温室効果ガスの影響による温暖化や気候変化が大きなってきていることを僕たちは肌身で実感するようになってきた今日この頃ですが、この問題の対策は今や待った無しの状況になりつつあります。
実際に僕たち夫婦も昨年のセーリング日数は、一昨年に比べて少なくなっています。その最も大きな理由として考えられるのも気候変動です。何度も日本列島を直撃する台風、異常なゲリラ豪雨やその前後に起きる強風や高波などにより、出港できない日が多くなったからです。
天候だけではありません。台風やゲリラ豪雨により大量のゴミが川から海に流れ出し、海面はゴミだらけだったり、目に見えない半沈状態で水中に浮遊するものあることから、スクリューに巻き付いたり、水中のゴミが触れてプロペラが壊れてしまう経験を一昨年経験していたこともあることもあり、天候が回復しても直ぐには出港できないと判断した日も少なくなかったわけです。
例年1度くらいは台風養生のために、ドジャーやオーニングを外し、様々な箇所の固縛作業をし、最後に増し舫するという作業のためだけにMALU号に急遽行くということがありましたが、去年はそれを何度も繰り返し、固縛されている期間が長く続きました。また、去年の台風は太平洋から北上するコースで何度も駿河湾に直撃するのではないかというコース、もうMALU号が心配で眠れない夜が何度もありました。
他にも影響はあります。アメリカのマイアミにハリケーンが直撃して大きな被害が出たことはニュースなどで報道されましたが、春先に壊れてしまったマリンエアコンを夏までに交換作業を終えようと思い、マイアミの業者に注文を入れていたにも関わらず、ハリケーン被害の影響で出荷が止まってしまい出荷再開はついに日本の夏の時期を超えてしまったなんてこともありました。
一昔前なら、夏場でも水上にいるヨットの上は風も通ってそこそこ涼しく、船に泊まることができたと諸先輩方は仰いますが、近年の夏場のマリーナはマリンエアコン無しでは熱中症になるほどの厚さでどうしようもありません。昨年、別のバースでヨットから救急隊に運び出されている人がいたくらいですから… 油断大敵です。
それもこれも全ては、気候変動による影響だと考えざるを得ないわけです。
ちょっとした愚痴にようになってしまいましたが、温室効果ガスによる気候変動は確実に私たちの生活への影響の度合いを増しているのです。
そんな中、世界では温室効果ガス対策に関する様々な取り組み、研究・開発が実用化に向けて進んでいます。そこで最も注目される技術分野が「再エネ(再生可能エネルギー)」の分野です。
温室効果ガス発生原因をここであらためて説明するまでもないと思いますが、その対策に関する研究開発の中で日本のトップ企業であるトヨタ “TOYOTA” が船舶向けに燃料電池システム(以下、FC)を開発したというニュースが2月に流れました。TOYOTAのFCは、既に自動車には実装され街を走っていますが、その技術を応用して船舶向けに日本企業が開発に乗り出したというのは正直かなり意外でした。しかし、その段階ではこのブログに取り上げるような話ではないと考えていましたが、そのFCを実装したテスト船が「ウイングセイル」を今年の3月に2基実装しセイリングボート(ヨット)になったことを知りました。更にウイングセイルの一般利用における問題点を解決した新たなウイングセイルのシステムを実装(艤装)していると解ったのですから、これは取り上げたくなりますね。
そこで今回は、『再エネとウイングセイルだけで世界一周する実験ヨット “Energy Observer”』を取り上げてみたいと思います。
Contents
再エネだけで航行する技術
僕たちのようなヨット(セーリングクルーザー)は、おそらく動力源を使う乗り物の中で究極の再エネだと思います。何故なら、その殆どの時間を風の力だけで帆走するのですから、エンジンを使っている時間はとても少ないからです。
また、係留中に陸電を取れないヨットは、太陽光や風力の発電でバッテリー上がりを防ぐために充電したり、最近では太陽光発電パネルの発電効率が向上してきたことやリチウムバッテリーが一般化し始めていることから、ヨットの中で使う電気を太陽光パネルの発電で賄ったりしているヨットも見かけるようになりました。
しかし、風が無かったり、港の中ではエンジンを掛けて走らせる必要があることから、今のところエンジンを掛けるたびに環境負荷が掛かっているのは否めない事実です。しかし、大型船に比べれば、それは比べ物にならない程の微小な環境負荷なのですですが…、大型船はというと当然のことながら大きいこともあって馬力の高い大型のエンジンをコストの安い重油などの環境負荷が高い燃料を用いて動かしているのが現状です。そこで、船の世界でも再エネを用いて航行できる仕組みの開発が急がれているところなのです。
従来型のエミッションコントロール技術
最新型のスーパーヨット(大型船並みのサイズのヨット)の動力源には電動モーターが最近は多く使われており、現在確立された「温室効果ガスの排出低減(エミッションコントロール)」策は化石燃料の使用を極力減らす技術として確立されています。その主役は電気です。船の制御、生活設備、推進力までの全てを電気で賄っていますが、その発電には主に発電機(ディーゼルエンジン)が使われており、その他に太陽光や風力、更にセーリングヨットの場合には帆走中はスクリューを推進用として使用せず水中発電用のプロペラとして活用し発電するものもあり、発電のハイブリッド化が進んでいます。こうすることによって、ディーゼルエンジンの稼働時間を減らすことが出来るので、温室効果ガスの排出量を低減することはできているということになります。しかし、ゼロエミッションには程遠い状態です。
