数日前に「ヘッドセイルでヨットを走らせる」を書きましたが、今回はその続編です。
前回は「条件付きでヘッドセイルだけでも上り帆走ができる」という話までをしましたが、実はヘッドセイルだけでも帆走が可能だということは、ヨットに詳しい方なら全く不思議なことではないと思います。例えば、1枚帆のキャットリグや漁船としてセイルボートが発達する理由となった1枚帆のガフリグなど、ボートの前側にマストを立てて1枚帆で走るセイルボートは昔から沢山あるからです。

 HEADSAILSAILING
しかし、2枚帆のスループになってからは、メインセイルだけを上げるということは割と頻繁にあっても、ヘッドセイル(ジブ)だけを上げて走るということは殆どしません。それは何故かと言うと、前回も説明したように、スループという形のヨットは2枚帆で最高の走りが出来るようにデザインされている船だからです。これを言い換えればスループは1枚帆ではあまり良い走りができない、だから誰もやろうとはしないというわけです。
しかし、セーリングしている中でいろんな状況の変化があります。臨機応変にヨットを走らせようとするとき、帆走方法のバリエーションの1つとしてヘッドセイルだけを出して走らせるというチョイスがあっても決して悪いことはない筈です。

そこで今回は、続編として上り帆走をヘッドセイルだけで走る条件についての解説やヘッドセイルの使い方によってこんなこともできると言うようなお話もしてみたいと思います。
今回は、ちょっとヨット理論みたいな話が中心になりますが、できるだけ解り易く解説してみます。

ヘッドセイルで上り帆走する条件

前回、ヘッドセイルで上り帆走する時には、条件があると書きました。その条件をおさらいすると以下の通りです。
1. ヘッドセイルのフットの長さが全長の半分以上あること。
2. キールがレーシングキールのような細長いものでなく、クルージングキールであること。(ロングキールは尚良い)
3. フラクショナルリグよりマストヘッドリグの方が向いている(最新艇のフラクショナルリグでは難しい)
4. バックステーがあること(バックステーの無い一部のヨットでは絶対にやってはダメ)

ここでは、この4つの条件について先ずは解説してゆきたいと思います。

1. ヘッドセイルのサイズ

ヘッドセイルの大きさについてですが、これはヘッドセイルだけで上り帆走しようという話ですから、セイルは大きいに越したことはないということはご理解頂けると思います。つまり、ヘッドセイルのフットの長さが船の全長の半分以上は欲しいということです。船の全長の半分以上ということは、ヘッドセイルの中でもジェノアと一般的に呼ばれるヘッドセイルを備えている必要があります。
このジェノアはセイルの大きさを表現するときにパーセンテージ(%)で表現しますが、概ね120%以上のものだと船の全長の半分以上になるかと思います。100%で半分じゃないって感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、スループタイプのヨットのマストは船の全長に対して少し前寄りに立っています。ジェノアというヘッドセイルは、このマストより後ろ、つまりメインセイルに重なり合うエリアが生じるヘッドセイルを指す言葉ですので、100%を超えたものである必要があります。また、このパーセンテージの計測方法はセイルのフット(下側の辺の長さ)では無く、フォアステーから直角にマスト側に向けてセイルのクルーまでを測った長さに対して指しているので、実際に全長の半分近くまでをカバーするためには概ね120%以上のサイズが無いと全長の半分は超えないわけです。
ジェノアの詳しい説明は以前の記事にも書いていますので、そちらをご参照ください。

