ヨットは風を受けて走る乗り物なだけに、冬に向けて徐々に風は冷たくなり、セーリングは徐々に辛いものになります。また、冬場の海は北風の影響で荒れがちになり、寒いうえに波しぶき(スプレー)がデッキの上やコックピットまで飛んでくるということも少なくありません。そんな時にとても役立つ存在が「ドジャー」です。
ドジャーはコックピットの前側、自動車で言えばフロントガラスの役割を果たし、前から来る風や波しぶき除けになります。また、コックピットからキャビンに入る通路(コンパニオンウェイ)の上部にあるスライドハッチを開け放している時の屋根代わりにもなることから、ほぼ年中、付けっ放しにしているという場合が殆どです。

ドジャー

潮を浴びたら水で流しても、自動車のように洗剤を使って洗車するなんてことは滅多にしないヨット、特にドジャーの窓面の透明部分はビニールシートだったりしますから、徐々に曇ってきて、まるで人間でいえば白内障になったかのようにコックピットからの前方視界が見えにくくなってきます。
水を掛けただけでは綺麗にならない、そしてビニールシート部分をデッキブラシでゴシゴシするのは余計に傷つきそうですし、ヨットの窓ガラスは、実は本当のガラスでは無く、その殆どが今は透明のアクリル板だったりします。つまり、ヨットの透明部分は全て樹脂製。そんな時に良い洗剤は無いかと探してみたら、いいのがありました…。

そこで今回は、樹脂製の透明部分の洗浄剤について、お話してみたいと思います。

普通の窓ガラスとヨットの透明部分は何が違うのか?

昔のヨットの窓やハッチにはガラスが使われていた時代もありますが、現代のヨットで本物のガラスを使っている船は殆どありません。では、あの透明部分には何がはまっているのかと言うと、透明樹脂板がはまっているわけです。つまり、解り易く言えば、プラスチックの透明の板というわけです。また、ドジャーに付いている柔らかい透明部分は、プラスチックよりも柔らかい透明のビニールシート、又は薄いプラスチック板などが使われています。つまり、ヨットに使われている透明な部分は、全て樹脂製というわけです。
この透明な樹脂は、ガラスに比べて柔らかく軽いのが特徴です。また、ガラスに比べると、汚れ易く、紫外線に弱く、簡単に傷つき易いという特徴があり、ハッチやポートライトには、透明の樹脂製品の中で最もガラスに近い性能があるアクリルを用いています。

何故ヨットにはガラスを使わないのか?

ヨットにガラスが用いられない最大の理由は、「コスト」と「安全面」からです。
ガラスは大きな衝撃が掛かると割れてしまいます。それはプラスチック製品でも同じことですが、割れない安全なガラスは、厚みを大きくするか、高価な高強度ガラスにする必要がります。つまり、重たくなるし、値段が高過ぎます。これが「コスト」です。
次に、割れた時にどうなるかということを考えるより、割れないということを考えた方がより安全です。アクリルは、ガラスに比べて10倍から15倍の耐久性があります。広く大きな面に使うわけではないので、その強度が更に大きいわけです。また、ガラスは固いですが、樹脂製品であるアクリルは柔軟さもあることから、大きな圧力が掛かっても割れにくい特性があります。
また、ドジャーに使われているビニールシートもガラスのように割れる心配がありませんし、ビニールシートでは怪我する心配も殆どありません。揺れるデッキ上でぶつかっても怪我する心配も無いというわけです。

ガラスでない樹脂製品最大の弱点

樹脂製品最大の弱点は傷つき易く、汚れ落ちしにくいという点です。
固いアクリル板でもガラスに比べると傷つき易いですし、汚れ落ちもしにくいのです。それが柔らかいビニールシートなら尚更のことです。傷つき易いということは、優しく洗浄しないと元の綺麗さは保てません。汚れが付いているからと言ってゴシゴシ洗うと、表面に着いた汚れの粒子で樹脂の表面を傷つけてしまい、それが白く濁ってくる原因になるということなのです。つまり、表面を擦れば擦るほど透明度が低くなり視界が濁って見えなくなってくるということです。

樹脂製ガラスの曇りの原因

ここではあえてアクリルやビニルシートのような透明樹脂のことを「樹脂製ガラス」と呼んで話を進めますが、樹脂製ガラスの弱点は傷つき易い点ということは、ゴシゴシ汚れを取ることができないということでもあります。しかし、汚れてしまうので、水で流したり、洗剤で洗ってみたりします。しかし、特にビニールシートはどんどん擦りガラスのように濁って行きます。アクリルでも、新しい頃に比べて何となくクリアでは無くなってきます。

