クルーザーヨット乗り(以下、ヨット乗り)になる(セーリングクルーザーを買ってセーリングを始める)ということは、軽い気持ちの興味だけでは難しいように思います。そこには、そこそこの知識やセーリング技術も必要になるし、そもそも経済力や信用力も必要です。自動車なら、趣味でドライブに行く以外にも、いろんな普段使いができるものですが、ヨットで普段使いなんてことはまず想像できません。つまり、ヨット乗りになって継続し続けるためには「絶対にやるんだという情熱」、確固たる決意みたいなものが必要だと僕は思うのです。しかし、一体どんな決意が必要なのかと言われると「知識」「技術」「経済力」という言葉は並べられても、具体的に細かなことを一口で表現することはできません。ですから、ヨットを始めるに至った人の多くが、知り合いがやっていたので乗せて貰って… 的な話が多いわけです。一度セーリングの良さや楽しみを知ってしまえば、自分も自由に海に出てみたいと思うようになります。しかし、本格的に始めるためには、楽しい面だけでなく、その裏側まで知っていないと決心するまでには至りません。だからこそ、その早道はと言うと、持っている人に乗せて貰う、そしてその人から教えを乞うしかないのです。
しかし、僕たち夫婦の場合には違います。最初の段階である「乗せて貰う」は経験したものの、「教えを乞う」ということをしませんでした。何故なら、最初に乗せて頂いたヨットのオーナーが自分たちと違うレベル(経済、教養、年代)の人だったからです。その周囲に居た人達も一般的に一流企業人と言われるような人達だったし、中には一流企業人で資産家という人も居たので、到底この人たちのような真似はできないと思ったのです。でも、僕たちは「やっぱりそういうお金持の遊びなんだ」っていう卑屈な考え方は決してしませんでした。それは、マリーナの他のヨットのオーナー達が全てそういう人と言うわけでは無かったからです。そして、僕たちはクルーザーヨット乗りになりたかったからです。
何か方法はある筈だって考えたのです。そして、他のいろいろなオーナーヨットに乗せて頂いたり、自分たちなりに始める前の情報集め(決心するために必要な情報集め)の試行錯誤を先ず最初にしたというわけです。
そして、方法として「先人たちの著書をとにかくたくさん読み漁る」ことで情報を仕入れるという手を思い付いたのです。
うちの妻は、僕がいつかクルーザーヨットを買うと言い出すだろうと思っていたそうで、僕がせっせと本を買い集め、家が古本屋のようになるのを何とも思わなかったようです。そして、ビジネス書好きの僕の本棚が、いつしか全てヨット関係の本に入れ替わった頃、僕たちは自分たちのクルーザーヨット(MALU号)を持つことになったのです。

…ということで、今回は前回に続いて、ヨットで世界を巡った日本人10選(後編)です。

僕たちにとっては、全く関係のないと思われるような過酷なヨットレースの話などもありますが、その著者も初めは確固たる決意で始められた方ばかりです。そう言った意味では、とても参考になった本ばかりです。

6. たった一人、ヨットで南極に挑んだ日本人 片岡佳哉さん

片岡さんの本は、おそらく今回のテーマでご紹介する10選の中で最も新しい本になります。(…と言っても2015年初版です。)
日本ヨット界で太平洋を横断したり、赤道方面に向かいパラオやオーストラリア方面を目指す人はいますが、片岡さんの場合には少し違います。それは、日本人のヨットマンでは前人未到の南極に行ったことです。しかし、彼の場合にはそれだけではありません。船乗りなら誰しも恐れるホーン岬へ行き、更に岬の先端に上陸まで果たします。これだけ書くと、どんな立派な船でそれを成し遂げたんだろうと思われる筈ですが、彼はそれを航海計器や通信手段が不十分だった1980年代に、それも24フィートのセーリングクルーザーでやったというから驚きです。

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更に驚きは続きます。それは彼が海の無い田舎産まれであること、更にヨットに出会ったのは大学時代、更に大学卒業後はソフトウエア技術者として一度は就職し、サラリーマン生活を送っていたことです。余程のスポーツマンで屈強なヨットマンを想像してしまいますが、ある意味、普通の人だったということです。しかし、その情熱たるや物凄いものがあります。ヨットで世界一周してみたいという夢をあきらめきれず、就職してお金を貯め、中古の小さなヨットを買って単独航海に出ます。嵐にあいながらもアメリカ・サンフランシスコに到着します。そこで出会った奇妙な老人に、「南米チリの多島海に行け、地球に残る最後の秘境を旅しろ」と言われ、彼は南米に向かい、ホーン岬に上陸まで果たした後に、南極への冒険を決意します。それらの冒険実話がこの本には収録されています。