ヨット用語に戸惑う ~ヘッドセイル編~


尚、セイルメーカーによっては、100%以下のヘッドセイルでもジェノアと呼んでいるところもありますので、ここでは100%を超えるものという意味で読んでください。

何故ジェノアが必要なのか

帆走理論を説明しようとすると、どの教本もいきなりワケが解らなくなるような解説になるのですが、ここではできるだけ難しい表現を抜きに簡易に説明するように努力しますが、大雑把な話として読んでください。
通常ヨットが上り帆走できるのは斜め前側からの風の力をセイルが受けて、セイルカーブの内側と外側における空気の流れるスピードの違いで飛行機の翼のように揚力を生み出すことから、この力を利用して船を前向き走らせる推進力に変換するからです。この時にセイルが作り出した斜め前方に向けての揚力を前向きの推進力に変換するためには水中にあるキールが風によって横滑りしようとするのを防ぎ、しっかりと水中で踏ん張ってくれるからこそ前向きの力に効率よく変換されるわけですが、セイルの大きさが小さくてキールよりも前側にしかないと、船が横滑りしようとする力が、バウだけが外側に出ようとする力になってしまうことからキールが効かなくなってしまうのです。もっと簡単に言うと前寄りだけにしかないヘッドセイルではキールが効かずにバウが外側に押し出されて船が回ってしまうのです。ですからキールを効かせるためには、バウ側だけでなく船が全体的に横滑り(実際には斜めに滑る)するようにするためには、おおよそ120%以上のジェノアが必要になるというわけです。

2. キールのタイプ

キールについては先に書いているように、セイルで受けた風をヨットが前向きの推進力に変換しようとするときにはキールが水中で横滑りしないようにしっかり踏ん張る必要があります。
つまり、横滑り防止の機能が働いてこそ推進力が生まれるわけです。ヘッドセイルは船の舳先から前半分のエリアで風を受ける機能のセイルですから、キールも前寄りにあればヘッドセイルの受けた力をうまく推進力に変換できます。しかし、残念ながらスループタイプのヨットは2枚のセイルを上げた状態で最大のパフォーマンスが出るように設計されているわけですから、キールは基本的にはセイルエリア全体の中心にあります。

ヨット用語に戸惑う ~キールとヒール~



つまり、ヘッドセイルだけで走ろうとする時には、ヘッドセイルの中心あたりの真下にキールがあればベストだということですが、そこはスループタイプのヨットですから、そういうわけにはゆきません。では、どんなキールタイプのヨットが向いているのかと言えば、最も向いているのはロングキールタイプです。あとは想像できると思いますが、キールの前後長が長いほど適していると言えます。しかし、最近のヨットは低速時における旋回性能を良くするためにキールが細く(前後に短く)なる傾向にあり、更に横滑りを抑えるのは今やキールの仕事と言うよりもハルの船底の形(丸い船底から角張ったデザイン)なども影響しています。しかし、ハルの船底の形によるキール効果は、セイルが風を受けヒールすることで実現されます。更に船体の前寄りには横滑りを防止するデザインよりもプレーニング性能を上げたデザインが取り入れられる傾向にあるので、ますますヘッドセイルだけでは上り帆走できないデザインになってきています。

3. リグのデザイン

フラクショナルリグよりマストヘッドリグの方が向いているという意味は、ここまで読み進むと何となくイメージできると思います。フラクショナルリグとマストヘッドリグの違いは、ヘッドセイルとメインセイルの比率とマストの位置です。フラクショナルリグはヘッドセイルが小さくメインセイルが非常に大きいためにマストは前寄りにあります。それに比べてマストヘッドリグは、メインセイルとヘッドセイルの大きさはメインセイルが若干大きい程度であまり違いがありません。(ヘッドセイルが100%と仮定して)また、マストの位置はほぼ船体の中央近く(若干前寄り)にあります。
マストが前寄りにあればあるほどヘッドセイルは小さくなり、幾らジェノアを付けていても全長の半分以上を占めるセイルにはならないということです。それに比べて、マストヘッドリグのヨットは、元々のヘッドセイルが大きいので、ジェノアならば十分に船の半分以上のサイズのセイルになるということです。
そもそも、何故フラクショナルリグが発明されたのかと言うと、フラクショナルリグでのヘッドセイルの役割は主にメインセイルに理想的な風を流すことで、言い換えれば整流板がヘッドセイルだということです。ですから、セイル自体で力を生み出すことよりも風を綺麗にメインセイルに流すことでより効率的に大きな力をメインセイルで生み出そうというデザインコンセプトなわけですから、そういうコンセプトのヨットではヘッドセイルで上り帆走するのが難しいのは、これまでの内容を見て頂ければ明らかなわけです。

