考え方です。

また、大きなメインセイルは、風が強くなった際の扱いにも注意が必要です。メインセイルの面積が大きければ、風圧によって生じるヒールモーメントも大きくなります。風が強まれば、早めにリーフする必要が生じる場合もあります。

もちろん、リーフの必要性はメインセイルの大きさだけで決まるものではありません。船体の復原力や総帆面積、セイルの形状によっても変わります。さらに、風を後方から受けるランニングでは、スウェプトスプレッダーの角度が制約になることがあります。後方へ大きく角度をつけたスプレッダーでは、メインセイルを大きく開くとセイルがスプレッダーに接触しやすくなります。そのため、従来の直角に近いスプレッダーを備えたヨットと比べて、ブームを外側へ出せる角度が制限される場合があります。長時間ランニングを続ける場合には、セイルとスプレッダーの接触による摩耗にも注意が必要です。

リグの構造にも違いがあります。

従来型のマストヘッドリグは、フォアステイとバックステイでマスト頂部を前後から支持する、比較的分かりやすい構成です。

現代のフラクショナルリグでは、スウェプトスプレッダーや複数のシュラウドによってマストを支持する形式が多く、適切なリグチューニングが重要になります。ただし、これはフラクショナルリグが構造的に弱いという意味ではありません。マストの支持方法が異なるため、調整方法や荷重の伝わり方にも違いがあるということです。

そして、クルージングで考えておきたいのが、セイルの使い分けです。

大型ジェノアを備えた従来型のヨットでは、軽風から中風まで一枚のジェノアで対応できる範囲が広い場合があります。

現代の小さなジブを使うヨットでは、軽風用の追加セイルを用意することで帆走性能を補えますが、その分、セイルの購入費用や収納場所、展開・回収の手間も増えます。新しいセイルプランは、帆走性能と操船性を高い水準で両立させていますが、その性能を十分に活かすためには、艇に適したセイルの組み合わせや艤装も必要になります。

結局のところ、大きなメインセイルと小さなジブの組み合わせが、あらゆるクルージングに最適というわけではありません。どのような風の中を、何人で、どのように帆走するのかによって、使いやすいセイルプランは変わってくるのです。

最後に… どちらがクルージングに適しているのか

ヨットのセイルプランが変化してきた背景には、単に帆走性能を高めるという目的だけでなく、設計技術や艤装の進歩、そしてヨットの使われ方の変化がありました。では、現代の大きなメインセイルと小さなジブの組み合わせが、クルージングヨットとしての最適解なのかと言うと、そう単純な話では無いように思います。

MALU号のような1980年代のマストヘッドリグにも、メリットはあります。メインセイルが小さめである事は、大きめの艇でも自力でセイルを上げられますが、現代艇のメインセイルでは、自力で上げるにはかなりの体力が必要となり、殆どの艇に電動ウインチが装備されるようになりました。その問題を解決する手段として、メインセイルでもファーラーが採用されるようになりましたが、これも新しいうちは気持ちよく動いてくれますが、セイルが古くなってくるに従ってジャム(セイルが詰まる)が増え、セイルが巻き取りしにくくなるトラブルが増えて来ます。

現代艇は、簡単便利になるのと引き換えに、ストレスなく使い続けるためにはマメなメンテナンスや交換が必要になり、その度に多大なコストが掛かるのが特徴でもあるようにも感じます。それに比べて、古いタイプの艇は、動作が簡単で古くなっても手入れだけキチンとしていれば、そこそこ楽しめるというメリットがあるような気がします。

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