僕の初めてのセーリングは東京湾、それも大型船が行き交う横浜港周辺でした。横浜の八景島を横目に横須賀に掛けてのエリアで、その日はボートに釣り船、大型船までいろいろな船とミートしては進路を変えるということを繰り返したセーリングでした。でも、風もそこそこ吹いて機走からセイルを上げて機帆走に、そして風に乗って走り始めたらエンジンを切って帆走(セーリング)状態に完全に切り替わった時、エンジンの喧騒が消え、風の力だけで10メートル近くのヨットが水面を滑るように走り、波を切る音だけの状態になった時、一気にヨットの虜になってしまいました。
その初めてセーリングした日に、僕がもう一つ、自分にとって貴重なヨット体験をしました。それがマスト登りです。マストに上ってちょっとした作業をして欲しいということで、その時に最も身軽だった僕に白羽の矢が立ったということです。僕自身は、作業するのは嫌いで無い方なので二つ返事やることにして、生まれて初めてマストに上りました。ボースンチェアーはあるものの、それで引き上げて貰えるのかと思っていたら、自力で上がって…なんてことで、上がった分だけボースンチェアーを引き上げて貰うという感じで2つ目のスプレッダーの上まで上がって作業しました。10メートルくらいの高さだったでしょうか、高いところは嫌いで無いので、結構マストの上で周囲を眺めたりして楽しませてもらいました。
まあ、そんなことがあって、僕はヨットに目覚めてしまったわけですが、僕たち夫婦のヨット修行は主に東京湾内でのセーリングだったこともあり、海上で多くの船とのミートがあって、結構、衝突の回避行動を頻繁に行う必要がありました。特に大型船も出入港のために通る場所だったこともあり、他船の動きをきちんとワッチして針路を決めるということについては、そこでかなり学習できたと思っています。
そこで今回は、ヨットが衝突予防のために行うべきことについて、いろいろとお話をしてみたいと思います。
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そもそも海には衝突予防のルールがある
道路に「道路交通法」があるように、海には船舶の衝突を防ぐために3つの「交通法規」(海上交通3法)があります。セーリングクルーザーに乗るためには、小型船舶操縦士免許を取る必要があるので、クルーザー乗りなら、こんなことはあたりまえに知っているべきことなのですが、実際に海上でセーリングをしていると、それって間違ってるよって思うような危ないヨットや大型船に汽笛を鳴らされて初めて回避行動をとるなんていうヨットやパワーボートも少なくありません。
また、パワーボートの人たちは、僕たちヨット(帆船)との優先関係が曖昧なボートも多く、怖い思いをしてしまったことは少なくありません。
そこで、ここではおさらい的に海の交通ルールについて先ずは触れておきたいと思います。
海上衝突予防法
その名のとおり、船舶の衝突を防止するための最も基本となる世界共通のルールです。以下に基礎中の基礎となるルールを紹介します。
行き会い船の航法:真向かいに行き合う場合で衝突の恐れがあるときは、互いに相手船の左舷側を通過する。
横切り船の航法:互いに進路を横切り、衝突の恐れがあるときは、相手船を右舷側に見る方の船が相手船を避けます。
船の状況による優先関係:水上では操縦性能の勝るものが劣るものを避けるという原則があります。そこで航行する船舶をいくつかに分類し、それぞれに優先順位を設けています。
優先度が高い順は、 1.操縦性能制限船及び運転不自由船 2.漁労中の船舶 3.帆船 4.動力船 となります。
「操縦性能制限船」とは、船舶の操縦性能を制限する作業に従事しているため、他の船舶の進路を避けることができない船舶のことを言い、航路標識の敷設、しゅんせつ、測量その他の水中作業をしている船舶が該当し、優先順位は最上位となります。また、「運転不自由船」とは、何らかの故障などのトラブルが起きている船のことで、他船を避けることが出来ない船舶を言い、操縦性能制限船と同じく、優先順位が最高位となります。(実際のところは、故障している船はどうしようもないので、たとえ操縦性能制限船と出会ってしまった時には、操縦性能制限船の方が避航行動をとることにならざるを得ないことになります。)
「漁ろうに従事している船舶」には、引き縄漁船や遊漁船は含まれません。
「帆船」とは、帆のみを用いて推進する船舶を言い、エンジンが付いているヨットでもエンジンを使用していないときには帆船となるので、動力船は帆船に対しては避航行動をとらなければなりません。
この他にも、細かくルールは有りますが、この最も基礎的なルールは最低限度、完璧に理解しておく必要がありますね。
海上交通安全法
東京湾・伊勢湾・瀬戸内海の3海域は海上交通がふくそうしているうえ、周辺には重要な港が存在し、非常に大きな船(巨大船:長さ200メートル以上の船)なども航行することから安全を確保するため定められているものです。代表的なものを以下にご紹介します。
航路を航行する義務:長さ50メートル以上の船舶は航路を航行しなければなりません。
航路航行船の優先:航路を出入りしようとしたり、横断しようとする船舶は航路を航行中の船舶の針路を避ける。
速力の制限:航路の定められた区間においては12ノット未満で航行する。
