『ヨットは風さえあれば無制限に航海を続けることができる。セーリングクルーザーを持つという事は、世界中どこへでも行くことができる乗り物を所有するということだ。』
MALU号を手に入れるまでは、様々な古いヨット書籍を読み耽る中でそんな言葉に僕も思いを馳せ、いつかは大好きなハワイに自分のヨットで行けたらいいな…なんて漠然と考えたりしていました。しかし、どんな高価なヨットを持っていたとしても、日本の法律では自由に外国へ船出することはできません。せめて日本一周ならできそうなものですが、船ごとに設定された航行区域の内側しか自由に航海することはできません。
そんな風に書くと、日本の海は未だに自由ではないような感じにも取られてしまいそうですが、そのルールの根底には、海上交通の安全とトラブル発生時のセルフレスキュー、そして救助要請の手段を国で定めておこうという日本独特の考え方があるようです。日本国民に対して必要以上な過保護のようにも感じます。そろそろプレジャーボートの世界はこういうルールを外してオウンリスクを浸透させてゆくべきではないかと思うのですが…。
…ということで、今回はヨット(セーリングクルーザー)乗りなら知っておくべき、ヨットを楽しむうえで知っておきたい『航行区域』についてお話したいと思います。
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航行区域とは
全ての小型船舶には船舶安全法において定められている航行区域により航行できる範囲が船舶検査証書の「航行区域又は従業制限欄」に記載され制限されています。航行区域は6つの区域と4つの水域の10に区分(2019年8月現在)しています。
区分の詳細は 日本小型船舶検査機構 航行区域参考図 をご覧ください。
10区分の中でヨットに一般的な航行区域について
10の区分がありますが、その中には漁船や水上バイクなどに用いられるものも含まれていますので、よくヨットに使われる航行区域について以下で説明したいと思います。
平水区域
湖や河川、港内や湾内の一部水域など、地理的に陸岸に囲まれ、開口はある場合には直接外海に面して大きく開いていない場所で、波や風の影響が少ない水域です。
代表的な所では、東京湾、大阪湾、瀬戸内海(播磨灘を除く)、伊勢湾、三河湾、有明海、八代湾、鹿児島湾、陸奥湾、琵琶湖、霞ケ浦、など50以上の水域があります。平水区域をヨットであえて取ることは無いように思われますが、日本で最も古くにヨットクラブが設立されたのが琵琶湖です。琵琶湖はセーリングクルーザーが非常に多い区域で海にはつながっていないことから、ここにあるヨットは平水区域の登録となっています。
平水区域の詳細は以下より確認することができます。航行区域検索ページ(平水・沿岸)
沿岸区域
沿海区域内の本州、北海道、四国及び九州並びにこれらに附属する島の各海岸から5海里以内の水域と平水区域に限定された水域のことです。
尚、八丈島より南側にある島の周囲には沿岸区域の設定はありません。
沿岸区域の詳細は以下より確認することができます。航行区域検索ページ(平水・沿岸)
限定沿海区域
船舶検査証書には、限定沿海区域という記載はなく、沿海区域と書かれており、その下に但し書きがあるものを限定沿海区域と言います。
限定沿海区域は、但し書きに示された水域のことです。但し書きに書かれる水域は基本的に、その船の母港によって異なります。また、追加で沿岸区域を追加することができます。(追加により若干の法定備品の追加が必要となります。)
一例として、MALU号の母港は静岡県の清水港の場合には、但し書きは以下のように記載されています。
『 ただし、
(1)千葉県野島埼灯台から東京都三宅島東端まで引いた線、同都同島西端から同都神津島南端まで引いた線、同島南端から静岡県大井川口右岸突端まで引いた線及び陸岸により囲まれた水域、東京都三宅島及び同都神津島の各海岸から3海里以内の水域、
(2)本州、北海道、四国及び九州並びにこれらに附属する島でその海岸が沿海区域に接するものの各海岸から5海里以内の水域、並びに、
(3)船舶安全法施行規則第1条第6項の水域に限る。』
この場合、(1)が下の地図の範囲、(2)が追加で沿岸区域、(3)は平水区域のことを示しています。
