僕たち夫婦のヨットMALU号のミラベル375というセーリングクルーザーは、1989年(平成元年)に発売された30年以上も前の型ヨットですが、MALU号の登録は2003年、今年(2020年)で17歳と船齢は比較的浅い船です。僕たちが購入してから4年が経過しようとしていますが、それまでに危機的な故障に見舞われたことは無く、なんだか調子がおかしいとか、何か変だなって感じたら直ぐに周囲の人たちに相談したり、点検をしていたこともあり、海上で立ち往生するようなことはこれまで一度もありませんでした。しかし、この「なんだか調子がおかしい」で発見された問題は、MALU号に積まれているエンジンを殆どオーバーホールしたも同然の作業量となりました。勿論、エンジンの整備(修理)作業はプロのエンジン屋さんにお願いしたわけですが、このフルオーバーホールによって納得のゆく状態になり、それはそのまま海上での安心感にもつながることになりました。

ヨットのエンジン寿命
さて、ヨットに乗る人の多くが最も苦手なのがエンジン周りのことでは無いかと思います。しかし、ヨット(セーリングクルーザー)に乗るということは、このエンジンのことからは逃げるわけにはゆきませんし、エンジンが不調なヨットで海に出るなんてことも考えられません。そこで気になるのが、そもそもヨットのエンジンってどのくらいもつものなのかというエンジン寿命。僕はたまたまダイバーの頃にダイビングでお世話になっていた漁師さんの船で「漁船のエンジンってどのくらいもつものなんですか?」なんて話をしたことがあって、「大体毎日のように使っても、ちゃんと点検整備をしていれば6000時間くらいかなぁ」なんて話を聞いていたので、ヨットを買う前に思ったのは、それなら世界一周とか、毎日ヨットに乗って何処かに行くようなことをしない限り10年以上は軽く使えるなって思いました。しかし、それはプロ用の漁船の話ですからあくまでも参考にしかなりません。では、プレジャーボートであるセーリングクルーザーの場合には実際どうなのかということも知っておくべきですね。そこで今回は、ヨットのエンジンの寿命について調べてみたことを書いてみたいと思います。

プレージャーボートのエンジン

ヨット(セーリングクルーザー)を含むプレジャーボートにはいろいろなエンジンが使われています。エンジンには幾つかパターンがあって、船内に据えられている物を船内機(インボードエンジン)、船外に据えられているものを船外機(アウトボードエンジン)、モーターボートなんかでは船内外機というエンジン本体は船内にあってギアからプロペラまでが船外についているというタイプの物もあります。また、エンジン本体については、ガソリンを燃料とするガソリンエンジン、軽油を燃料とするディーゼルエンジン、最近では電気モーターを機関とする物やエンジンと電気モーター併用のハイブリッドもあり、このあたりは自動車と同じです。

私たちのような小型ヨット(小型のセーリングクルーザー)の場合には、圧倒的に小型のディーゼルエンジンが多く使われています。ヨットでも馬力も回転も高いガソリンエンジンでも良さそうに感じますが、セーリングクルーザーにディーゼルエンジンが用いられるのには、世界中をクルーズできるセーリングクルーザーだからこその理由があってのことです。この理由については後述するとして、先ずはエンジン寿命の話を続けます。

プレジャーボートのエンジン寿命

エンジン寿命を語るときに、先ずそのエンジンが適正な状態かつ適切にメンテナンスされていること、そして無理な使用がされておらず、適切な負荷において使用されていることが前提となります。この前提条件については、後述するとしますが、プレジャーボート用のエンジンは意外に長く使用できます。以下は、エンジンメーカーの公表値の平均です。

船内機ディーゼルエンジン ・・・ 平均5000時間

船外機ディーゼルエンジン ・・・ 平均3000時間

ガソリンエンジン ・・・ 平均1500時間

上記の公表値は、適切な状態で使用された場合のメーカーの公表値ですが、実際のところは無理な使用などが無く、充分なメンテナンスが行われ、適切に使用されている船内機ディーゼルエンジンの場合には8000時間使えたという話もあります。私たち小型ヨット(セーリングクルーザー)のエンジンはとても長寿命だということです。逆にガソリンエンジンは元々1500時間と短く、更に最後の500時間はかなり頻繁にメンテナンスを行っても、かなり効率は低い状態になるようです。ディーゼルエンジンでも、最後に近づくにつれて効率は下がりますが、それはガソリンエンジンほどではありません。また、自動車のエンジンと比較すると、とても短く感じるかもしれませんが、プレジャーボートのエンジン設置環境は陸の乗り物である自動車とは大きく異なることから、同じエンジンが陸上で使用された場合には、やはりかなり長く使えているようです。それほど、海上で使うエンジンは、エンジンにとって悪い環境条件が揃っているということです。