小型船舶であるヨットやパワーボートには関係ない話かもしれません。しかし、大型船の行き交うエリアで航行する場合には、大型船がこのようなルールで航行していることを知っておく必要があります。
港則法
港内における「交通の安全」「港内の整とん」のため定められたルールです。代表的なものは以下の通りです。
出航船の優先:港の防波堤の入口付近で衝突のおそれがある場合、入航船に対して出航船が優先する。(いわゆる、出船優先というやつです。)
右小回り、左大回り:防波堤などの突端や停泊船を右げんに見て航行するときはできるだけこれに近寄り、左げんに見て航行するときはできるだけ遠ざかって航行する。
港内での避航義務:狭い港内では運動性能が悪く操船範囲が限られる大型の船舶を、操船自由度の高い汽艇(総トン数20トン未満の汽船をいう。)等が避けなければならない。
航路航行義務:特定の港(特定港:宮崎県では細島港)で航路が設定されている場合、汽艇等以外の船舶は航路を航行します。「汽艇等」とは、総トン数20トン未満の動力船をいいます。
見張り・安全な速力・衝突のおそれの判断
ルールとして知っておかなければならない基本的なことがありますが、その次に重要になるのが「見張り」「安全な速力」「衝突のおそれの判断」の3つです。
これは、海上衝突予防法の第五条、第六条、第七条に書かれている内容です。
見張り
船舶は、周囲の状況及び他船との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない。
具体的には、見渡す・双眼鏡の活用、音を聞く・窓を開ける、レーダーの活用などその時の状況に適したあらゆる手段を使って行わなければならない。また、死角を考慮し、見張りの位置を変えるなどが必要である。
安全な速力
船舶は、他の船舶との衝突を避けるための適切かつ有効な動作を取ること又はその時の状況に適した距離で停止することができるように、常時安全な速力で航行しなければならない。この場合において、その速力の決定に当たっては、特に次に掲げる事項を考慮しなければならない。
1)視界の状態
2)船舶交通のふくそうの状況
3)自船の停止距離、旋回性能その他の操縦性能
4)夜間における陸岸の灯火、自船の灯火の反射等による灯火の存在
5)風、海面及び海潮流の状態並びに航路障害物に接近した状態
衝突のおそれ
船舶は、他の船舶と衝突するおそれがあるかどうかを判断するため、その時の状況に適したすべての手段を用いなければならない。
1)接近してくる他の船舶のコンパス方向に明確な変化が認められない場合は、これと衝突のおそれがあると判断しなければならない。コンパスがない場合は自船の一部を目印に利用するとよい。
2)船舶は、 他の船舶と衝突のおそれがあるかどうかを確かめることができない場合は、これと衝突すると判断 しなければならない。
衝突を予防するための装備
衝突を未然に予防するためには、他船から自船を出来るだけ早くに認識してもらうことが重要となります。ヨット(セーリングクルーザー)の場合、幾らエンジンがあると言っても、最大速力は他の汽船に比べればかなり遅いことから、他船が早めに避航行動をとってくれれば、衝突はかなり未然に防ぐことが出来ます。
逆に航路を横切る際には、意外に大型船は遠方に居るようでも早く自船の直前まで到達してきます。その際に、他船に自船をより早く認識してもらうためには、 レーダーリフレクター(レーダー反射器) を自船のできるだけ高い位置に設置しておく必要があります。
最後に… AISを全船舶に設置するべき
衝突の回避手段には、事前に他船の位置を確認できるレーダーがあればと考えがちですが、レーダーよりも有用なのは、何といってもAIS(船舶自動識別装置)です。AISは “Automatic Identification System”の略称で、船舶自動識別装置のことを言います。 呼出符号、船名、位置、針路、速力、目的地などの船舶情報をVHF帯電波で自動的に送受信し、船舶局相互間、船舶局と陸上局間で情報の交換を行うシステムです。2002年に発効したSOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約)により、国際航海に従事する300トン以上の船舶、国際航海に従事する旅客船、500トン以上の全ての船舶には搭載が義務化されましたが、基準以下の船舶には搭載義務は今のところありません。
搭載義務を課せない要因としては、海上特殊無線技士免許や開局免許が必要なこと、機器のコストが非常に掛かることなどがありますが、義務化に向けてコストの低減や免許制度の緩和やAISに対しては免許不要にするなどで、普及を促進することは可能ではないかと思います。
また、電子海図上にGPSを利用して表示されるわけですから、電子海図の導入促進効果もありますから、全てへの船舶への義務化により、様々なメリットもあるように思います。
プレジャーボート(パワーボート)がヨットよりも人気である昨今の事情を勘案すると、スピードが速く、機動性に優れるパワーボートにこそ必要なものだと思います。こういう安全器具の導入促進と各種規制等の緩和でプレジャーボート界が世界水準になってゆくことが、業界発展に欠かせないのではないかと思います。
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