沿海区域のただし書きの部分(限定沿海)の水域図の検索表示は以下よりできます。航行区域検索ページ(限定沿海) ※検索には船舶検査証書に記載されている船舶番号と船舶の長さの入力が必要です。
沿海区域
原則として北海道、本州、四国、九州の各海岸から20海里以内の水域や特定の島や半島の海岸から20海里以内の水域をいいますが、海岸から20海里を超えた水域で20海里以内の水域と同様の気象・海象条件と認められた水域も含まれています。
沿海区域の詳細は以下より確認することができます。沿海区域・A2水域・N-STAR衛星船舶電話の通話可能水域図
航行区域が変わると、何が違うのか
MALU号で日本一周をしたいと考えたとします。その場合、MALU号の航行区域では、沿岸から5海里しか離れられないので、清水から本州を西に行き、四国、九州を回り、再び本州の北岸を北海道に向けて北上し、北海道を回って再び本州の東岸を南下して清水に戻ってくることはできます。しかし、九州の対馬や鹿児島の屋久島、それより南の沖縄などには行くことは出来ません。
つまり、これらの離島にも行きたい場合には1段上の沿岸区域に航行区域を変更する必要があるというわけです。
航行区域を広げる(5海里超えする)ことになるので、更に岸から遠いところを航行することになります。それによって緊急時の救援が来るまでの時間や距離が長くなるばかりか、携帯電話では電波が届かなくなるので緊急通報も別の手段を準備しなくてはなりません。このように、航行区域に応じた備品や緊急時用の通信手段、緊急対応用品(これらを法定備品と言います。)の積み増しがレベルによって必要となります。また、船の耐久性や構造が外洋に適しているものかどうかも問われるため、船検(船の定期検査)のレベルも一段と高くなるという違いが出てきます。
航行区域を超えてしまったらどうなるのか
自分の船の航行区域を超えることは違反行為となり、処罰の対象となります。航行区域違反航行はによる処罰は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金と船舶安全法では定められています。
海上の周囲を見回しても、誰も居ないからと言って航行区域を超えて航行し、トラブルになってしまったとき、連絡の手段を持たずに緊急対応もできない、更に船も適していないような状態では、これはまさに自殺行為です。
何故10もの区分があるのか
船舶安全法が最初にできた時には、航行区域は3つしかありませんでした。しかし、船舶の耐久性や計器類の向上や進歩、そして通信技術の飛躍的な発達により、現在では通信方法の多様化に対応する形で新たな水域が設定されるようになりました。通信手段や使う衛星により、その範囲が異なることから、使う通信手段によって水域が異なるのです。その船がどんな目的で何処に行こうにしているかによって、それに最適なエリアをサポートしている通信手段を選ぶことが出来るようになったという事です。
例えば、A2水域は、海岸局との無線電話の使用と遭難信号の送信。A3水域は、インマルサット通信衛星を経由した通信や無線電話。N-STAR衛星船舶電話の通話可能水域は、その名のとおりです。
最後に…
日本が海に関する法律や規制等が厳しい背景には、日本周辺の海域が荒れやすく、航海が容易ではないという部分があるからです。日本南岸は太平洋に面しており、太平洋上の気候変化に大きく影響を受けます。更に、日本海も北から吹く風により海が荒れ易く、冬は更に寒いという悪条件があります。遠州灘や播磨灘など「灘」とつく海域は海の難所であることから「〇〇灘」と名付けられていることからも、それが理解できると思います。こうした事情から、航行区域を細かく区分し海難事故をできるだけ少なくするために法律や規制となっているわけです。ヨット文化が非常に進んでいる欧米は、日本に比べて海が非常に穏やかで内海や外洋から隔てられた大きな湾などの地域が多いことが、ヨット文化の発展に大きく影響しているとも言えます。
しかし、日本でも海が穏やかな時期がありますし、各種のルールを守って無理な航海をしなければ、ヨットを安全に楽しむことは充分にできるのです。
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