プレジャーボート用エンジンの悪環境

プレジャーボート用のエンジンは自動車のエンジンと異なり「二大悪要因」があります。これにより、陸の乗り物で使われるエンジンと海の乗り物に使われるエンジンでは寿命が大きく異なる理由です。このことを知る意味は、それがそのままエンジンを長持ちさせるためのヒントになります。

1. 放熱性が非常に悪い

内燃機関であるディーゼルやガソリンエンジンは、燃料をエンジン内部で爆発させることで力を取り出しています。この爆発により発生する力(エネルギー)には、運動エネルギーと熱エネルギーがあります。運動エネルギーはプロペラ(スクリュー)を回転させるために使われますが、熱エネルギーは船を推進させるためには全く使われることありません。熱を処理せずにそのままにしておくとエンジンが熱せられ過ぎてオーバーヒートの状態になってしまいます。特に船のエンジンは密閉設置されていることから強制的に冷却する必要性があります。オーバーヒートはエンジンの様々な部品を痛めてしまい、更に運動の元となるシリンダー内のピストンや各種の可動部が膨張~溶けて固着してしまうという事態を引き起こしてしまいます。こうなってはエンジンは使い物にならなくなるわけです。
船の場合、エンジンは船内機でも船外機でも密閉されており放熱性が損なわれています。陸の乗り物である自動車のエンジンは空気に多く触れ開放されていることからエンジンは船とは比べ物にならないくらい冷却されます。この放熱性の違いがエンジンの寿命に大きく影響しているわけです。

2. 不純物が冷却水に混ざっている

1.に書いたように船のエンジンは放熱性が極端に悪い密閉環境に設置されることから、その解決策として船の周囲にある水をエンジン内部に取り込み循環させることで冷却を実現しています。周囲にある水とは、海・川・湖などの海水・汽水・淡水をエンジンに直接取り込むわけですが、海水や汽水に含まれる塩分はエンジンに非常に悪影響を与える根源でもあり、金属製のエンジンを腐食させます。更に、外部から取り込んだ水の中には様々な微生物や水以外の不純物の存在もあり、この微生物や不純物、更に塩分が高温のエンジンを通過する際に堆積物となってしまうわけです。純粋な水をエンジンに取り込むことができれば何ら問題は無いわけですが、船の周囲にある自然環境下にある水を利用している限り、水(H2O)以外の不純物がエンジンに悪影響を及ぼしてしまうわけです。
因みにプレジャーボートのエンジンの冷却法には「直接冷却方式」と「間接冷却方式」がありますが、何れにしてもエンジンの内部に外部の水を取り込むことに違いはありません。因みに直接冷却と間接冷却の方式の違いは、自動車のように熱交換器(ヒートエクスチェンジャー)にクーラントを入れエンジンの本体内部にはクーラントを流し熱交換器を使って熱せられたクーラントを外部の水で冷やす間接的な冷却と、エンジン本体内部に外部から取り込んだ水を直接循環させるという方式の違いがあります。間接冷却方式は船内機に多く採用されており、直接冷却方式は船外機で多く用いられます。

プレジャーボートのエンジン寿命を縮めるその他要因

適切なメンテナンスが行われ、適切な冷却が行われているにも関わらずエンジンの寿命を大きく縮める要因があります。この項目は自動車でも、その他で使用されているエンジンにも当てはまりますが、船のエンジンではことさら注意が必要です。

1. 暖気運転不足

暖機運転とは、走り出す前にエンジンを動作温度まで充分に上げておくことを言います。船の場合には、水により強制冷却されることから、密閉空間であっても動作温度までエンジンの温度が上昇するにはある程度の時間が必要です。自動車でも冬場は暖機運転をしてから走り出さないとエンジンの動きが重たく感じたりしますが、船の場合には水により強制冷却されることで、なかなか動作温度まで温度が上がり辛い状態にあります。暖機が不十分な状態ではエンジンの寿命を大きく縮めてしまいます。ですから、充分な暖機運転が必要です。