青海~ブルーウォーターストーリー~

7. 日本屈指の外洋レース集団、回航2万マイル 原 健さん [チームベンガル]

このブログでは、ヨットレースの幾つかをご紹介していますが、世界にはもっと沢山の外洋ヨットレースという物が存在します。ヨットレース参加者の多くは、ヨットを海外現地で調達したり、船便などでレース艇を輸送したりします。アメリカズカップ艇などは、コンテナ便で世界中に輸送できるようなパッケージングまでを考慮したシステムを構築しています。この「回航2万マイル」と言う言葉を聞いて、あれ?「海底2万マイル」の間違いじゃないの?と思われるかもしれません。確かに、海底2万マイルをもじった題名の本ですが、太平洋横断のトランスパックレースに7回の出場を果たした日本屈指の外洋レース集団「チームベンガル」の特長は、世界中どのレース地に行くにも自分たちの力で艇を運ぶ。つまり、レース地へは自分たちで「回航」するという特徴を持っています。著者の原健さんは1981年にサッカーユース代表にも選ばれたスポーツマン、その彼が大学卒業後の1987年にアメリカズカップ(ニッポンチャレンジ)に参加してヨットを始めます。1992年、1995年の大会に出場した後、ウィットブレッド世界一周レースに多国籍チームである「TOKYO」のメンバーとして出場、2009年からはこの本の題材となる「チームベンガル」のメンバーとして活躍し、2009年と2013年のトランスパックレースや2012年のシドニー・ホバートレースに出場します。レース出場のために、日本~シドニー~ハワイ~ロスアンゼルス~ハワイ~日本というルートの約2万マイルの回航を敢行します。2009年からレースを含めた、その殆どの航海に乗り組んだ彼だからこそ書けるその様子をこの本では紹介しています。

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この本は、文筆家としての顔も持つ原健さんが綴るノンフィクション航海記であり、チームベンガルの軌跡を通じて、外洋レースと長距離回航の醍醐味、厳しさ、そして海の素晴らしさを余すところなく伝えてくれます。 外洋レーサーである著者の姿を主人公に投影させた短編小説「月と水平線」も収載されています。
Bengal7
2015-2016年のチームベンガルの様子が紹介されたブログ「KLC Bengal7 2015-2016」も是非ご覧ください。

8. 伝統航海術を再現したホクレアの初日本人クルー 内野加奈子さん

ヨットとはちょっと異なりますが、ホクレア “Hōkūleʻa” はヨットの源流にあるとも言えるポリネシアン・セーリング・カヌーを現代に再現したものです。ハワイ諸島はかつてポリネシア人がたまたま漂着して見つけ出し生活を始めたと考えられていました。しかし、ポリネシア人は航海の達人で「意図的に航海してハワイ諸島を見つけた」ということを証明するために1975年にポリネシア航海協会”Polynesian Voyaging Society”が立ちあげられ、アメリカ建国200周年の記念事業の一環として建造されました。航海は近代計器を用いず、太陽、月、波、鳥、風、星という自然の指標だけを頼りに帆走するもので、1976年にハワイ-タヒチ間の航海を皮切りに何度も航海実施し、意図的航海の仮説が立証されます。

内野さんは大学卒業後、ハワイ大学に留学し、海洋学を学びながら写真家としての活動も始め、海をテーマにした数々の作品を発表しています。また、伝統航海術師マウ・ピアイルグ氏に師事し、ホクレアの日本人初のクルーとして乗船。北西ハワイ諸島他、数多くの航海で経験を積み、2007年にハワイ諸島からミクロネシアを経て日本への航海に参加します。
この本は、内野さんが日本人初のクルーとしてホクレアに乗船し、ハワイから日本への航海の様子を伝えるだけでなく、ホクレア乗船で経験した様々なものごとが綴られた一冊となっています。

hokulea.com
ホクレアについての詳しい情報は、ポリネシア航海協会”Polynesian Voyaging Society”のホームページをご覧ください。

9. 実践ヨット塾を主催したカモメの船長さん 野崎知文船長

カモメの船長さんと呼ばれた能崎船長は、元国鉄マン(現在のJRグループの前身である国営鉄道の職員)で、1973年に国鉄を退職した仲間3人で1年10カ月に渡る西回り世界一周航海を31フィートの国産ヨット「そらとぶあひる」号で成功させます。その後、1986年にリクルート社が社員教育用に建造した60フィートのヨット「翔鴎(かもめとぶ)」号を建造した際に、その設計者であるヨットデザイナーであり日本ヨット界のレジェンドでもある林賢之輔さんの推薦で同船の船長を務めることになります。バブルの崩壊、更にリクルート事件で逮捕者が出る中、リクルートはヨット事業を廃止する際、1995年にこのヨットを能崎船長が個人的に譲り受け「実践ヨット塾」というクルーザースクールを立ち上げ主宰されました。

