我家のMALU号ですが、購入して直ぐの頃、セーリングに出港したらバングが動かないことに気付いたのです。古い船にしてはしっかり太いブームバングシステムが組んであり、バングのブロックとロープはリジットケースの中に入っているという物でした。バングが動かないということは常にブームの高さは一定だということです。それが問題であるかと言えば、拘らなければそんなに問題では無く、別にセーリングは出来るのですが動かないと気付いてしまうと、やっぱりこれは直さなきゃいけないよなってことになります。これが今なら、即断即決で修理か交換という判断になるのですが、当時はブームバングを気にするほどでは無かったというのが正直なところです。
当時はまだまだバングを調整するほどのセイルトリムの知識も腕前も無かったので、バングを引いたり出したりするということはしていませんでした。それでも我家のMALU号は結構帆走ってくれてたし、別に気にしないでいいかな?そのままでもいいか?っていう気持ちも心の片隅にあったのですが、やっぱり動くべきものが動いていないのは気になります。そこでこれを修理してやろうと先ずは考えたわけですが、ブームの下から取り外してみても、そこから先は全く分解も出来ないのです。押しても引いても動かないとあって、流石にこれは修理不能と諦め、新たにシステムを組み直すまでに3ヶ月くらいの時間を要することとなりました。
今、MALU号に付いているブームバングは、最新のヨットもつけているものと同じシステムが組んであります。
このブームバング、よくよく考えるとちょっと疑問を感じます。それは、ブロックとロープだけの物はブームバング、ブームを支える支柱が付いている物もブームバングって呼んでいるのです。これって何だか違和感を感じます。そして、日本のヨット関連の書籍にもブームバングを書いてあるだけで、それを分けて考えるような記載や説明は一切ないのです。
ブームバングを組み直した頃からずっとこのことが気になっていたので、今回はこの「ブームバング」に関する疑問を解き明かしてみたいと思います。
ブームバングとは?
そもそもブームバングとは、ブーム “boom” を バング ”vang” するための物です。
ブームはメインセイルのフットの下にある「帆桁(スパー)」のことで、バングは「引っ張る」と言う意味です。
つまり、メインセイルのフット全体を帆桁で引き下げる物のことです。
英語では BOOMVANGS と単語の最後に”S”が付き、発音的にはブームヴァンと言うのが正しい感じです。ブームバングは完全な日本のカタカナ英語ですね。
元来は、ブームの下にブロックとロープでテークルを組んでブームとマストの付け根辺りに渡って組んであるテークルを指します。
ブームバングの役割
ブームバングは、メインセイルに風が入ると、セイルが押されて風がセイルからこぼれようとするためにブームが持ち上がり、セイルの湾曲した立体形状が変わってしまうことから、風がメインセイルのリーチからこぼれ出してしまいます。風がこぼれると風による力を最大限に利用できなくなるということになります。そこで、ブームバングを引いてブームを引き下げることでセイルの形状を元通りの理想的なりった形状に戻すのがブームバングの役割です。
上りの場合にはメインシートを引き込むことでブームが下がるのでブームバングを引き込まなくても良いのですが、トラベラーの範囲を超えてブームを横に振り出した時にはメインシートでブームを引き下げることが出来なくなります。つまり、特にアビームから追風の帆走になるときにブームバングの最大の出番となるわけです。トラベラーのスライドレールの可動域が短いヨットほど、ブームバングの使用頻度は高くなるということですね。
もう1つのブームバング
ブームバングと呼ばれているものがヨット界ではもう1つあります。それは同じ場所で使う物ですが、そもそもの「ブームを引っ張る」ブームバングに加えて、メインセイルを緩めたり下ろした時にブームが落ちてこないように「ブームを支える」ためのリジットパイプが付いているシステムもテークルと一緒にしてブームバングと呼んでいます。
さて、これではブームバングと言うだけでは、ヨットの中にある「位置」は解りますが、「物」としては特定できないわけです。つまり、ヨットにおける「ブームバング」とは、ヨットの位置名称と言えるかもしれません。
では、このブームを支える方のブームバングは、何て呼び分ければよいのでしょうか?
引っ張り+支える ブームバング
メインセイルを緩めたり下ろしたときにブームが落ちてこないようにするために一般的な物はトッピングリフトです。
トッピングリフトはブームの末端にマストトップから引き出されて結ばれたロープです。マストトップからブームを引き上げて(リフトして)いるからトッピングリフトというわけです。
トッピングリフトがあれば「引っ張り支えるブームバング」は不要なように思います。しかし、「引っ張り+支えるブームバング」にはトッピングリフトではできない機能があるのです。それは、セーリング中に風による急激なブームの挙動を抑え、ブームやグースネック(ブームとマストの接続点)への急激な負担を軽減する機能もあります。つまり、ショックアブソーバー的な緩衝機能があります。
更に、支えるという意味では小型ヨットのブームはメインセイルと合わせても軽いですが、ヨットが大きくなるとそれに比例してブームもメインセイルも大きく重たくなることから、ブームバングにはブームを持ち上げる力を補助するスプリングや油圧ダンパーが入っていてブームを容易に持ち上げることができるようになっています。これをトッピングリフトでブームを持ち上げるには、トッピングリフトロープをウインチに掛けて巻き上げる必要があり、簡単ではありませんね。
適切な名称は無いのか?
「引っ張り+支えるブームバング」には、適切な名称が無いのか調べてみました。しかし、ヨット業界で共通して使われている用語は決まっていないようです。
よく使われているのは、「リジットブームバング」という言葉です。リジットは「硬い」とか「硬直した」という意味で、ブロックとロープのテークル状態のものはロープが柔らかいのでいわゆるソフトバングで、柔らかい(ソフト)に対して「リジット」と言う表現で支える機能がある物だということを表現したりしています。また、他にはリジットの代わりに「ハードバング」と言ってみたり、「ソリッドバング」と呼んでいる場合も見られます。
ギアメーカーによる製品名
リジット部分だけを製品名で呼ぶ場合もあります。
例えば、SELDEN社の「ロッドキッカー」、BARTON社の「ブームストラット」、FORESPAR社の「ヨットロッド」などがあります。これらの製品は、「引っ張る」ためのテークルは別に組みます。
また、NEMO社の「リジットブームバング」と言う製品は、その名の通り支えるリジット部分とテークルが一体化した製品です。
最後に…「分けて考えない」
テークルを組んだブームバング、リジットフレームのあるブームバングのことを調べてみましたが、この両方をブームバングと呼ぶのは時の流れとギアの進化の過程でごちゃごちゃになっているように感じますが、今やブームバングに求められる機能は、引き下げるだけでなく、ブームを支え、適切な位置に容易に維持するということも求められているわけです。そういう意味で、リジットフレームが付いている物でも、これをブームバングと呼ぶのは自然なことのように感じました。
では、リジッドフレームの無いブームバングを話の中で解り易くするためには、どう言えばよいのかという問題が残ります。今や、新型艇ではリジットフレームを装備していないヨットは殆どありません。重量を気にしてテークルだけのブームバングを付けるのはバキバキのレーシングヨットだけでは無いかと思います。そう考えると、ノーマルのリジットバングは今やスタンダードでは無いとも言えるので、これを表現するときには「テークルだけのブームバング」って表現すれば容易に理解、疎通できると思いました。
自動車のトランスミッションが、かつてはマニュアルがスタンダードだったのが、今やオートマチックが主流になったように、ブームバングも「ブームバング」と言えば「引っ張る+支える」がスタンダードで「引っ張るだけ」は少数派になったということですね。
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