また、電気は一般の船と同様にバッテリーへの蓄電が行われているわけですが、バッテリーだけでモーターを回して走行させるためには大容量の電気が必要となるため、そのバッテリの積載容量も膨大なものになり、船底の全てがバッテリーというスーパーヨットも少なくありません。セーリングヨットの場合には、船底にバラスト(重り)が必要になることから、この膨大なバッテリーをバラストの代わりにもすることができますが、パワーヨットの場合には、その重量が仇になり走行に大きな影響を与えます。また、実際には長時間バッテリーだけで走行させるのは難しく、制御や生活用のための電気必要量を下回らないように自動的にディーゼル発電機が必要な時に必要な量だけ自動的に稼働し、足らなくなった電気を補うシステムになっています。結局のところエネルギーを化石燃料に未だ頼らざるを得ないことから、エミッションコントロール(温室効果ガスの排出量の低減や操作)でしかないと言えます。
最新のゼロエミッション技術
「ゼロエミッション(環境負荷ゼロ)」で発電し蓄電する技術は既に確立しており、既に実用段階にまできています。その仕組みの中心も電気です。ゼロエミッションにするためには、電気を再生可能なエネルギ(再エネ)で作り出すしかありません。再エネとしては、太陽光または風力などによる自然にあるものを使用した発電が最も多く、今やそれらは非常に一般的ですが、それらの再エネ発電は太陽光だと陽の出ているとき、風力は風のあるときだけと言うように常に安定的に電気を得ることはことができません。そこで重要になるのが蓄電技術です。しかし、従来型の蓄電技術であるバッテリーには大きな容量を蓄電するためには、それに応じた大きな容量のバッテリーが必要になります。また、バッテリーにも幾つか問題があり効率が悪いのが難点です。小型化が進んだとはいえ、やはりバッテリーにはまだまだ問題があることから、逆に発電を常時行える安定性が未だ求められます。そこで新たな発想で生まれた蓄電方式が燃料電池(Fuel Cell=FC)です。
FCは水から電気化学反応を使って水素を取り出し、その水素をタンクに圧縮貯蔵します。電気を使う時には水素を科学的に電気に変えて電気に戻ることから、非常に発電効率が高いのです。つまり、電気として蓄電する代わりに、水素として貯蔵することで電池と同じ効果を得るということです。水素のエネルギー効率はガソリンと比べると、約2倍以上の高効率で更に環境に対しては、二酸化炭素などの有害な排出物が一切なく、水(水蒸気)だけが排出されるので環境負荷が全くない(ゼロエミッション)ということになります。
また、水素の貯蔵については、安定した貯蔵方法が既に確立していることから、安全性は問題はありません。つまり、先に書いたスーパーヨットのディーゼル発電機とバッテリー部分をFCに置き換えることで、完全にゼロエミッション化された航海が可能となるわけです。
TOYOTAのFC技術の利用
TOYOTAのFC技術が船舶に利用されたことが何故ニュースになったのでしょうか、それは日本の自動車メーカーが単に船舶用として開発したからだけではありません。船舶に対するFC技術の利用はヨーロッパがかなり技術的にも先行していました。しかし、TOYOTAが自動車で利用していたFC技術を船舶用に短時間で改良し搭載したこと、そして従来の物に比べて高出力、高効率、高信頼性な完成度の高いFCであることが大きな注目を浴びている理由です。
今回、”Energy Observer”に搭載されたTOYOTAのFCシステムは、既にTOYOTAが持つ自動車用のユニットを7ヶ月の短期間で改良し実装しており、海上での使用を考慮した変更点が加えられています。TOYOTAは自動車だけでなくボートの世界にも既に参入を果たしていることから7カ月の短期間で改良から実装までを済ませることができたと思われます。また、TOYOTAの自動車におけるFC技術は世界トップクラスで、既に大型車への応用も行われていることからも、今後の船舶への利用の現実性が高く大きく期待されるわけです。TOYOTAの”Energy Observer”へのFCシステム搭載は、実用化試験に入ったということが言えるわけです。
走る実験船、“Energy Observer” (エナジー・オブザーバー)について
エナジー・オブザーバーは、フランスのヨットレーサーであるビクトリアン・エルサール氏(Victorien Erussard)と、探検家でドキュメンタリー作家のジェローム・ドラフォス氏(Jérôme Delafosse)が、レース用カタマランを再生可能エネルギーだけで走る船に改造し、世界一周航海(7年間で50か国101箇所の港に寄港を予定)を2015年から目指している、フランス初の国連SDG(Sustainable Development Goals : 持続可能な開発目標)アンバサダーシップです。この取り組みには、グローバルに約45の企業や団体が支援し、既に今日現在で25か国49箇所の港に寄港し、既に19693海里を再生可能エネルギーだけを使って航海し、日本へは今年の7月から行われる東京オリンピックに合わせて寄港する予定でした。