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この本は、能崎船長が2002年から2012年までの10年間に書き溜められたブログの一部を書籍化されたものです。ブログはヨットの操船や海に関する実践的な話、特に小笠原諸島んどのクルージング様子、能崎船長が力を入れておられたアホウドリの保護活動への協力、能崎船長がお得意だった船での料理のことなど、様々なことが書かれています。また、若いころに世界一周されたときの話などが語られています。
ヨットマンだけでなく、これからヨットを始めようとする方にもとても参考になる話が沢山入っています。
尚、本の中ではヨットデザイナーの林賢之輔さんのコラムや世界一周をした「そらとぶあひる」の話などもコラムで収載されています。

翔鴎号CAPTAIN'S BLOG本に収載されていない野崎船長のブログはこちらから見ることができます。

10. 日本を代表する現代の海洋冒険家 白石康次郎さん

10人目の最後にご紹介するのは、今を時めく彼をご紹介しないわけにはゆきません。
少年時代に船で海を渡るという夢を抱き、三崎水産高等学校在学中、先にご紹介した単独世界一周ヨットレースで優勝した故・多田雄幸氏に弟子入りし、レースをサポートしながらヨット修行を積むみます。単独無寄港無補給世界一周に2度挑戦するもトラブルに見舞われ途中リタイアしますが、1994年、26歳の時についに達成し、当時史上最年少記録を樹立します。その他数々のヨットレースやアドベンチャーレースでも活躍し、2006年には念願の単独世界一周ヨットレース「Five Oceans」Class-Ⅰ(60ft)に参戦し、歴史的快挙となる2位でゴール。更に2008年、フランスの双胴船「Gitana13」号のクルーとして乗船し、サンフランシスコ〜横浜間の世界最速横断記録を更新します。2016年11月には最も過酷な単独世界一周ヨットレース「Vendee Globe」にアジア人として初出場しますがマストトラブルに見舞われ無念のリタイア。2018年10月、DMG森精機が立ち上げた日本初の外洋ヨットチーム「DMG MORI SAILING TEAM」のスキッパーに就任し、同時に2020年11月に行われる「Vendee Globe」への挑戦のため準備を進めているところです。アドベンチャー・ヨットレーサーとしての活動以外にも、子供達と海や森で自然を学習する体験プログラムの開催や、小学生のための世界自然遺産プロジェクト(ユネスコキッズ)のプロジェクトリーダーを歴任。2017年夏にはVendee Globeに出場したヨット「Spirit of yukoh Ⅳ」で日本各地の港を回り教育プログラムを実施。また、児童養護施設への支援活動にも長年従事しており、2014、2015年と高校生たちと共にヨットを学び、逗子-伊豆大島間を1泊2日で往復航海するプログラム「大島チャレンジ!」を実現するなど、子供達に自然の尊さと「夢」の大切さを伝える活動に積極的に取り組んでいます。

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彼の著書は、上にご紹介した以外にも多数出版されています。
彼の海への憧れと情熱、2度の失敗による挫折、師匠との出会いと別れ、そして師匠と同じアラウンドアローンへの挑戦と完走など、様々な場面が著書では描かれています。

KOJIRO SHIRAISHI HP

最後に…

今回ご紹介しました10人以外にも、ヨットで世界を巡った日本人はまだまだ沢山いらっしゃいます。著書も非常に沢山出版されていますが、とても残念なことに殆どの書店では船関係の書籍コーナーが無くなってしまい、ヨットのみならず船に関する本を全く置いていないところもある程です。そこまで日本人は海離れしてしまったのかと落胆してしまいますが、過去には非常に多くの人がヨットで海外を目指していた時代があります。また、ヨットに乗ってみたいという憧れを何十年後に実現した人も少なくありません。
過去に出版されている本を読んでいると、今のヨットと異なる部分もありますが、よくよく見てみると、その当時の古い船が今でも現役で活躍し、とても安価で売りに出ています。そうです、当時ヨットに憧れてヨットを買った人たちが高齢になり船を手放し始めているのです。タダ同然の値段で取引されている現状もありますが、そういうヨットを買って手入れをして海に先ず出てみるということが、今の時代の人達なら十分可能な時代が来ています。欧米でも決して裕福なお金持ちだけがヨットをやっているわけではありません。お金のまだない若者が古いヨットを自分たちでレストアして海に出ている様子が多くネットなどで紹介されています。そんなことをやってみようというあなたは、是非、先人たちの書籍を古本で見つけて読んでみるととても参考になる筈ですので、是非探して読んでみて欲しいと思います。

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