ヨットの種類 ~マストとセイルの数による違い~

4. バックステー

バックステーの無いヨットなんて見たことないと仰る方もいらっしゃるかもしれません。しかし、バックステーの無いヨットはかつて90年代に少しだけ存在したそうです。なのでバックステーの無いヨットではヘッドセイルだけでの上り帆走は絶対にダメです!
そもそもバックステーとは何かということになりますが、バックステーはマストを立てるために後ろ側からマストを引っ張っているリギンのことを言います。前側はヘッドセイルの付いているフォアステーに対して、後ろ側に出ているのがバックステーです。バックステーが無いとマストが倒れてしまいそうですが、サイドステーがマストの横では無く斜め後ろに引き出されてマストを立たせているわけです。一般的なヨットはマストを前後左右で引っ張っており、船のサイズが大きいとサイドにあるシュラウドは2本ないし3本と数が増えて行きます。では、バックステーの無いヨットは後ろ方向にマストを引っ張る力はどうやって生み出すのかというと、メインセイルを上げることで後ろ方向に引っ張っているのです。
つまり、こういうタイプのヨットは、セーリングする時にはメインセイルを先ず必ず上げる必要があるわけです。

このバックステーの無いタイプの生まれた背景には、メインセイルは帆走時には必ず上げるのだから合理的に考えればバックステーは不要だという発想から生まれたものです。(いわゆるコストダウンです。)しかし、このタイプのヨットは長続きしなかったそうです。その理由は明らかで、デスマストによる事故が多発したからだそうです。何かの理由でヘッドセイルを残してメインだけ下ろすと言うことは充分にあり得るわけです。そんな時に後ろ側からマストを支える力が圧倒的に足らなくなってしまうわけですから、これで強風に煽られたりしたら…。

ヘッドセイルだけの上り帆走の特性

これまでのことを読まれたベテランの方なら、ヘッドセイルだけで上り帆走したら、どんな帆走特性が出るかは大体想像がついたのではないでしょうか。答えから先に言えば、通常の2枚帆で上り帆走した場合には、ウエザーヘルム “weather helm” が出ます。しかし、ヘッドセイルだけで上り帆走した場合には、全く逆のリーヘルム “lee helm” が起きてしまいます。

リーヘルムとは

ウエザーヘルムは、上り帆走時にヨットが勝手に風上に切り上がって行こうとする力のことを言いますが、リーヘルムという言葉は聞いたことが無いかもしれません。リーヘルムは、ウエザーヘルムの反対に上り帆走時にヨットが風下側に曲がろうとする力のことです。リーウェイと言って風下に流されていくという表現はよく耳にしますが、ヘッドセイルだけの上り帆走時には、勝手にヨットが風下側に曲がろうとしてゆくので、リーヘルムというわけです。

何故リーヘルムは起きるのか

ウエザーヘルムは風上にヨットが真っ直ぐに立とうとする力のことですが、リーヘルムは風下に回って行こうとする力のことです。何故、ヘッドセイルだけの上り帆走でリーヘルム が起きるのでしょうか?
これは、これまでの内容に答えは隠されています。
先ず、セイルが前寄りだけで展開されいるために、船の重心に対して風から受けた力は前寄りに掛かります。
前寄りに力が掛かるということは、船は真横に倒れようと(ヒール)するのではなく、外側に回ろうとしながら斜め後ろに倒れようとする力が掛かります。そうすると水中のキールも斜めに大きく傾こうとすることから自然にキールは前側開きの状態になりキールの開いている向きにヨットは回ろうとしてしまうわけです。つまり、これはキールが外側に曲がろうとするヘルムを作り出しているということです。

同じ上り帆走でも当て舵は逆

2枚帆で上り帆走する場合には、ウエザーヘルムを打ち消すために風下方向に当て舵をしながら帆走しますが、ヘッドセイルだけの時には逆の挙動が出るわけすから、リーヘルムを打ち消すために、風上方向に当て舵をしながら帆走します。
風上に向けて当て舵をするときには、気を付けなければならないことがあります。それは上らせ過ぎるとタックが変わってしまうということです。当て舵はちょっとコツを掴む必要があるかもしれません。