2. 高回転数での運転

船のエンジンは、取り付けられているプロペラ(スクリュー)とのバランスで最高の推進力を得られるようになっています。その指標として最大回転数が定められています。この最大回転数を超えるエンジンの高回転はエンジンに悪影響を与える高負荷が掛かってしまい、エンジン各部の消耗を早めてしまいます。エンジンを長持ちさせ、より寿命を伸ばすためには、最高回転数での使用をできるだけ避け、エンジンが安定して稼働できる回転数を維持することがエンジンにとって好ましい状態です。

3. 不適切なエンジン負荷

2.の項目に関連しますが、エンジンとプロペラのバランスが異なる組み合わせや、船体に対して出力不足の状態のエンジンの選択をした場合には、エンジンに不適切な負荷が掛かってしまいます。また、頻繁な回転数の変更も船のエンジンにとっては不適切です。エンジンはできるだけ一定の回転数で長時間使用することが、エンジンにとって不適切な負荷が掛からない理想的な稼働状態です。

プレジャーボートのエンジン寿命を伸ばすポイント

もう、お気付きだと思いますが、プレジャーボート用のエンジンにとって悪いことの裏返しが、寿命を伸ばすポイントです。最もエンジンにとって大切なことは「エンジンの温度管理」です。ポイントは「きちんと温めてから走り出し、充分な冷却を保つ」ということです。次に「無理な運転や負荷を与えない」ことです。そして最後に「充分なメンテナンスを定期的に実行する」ことです。
ここでは、セーリングクルーザーに最も多く搭載されているディーゼルエンジンの寿命をのばすためのメンテナンス法について触れておきたいと思います。

1. 燃料のチェック

日本国内におけるディーゼル燃料(軽油)の品質は高いですが、精製度の低い燃料が混入した場合、インジェクターの詰まりが起きてしまい、破損につながります。適切な燃料フィルターを使い不純物を取り除くことも必要です。フィルターの定期的な交換は必須です。

2. 油水分離器の水抜き

ディーゼルエンジンは水の混入は致命傷になります。1.の燃料チェックと同時に、油水分離器の水抜きも定期的に行います。

3. ろ過器の洗浄

水冷式であるマリンディーゼルエンジンは、外部の水を取り込み、ろ過器を通してエンジンに送られています。ろ過器の詰まりは、冷却水が充分にエンジンに送られなくなりますから、定期的なクリーニングが必要です。

4. ウォーターポンプのメンテナンス

冷却水を十分にエンジンに送り込むためには、ウォーターポンプの中には水を吸い上げるためのインペラが入っています。このインペラは消耗品ですので、定期的な交換が必要です。また、ポンプ内に堆積物が溜まりインペラの動きを悪くする場合もありますのでインペラの交換時にクリーニングも行うようにします。

5. 吸水口スルーハルのクリーニング

船内機の場合、船底に冷却水を吸い上げるためのスルーハルが付いています。ここには水中生物が付着して水を吸い上げる際の抵抗となりますので、定期的なクリーニングで除去する必要があります。
船外機の場合には、給水口の詰まりに気を付けて、まめにクリーニングを行います。

6. 堆積物の除去(クリーニング)

船内機の場合には、熱交換器(ヒートエクスチェンジャー)内部、船外機の場合には冷却水の流れるラインに塩や不純物が堆積します。そのままにしておくと、外部から取り込んだ冷却水の流れが悪くなり冷却効率が下がります。船内機の場合には、定期的な熱交換器の分解清掃(オーバーホール)を行います。船外機の場合には、使用後毎に真水による充分なフラッシング(洗浄)を行います。

7. およそ150時間毎のオイル交換

オイルは潤滑だけでなくエンジン内部の冷却にも一役かっています。オイルの汚れはオイルの流れを不良にさせます。また、充分にオイルが行き渡らなくなり潤滑不良が起きるとエンジンを痛める原因となることから、150時間毎にオイル交換を実施します。オイル交換サイクルを大きく超えた場合には、オイルフラッシング(オイルで内部を洗浄すること)を行った後に新しいオイルを入れます。また、オイルフィルターの交換も同時に行います。