“Energy Observer”の再エネ技術
この船は開始当初はセイルを持たない再エネ船(再生可能なエネルギーだけで走る船)でした。ベースは太陽光パネルと風力風車により発電した電気を海水をろ過して真水に換え電気化学反応させた水素を生成し、水素燃料をタンクに圧縮貯蔵して航海時には水素発電を行って電源を賄う方法で航海をしていました。途中、太陽光発電パネルの増設なども行われ、発電量を増やす対策がなされたり、太陽光パネルを反射光まで拾って発電できるように両面に取り付けるなどの工夫がなされましたが、長距離を一気に公開するだけの水素燃料を航海しながら生成し貯蔵することは難しかったようです。水素燃料の生成は寄港先で停泊期間中に行われていたようで、航続距離も限られていたようです。
2020年に入って、高効率で信頼性の高いTOYOTAのFCシステムに交換、更に航海中の発電で水素燃料を生成することができるように、帆走性能の高いセイルシステムであるWINGセイル(昨年までのアメリカズカップのカタマラン艇で使われていた)の改良版 ”Oceanwings” を左右に2基艤装して帆走することで、帆走中に燃料セルへの充電(水素の生成と貯蔵)ができるようになり航続距離を飛躍的に伸ばすとことができるようになった模様です。
“Energy Observer”号は、長期間、長距離航海を実施することで、長期テストや検証作業を繰り返し、製品化のための走る実証実験船として、航海を続けています。
改良型WINGセイル ”Oceanwings” を艤装
WINGセイルと言えば、前回まで使用されていたカタマランタイプのアメリカズカップ艇に採用されていたリジットタイプのメインセイルのことです。飛行機の翼を立てたような形からWINGセイルと呼ばれるこの形のセイルは、セイルのドラフト量を自由に変化させることができ、大きな翼断面から大きな推進力を得ることが出来ることから、通常必要なセイルサイズの半分の面積で同じ力を得ることが出来ることが特徴で、とても効率の良いセイルです。しかし、このセイルには大きなデザイン上の大きな弱点があります。それは、風の強さに合わせてリーフ(縮帆)することが出来ないこと、普通のヨットのようにセイルを折り畳むこともできません。アメリカズカップ艇は、レースが終わるたびにマストごとWINGセイルを抜いていました。このタイプのセイルは沿岸近くのセーリングエリアでレースをするからこそ使えるもので、幾ら効率が良いセイルであっても一般船への利用にはこのままでは不向きで実用的ではありませんでした。
そこでフランスのカタマランやトリマランなどのレース艇を主に設計しているVPLPデザインは、WINGセイルを実用可能なものにできるデザインを考案しました。
表面をリジットな材質ではなく、通常のセイルのような折り畳み可能な素材に換えることで、翼のような立体的な形はそのままにセイルの上げ下げやリーフすることを可能にしました。また、このセイルは自立し360度風に合わせて回転させることもできるようにしました。船の向きに関わらず寄港地の様々な形で風を利用できるようにしたわけです。これは従来のセーリングにおける帆の使い方にはないことも可能にしています。更にセイルの制御を自動的に行うことで、セイリングの特別な知識や経験がなくても最適な運航できるようにしました。
最後に… エナジー・オブザーバー号について
最後になりましたが、このカタマランヨットについてですが、このヨットは1983年にイギリス人の有名ヨットデザイナーである Nigel Irens が設計し、カナダで建造されたマキシクラスのカタマランレーサーでした。元々の長さは24.38メートルでしたが、4回に渡り延長された現在は全長30.5メートル、全幅12.8メートルになっています。
伝説のレース艇と言われるこの船は、Formule TAG、Tag Heuer、Enza New Zealand、Royal&SunAlliance、Team Legato、Daedalus と言う名前でレースを戦い続けてきた名艇が未来の船として次の役割を持って生まれ変わりました。
このような世界の港を巡りながら、海洋自然環境の悪化などを伝える研究船として、以前にこのブログでもご紹介した “RACE FOR WATER ODYSSEY” がありますが、“Energy Observer”は船体自体が走る研究施設であり、実験船であり、実用化に向けたシェイクダウン船です。航海は7年間の予定ですので、あと残り2年程度ですが、今後の動向も追いかけてみたいと思っています。
尚、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、日本への帰港予定が東京オリンピックの延期に並行して来年夏に変更されました。また、クルーには感染者は幸いにも居ないようですが、寄港地では人との接触をしないように補給活動を行い航海を継続する模様です。
“Energy Observer”の詳細については。こちらからWebページにリンクしています。
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