上り帆走に向いているヨット

ヘッドセイルだけの上り帆走に向いているヨットとはどんなヨットでしょうか?
もう、想像がついているかもしれませんが、答えは古く重た目でクルージング仕様のヨットです。理由は古く重た目のクルージング艇は、ロングキールまたはセミロングと言われるような前後に割と長目のキールを持っているからです。更に、重たいヨットはしっかり吃水線下に船体が沈んでいるので直進性が高いのです。そうするとリーヘルムが出にくいというわけです。そして、古いクルージング艇の殆どはマストヘッドリグです。マストヘッドリグのヨットに大き目のジェノアが付いていれば、もうヘッドセイルだけ上り帆走するために生まれてきたようなものです。
自分のヨットがヘッドセイルだけでの上り帆走に向いているor不向きかどうかは、これまで書いてきた内容で判断して頂ければと思います。また、実際にやってみれば一発で解ります。うまく上り帆走出来なければ、そのヨットは向いていないということです。
尚、2枚セイル(メイン+ジブ)での上り帆走は、勢いがついていなくても帆走状態に持って行けますが、ヘッドセイルだけの上り帆走はリーヘルムが出る関係で静止状態から帆走状態に持って行くのはちょっと難しいかもしれません。機帆走の状態からエンジンを止めてヘッドセイルだけで走らせる。又はフルセイル状態からメインセイルだけを下ろしてのんびりヘッドセイルだけで帆走するなどの方法でヘッドセイルだけの帆走に切換えるのが良いかと思います。

最後に…「思わぬメリット」

ヘッドセイルだけで走るのは、主に機走時の追風状態で簡単にヘッドセイルを広げて機帆走するのが最も手軽で効果があります。しかし、ヘッドセイルを先に出していることで思わぬメリットがあります。それは、セイル無しの機走よりも安定感が増すことです。ヨットですから、できるだけ海の上に居て走らせる時にはセイルを開いておくべきなのです。そして、港を出るときに追風なら、面倒なメインセイルは後回しにして、簡単に展開できるヘッドセイルを先ず広げてしまえば風の力を利用して港を出て行けるわけです。風に押されているわけですから、小波程度なら切り裂いて走れますから安定したデッキ上でメインセイルを上げる準備も安全に行うことが出来ます。

そして、ひょんなことから更なるメリットを見つけてしまったのです。それは、追風(クォータリー)でヘッドセイルだけの機帆走をしていたら、風向きが上りに回ってしまったのです。ヘッドセイルを引き込んで上り機帆走に転じたわけですが、ここからメインセイルを上げるためには、普段なら風に完全に立てる必要があるかと思いきや、メインを上げる準備でバング、メインシートをフリーにしてみると、普段ならブームが風下側に開こうとするのが殆ど真っ直ぐのままだったのです。試しにメインハリヤードを引いてメインセイルを上げ始めると、普段ならセイルの横から風が入ってバテンがレイジージャックに引っ掛かりうまくセイルを上げられないのですが、この時はヘッドセイルの整流効果が働いてブームの角度が完全に風向きと合っていなくてもメインセイルが上がってくれることがわかったのです。なるほどヘッドセイルには風を整える機能があるということは風向きを調整できるわけですから、メインセイルの風上側の風の流れは実際の風向よりも更に立つわけです。つまりヨットを風上に完全に立てなくても立てているのと同じ効果を得ることができるのでセイルをそのまま上げることが出来たというわけです。

これは強風時にはやめておいた方が賢明ですが、弱風でフルセイルでならなんとかセーリングできそうな風の時には、ヨットを軽く走らせながらセイルを上げることができる。それもメインセイルはシバーすることなく上がるので、何となくスマートですね。メインセイルが上がってしまえば、あとは風をメインセイルに入れてセーリングモードに切り替えてエンジンを止めればいいわけです。

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