秋から冬の初めにセーリングに出ると、ヨットのあちらこちらから軋み音が出始めます。そして、いろいろな場所の動きも何となく重く渋く感じます。気候のせいかな?なんて非科学的な考え方をしがちですが、これがあながち非科学的ではないのです。秋から冬に掛けての時期は空気が乾燥し、雨も少なくなり、埃っぽくもなる時期でもあります。ですからいろいろな場所の潤滑が悪くなってくる時期でもあるのです。更に、夏前の梅雨の時期の雨、そして夏には頻繁に出港し潮を被り、水洗いもよくする、更に激しい温度変化などで潤滑剤の被膜が劣化し落ちてしまうので、秋から冬に掛けての時期は動きが悪くなって当然のタイミングにあるともいえるのです。
そこで、今回はメンテナンス関連の最初の記事として「ヨットに使う潤滑剤」についてお話してみたいといます。
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ヨットに使う潤滑剤には注意が必要
潤滑剤と言うと、テレビCMなどで大々的に告知されていてとても有名な「KURE CRC 5-56」という潤滑スプレーを思い浮かべる人がとても多いと思います。私もいろいろな所のネジを外す時にはとってもお世話になっています。この 5-56潤滑剤をヨットに使用している人は少なくありません。実際に使っているところをヨットハーバーなどでもよく見かけますが、この製品は万能潤滑剤ではありません。使用用途を間違えると、部品の劣化や破損につながります。これは、メーカーのFAQにも書かれています。
Q;ゴム、プラスチック、樹脂への使用は可能でしょうか。
A;劣化や変色の恐れがあるため、 金属以外のものへはお使いにならないでください。
(引用:KURE 5-56シリーズ FAQより)
KURE CRC 5-56 320ml
5-56という製品は金属用の潤滑剤で金属同士の固着や動きの悪い部分に浸透して被膜を作り、錆による固着を解いたり、動きを良くします。この浸透成分には溶剤系の成分が使われていることからゴムやプラスチック、樹脂を変質させてしまいます。
これを使い続けると金属部分には問題が出なくてもゴムやプラスチック、樹脂の部分は溶剤の働きにより劣化して脆くなるのです。
この話、ベテランのヨットマンの間では割と知られた話です。
KURE CRC 6-66 315ml
また、5-56は一般の環境での使用を想定しており、海など湿気の多い場所では「マリン用 6-66」という、より防湿性の高い製品が同社から出ています。しかし、6-66も金属部分の潤滑を目的とした製品で、マリン用と書かれているからと言っても、くれぐれも非金属である ゴム、プラスチック、樹脂が使われているところには使わないようにしましょう。
溶剤系成分配合の潤滑剤は用途が限定される
溶剤系の成分ってなに?って話になりますが。つまり非水溶性の石油類のことです。つまり、ゴムやプラスチック、樹脂類は石油製品ですから溶剤系のものを使うと溶けてしまうわけです。スプレー缶から吹き付けると、その表面が溶けて劣化してくるという事ですね。明らかに目に見えて溶けるという事はないですが、何となく色が変わってしまったり、表面が白化したり日焼けしたようになったり、スムーズだった表面がざらざらしてきたりと、一見紫外線による経年劣化のように見えますが、これは溶剤に反応したものが非常に多いのです。また、ヨットはシール類にゴムを多用していますし、艤装品の多くはプラスチックや樹脂の物が非常に多いです。外部で使っているので紫外線劣化もありますが、溶剤系成分が入ったスプレーや潤滑剤を多用していると、その製品が想定している劣化スピードよりも速く劣化が進み壊れてしまうことになります。製品の表示に非水溶性、石油類、危険物などの語句の表示がある物には溶剤が使われていると考えて間違いありません。
溶剤系の潤滑剤は、私たちのような趣味でヨットをやっている人向けの潤滑剤はありません。基本的にエンジン等のメカニックや艤装品の交換を行うプロ向けの製品だと考えた方が良いと思います。プロは用途を理解し、その場所によっていろいろな製品を使い分けています。プロが使っているからといって1つの製品を何処にでも使うのは大切な愛艇の各部の寿命を短くすることになります。
近年、ヨットの艤装部品にはプラスチックや樹脂が多用されています。ウインチやブロックの内部部品にも樹脂のものが多いです。ましてやウインチやブロックは大きな力が掛かる部分なので潤滑剤の使用にはより注意が必要となります。
ヨットにはどういう潤滑剤が向いているのか
ヨットと言っても、潤滑剤の必要な場所はたくさんあります。先に紹介したCRC 6-66もヨットで使うケースはあります。しかし、それは錆たり固着したりしている金属製のネジなどの脱着や金属同士が接触している可動部分などです。それ以外の箇所にはくれぐれも使用は厳禁です。