曇りの原因には2つあります。1つは「非常に微細な傷」、そしてもう1つは「油脂汚れ」です。

1. 非常に微細な傷

微細な傷は様々な原因で付いてゆきます。海の場合には海水が船に掛かり、海水に含まれる微細な粒子や乾燥して結晶化した塩などによって傷つけられてゆきます。勿論、微細な粒子は風に乗ってもやってきます。これらが樹脂ガラスの表面に付着することで傷つけられてしまうわけです。傷つくことによって光が乱反射することで見通しが悪くなってしまいます。
この傷つくということは、表面が平たんではなくなるということです。幾ら目で見て平坦でも、拡大してみると表面がやすり掛けされたようにギザギザになってしまっているということなのです。

2. 油脂汚れ

空気中や海水や雨などに含まれる油脂汚れは、何もしていなくても樹脂ガラスの表面に付着します。これが樹脂ガラス表面に付着している汚れの正体です。これを水で洗い流しても容易に落ちることはありません。特に樹脂に付着した油脂汚れは落ちにくく、汚れは堆積します。これを落とすためには洗剤を用いて洗浄することになりますが、やはりブラシやスポンジなどで樹脂ガラス表面を擦ることになります。これによって油脂汚れの中に包まれている微細な粒子により表面が研磨されてしまい、樹脂ガラスの表面に微細な傷が更に増えてしまいます。この微細な傷の中に油脂汚れがさらに堆積することで、傷と油脂汚れによって樹脂ガラスの表面は更に曇ってしまうわけです。

樹脂ガラスには専用洗剤を用いてクリーニングする

さて、結論です。
樹脂製の透明な素材(樹脂製ガラス)の表面に堆積した汚れと微細な傷をとることができないと、白く濁った表面をクリアにすることはできません。そこで登場するのが専用洗剤です。
この樹脂用専用洗剤には、「洗浄剤」「研磨剤」「コーティング剤」の3つの成分が含まれています。

つまり、洗浄剤で汚れを落としながら、研磨剤で微細な傷で凸凹になった表面を平滑に磨き、更に凹凸面を完全に研磨によっては消すことができないので、コーティング剤により凹凸を埋めて光の乱反射を少なくするというメカニズムです。これを1つの洗剤で同時に行うことでクリア感を取り戻すと言うのが専用洗剤の仕組みです。

専用洗剤による樹脂ガラスのクリーニングの方法

詳しい洗浄方法は、その洗剤に書かれている方法を用いるのがベストですが、ここでは大まかに洗浄のポイントだけ書いておきます。
➀洗剤を使用する前に水で下洗いし、水分を拭き取る。
➁洗剤をクロスに吹き付けて、できるだけ柔らかいクロスを使い、あまり力を入れずに拭きあげる。
➂ムラがあるようなら何度か➁を繰り返す。

この3段階です。
ここでのポイントは、樹脂ガラス面に最初に付いている粒子などを水洗いで綺麗に落とすことが大切です。残ったままでいきなり専用洗剤で磨くと粒子によって傷が増えてしまいます。また、専用洗剤は直接吹き付けずにクロスに吹き付けて樹脂面を拭き上げます。洗浄と研磨とコーティングとを1つの洗剤で同時に行っていますので、吹き上げる時には丁寧にワックス掛けするようなイメージで拭き上げると綺麗に仕上がります。また、ムラが出る場合には、何度でも重ねて作業することでムラが無くなってきます。そして、肝心なことは、力を入れ過ぎないことです。理由はこれまでに説明してきた通りで、樹脂ガラスの表面は傷つき易いですから、優しく作業しましょう。

最後に… オススメの洗浄剤

今回、MALU号で使ってみたのはプレクサスという製品です。スプレー缶タイプの洗浄剤です。
元々は戦闘機や航空機のキャノピーや特殊塗装された機体の洗浄保護を目的として開発されたプラスチッククリーナーで、MILスペック(米軍)P-P-560検査規格をクリアする高性能ケミカルです。…なんてことが製品の説明書きにあり、含まれる成分はプラスチックに無害な成分だけで合成されているそうです。

初めて使う場合には、この専用クロスで作業を行うと失敗が少ないと思います。
クロスにたっぷり含ませて表面をきれいに吹き上げると、徐々に汚れがクロスに移り、更に拭き上げて行くと艶が出てきます。これは研磨剤とコーティング成分により艶が出てきます。樹脂ガラス面は内外両方を作業します。内側は汚れていないだろうと思っていたら、やはりしっかり汚れていて、落ちた汚れがクロスに付着します。優しく拭き上げて行くと摺りガラスような白くなったビニールシートに透明度が蘇ります。これには驚きました。

作業後の綺麗になったドジャー
劣化の激しい硬化したビニールシートには効果は期待できないと思います。最低でも柔軟さがあるビニールシートならば、クリーニング効果が出ると思います。また、アクリル面にも使ってみましたが、こちらはピカピカに綺麗になり、より透明度が増しました。

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