最後に… ヨットにディーゼルエンジンが使われる理由

ここで言うヨットとは、私たちのような小型セーリングクルーザーの事を指していますが、このようなヨットにディーゼルエンジンを採用しているのには理由があります。それは、プレジャーボートのエンジンの中で最も長寿命だからです。セーリングクルーザーは小さな20フィート台のヨットでも世界中の海を渡り巡る航海が出来ます。そんな時に長寿命(タフ)であることが最も大切になります。ディーゼルエンジンが長寿命な理由は、エンジンの構造や設計がガソリンエンジンに比べ単純で、結果として高耐久に造られているからです。解り易く言えば、同じ出力のエンジンでも部品が何でもゴツいのです。大きなクランクシャフトやコンロッドなどの部品がその代表例です。これは電気的に爆発を起こすガソリンエンジンに比べてディーゼルエンジンは圧縮熱で爆発を誘発させる構造だからです。更にエンジンオイルの量が多くギアドライブでもあることから、ガソリンエンジンのようにベルト切れや緩みの心配がありません。トラブルの可能性が低くメンテナンス性も高いというわけです。そして、何と言ってもディーゼルエンジンは低回転で動作することから、結果としてガソリンエンジン比べて発熱量も少ないのです。更に、発生トルクが大きく燃費性能も高いのです。つまり、少ない燃料で長時間稼働させることができることから航続距離を伸ばすことが出来るわけです。勿論、その分お財布にも優しいということです。ヨットの場合には、船体の形やバラストキールの存在でプレーニングしてパワーボートのように走る(水面を滑走する)ことができませんが、風の力を使って何処までも航続距離を伸ばすことができるセーリングクルーザーにとって高耐久で航続距離が長く低コストなディーゼルエンジンの存在は、クルージングを行うためのセイルとのベストパートナーであるということなのです。
ヨットのディーゼルエンジン
因みに冒頭の写真はMALU号のアワーメーターですが、134.4時間と表示されていますが、これはアワーメーターの液晶表示がダメになってしまったのでメーターごと交換した結果、過去の数字が無くなってゼロスタートになったことから、こんな少ない数字になってしまいました。実際にはMALU号のエンジンはトータルで3000時間を超えたくらいです。3000時間を超える前にフルオーバーホールのような感じでメンテナンスを行い不具合を全て解消した結果、現在絶好調で動いています!

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“ヨットのエンジンの寿命はどのくらいか” への2件のフィードバック

  1. 非常に貴重なお話、ありがとうございます。
    おっしゃる通り、メンテナンスはとても大切ですね。

  2. 私はヨットの経験は友人のクルーザーに乗っているだけで操船スキルはありません。しかし外航商船の機関士の経験からエンジンの寿命については、記述されているメーカーの記事のように5000時間、3000時間などの意味は次のように考えます。エンジンを構成する各部品、機材が整備されて、その後に何も保守・整備されない場合であって、その時間までは通常使用可能と考える時間でしょう。一般にヨットの世界では本船という言葉を使っているようですが、本船とは本来は自船の乗船する船舶です。外航商船(内航でも同じ)の経験から
    24時間×365日=8760時間/年
    もし2台の機関があれば交互に使用した場合、この半分の運転時間が一年の稼働時間です。
    一年に4000時間は使用します。プロペラを駆動する主機は一般に一台の機関ですから航海時間は停泊と航海があります。例えば5000時間/年使用します。(航路、積載貨物の種類により異なる)
    このようなエンジンは機関士が整備をして稼働しますと10年も20年も動きます。稼働時間は必要備品の取り換えも発生しますが、5万時間以上でも使用できます。(現在は停泊地で陸上からの整備員が行う)私たち50年前は機関士が整備していました。
     私が依頼されて整備したエンジンは、セイリングクルーザーのエンジンは9000時間も経過していました。黒煙、冷却水温度異常、噴射圧力低下、メタル摩耗、バルブタイミング過大、その他・・・・・しかし各部摩耗測定して部品を取り換え、試運転すれば正常でした。いかに保守の大切さ、そしてエンジンは数万時間は使用できると私は考えています。記述にもありましたが暖気、低速回転の極力回避、適度な一般点検・・・・
    長くなりますので・・。ヨットを愛する皆様がセイリング艤装のみでなく、エンジン稼働時間が5000時間、3000時間はでは新品同様のエンジンです。エンジン保守にも少し傾注され、10年、20年も使用されることを願っています。整備に費用は少しかかりますが・・・・。
    失礼いたしました。

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