それでは、ヨットの様々な箇所の潤滑には何を使えば良いのかという事になりますが、答えは非溶剤系の潤滑剤になります。様々な素材が使われているヨットに最適な潤滑剤をポピュラーなものから最新の宇宙素材まで、幅広くご紹介したいと思います。
KURE CRC シリコンスプレー
KURE シリコンスプレ- 420ml
最もシリコン系潤滑剤の中でポピュラーな製品です。
主成分はシリコーンオイルで、金属、ゴム、プラスチック、樹脂、木、紙まで、なんでも使えます。機械・工具類、建具、家具類、ファスナーなどの潤滑、ツヤ出しや防水効果もあります。ドジャーやセールバッグなどのファスナー部やコンパニオンウェイのスライドハッチなどには最適です。
シリコンスプレーは、大きく力の掛からない場所への使用には向いています。大きな力が掛かると、被膜切れを起こし当初の性能を発揮できなくなります。
KURE CRC シリコンルブDX
KURE シリコンルブDX 420ml
この製品は業務用の機械類や産業機器のメンテナンス用に開発された製品です。従来品のシリーコンルブの性能を大幅にアップグレードした製品です。
メーカーの説明によると、卓越した滑走力であらゆる箇所の摩擦を大幅に低減し、すぐれた耐久性によってメンテナンスの頻度を抑えるとのことです。耐水・耐熱性にすぐれ、水や熱にさらされる箇所でも長期間効果が持続します(使用温度範囲-50~200℃)。主成分はシリコーンレジン、シリコーンオイルです。産業機械用として生まれた製品ですので過酷な状態でも性能を発揮してくれます。力の掛かるブロックやストッパーなどに使用しても、被膜切れすることなく効果を発揮してくれる製品です。
WAKO’S フッ素オイル105 FSO
WAKO’S フッ素オイル105 FSO 110g
航空宇宙分野に欠かせない新素材「フッ素オイル」(デュポン社製クライトックス105)のエアゾール化に成功した製品です、
メーカーの説明によると、あらゆる素材を侵さず、また溶剤・薬品などにも侵されず、他の油では得られない耐荷重性、耐熱性、低摩擦性、撥水・撥油性を長期間持続します。ガラス・ゴム・樹脂類の潤滑や本革製品の保護・艶出しなどに最適です。フッ素オイルは、擦れる場所、こすれる場所の保護にもなります。
最新素材のスーパー潤滑剤なのですが使い方が少し厄介です。既に何らかの潤滑油が塗布されていると、撥油性があることから弾かれて対象物に塗布できません。対象物を充分に脱脂してから塗布する必要があります。脱脂の際にも非溶剤系の物を使いましょう。
McLube SAILKOTE
McLube SAILKOTE 300ml
この製品はアメリカ製でマリン専用(特にヨットへの使用を想定)に開発された高性能乾式潤滑剤です。
メーカーの説明によると、水、埃、塩、汚染物質をはじくドライフィルム潤滑剤で、テフロン、シリコーン、石油またはワックスベースの潤滑油の5倍の効果があり、より長く効果が持続するそうです。水や汚れをはじき、速乾性のため汚れ蓄積や再付着などもありません。マストトラック、セイルスライド、ラダーブレード、ダガーボードとフォイル、ハッチ、セール、テルテール、バテン、スライドドアなどに適用し、SAILKOTEをセールのテルテールに吹き付けておくとセールに張り付いて動かなくなるのも防ぐこともできますし、セール全体に吹き付けておくことでセールの汚れを防ぐこともできるそうです。更に、ハルに吹き付けておくと水の抵抗を低減することもできるとあります。(ハルコートというハル専用の製品も同社から出ています。)撥水性や潤滑性は水中でも持続するそうです。アメリカ本国ではウエストマリンで販売されているので、非常にコスパの良い製品なのですが、日本に輸入している業者が少なく、価格も少し割高になってしまっているのが残念なところです。
HARKEN McLube OneDrop
McLube OneDrop 14.7ml
この製品は上の段に書いたSAILKOTEと同じMcLube社の製品でウインチやブロックで有名なHARKEN社の指定品でもあります。
メーカーの説明によると、OneDropボールベアリングコンディショナーは、ボールベアリング部に一滴刺すだけでボールベアリングの転がり摩擦を減らし性能を向上させます。トラベラーカーやブロックのボールベアリングやローラーベアリングに最適とあります。
使用する場所はかなり限られてきますが、ベアリングの表面を汚れない綺麗な状態を保つことができ、転がり抵抗を減らすという発想の製品です。米国のレビューを見ると1本で一体何年持つんだという位、少量の使用で効果を発揮するようです。
潤滑剤指定のあるものは必ず指定品を使う
最近のウインチなどは、内部の部品に新素材を使用していることがあります。軽量化や耐摩耗性の高い素材を利用していますが、それらの部品には特別な潤滑剤やグリースを塗布しないと部品自体の耐久性を損ねる場合があります。必ずメーカー指定、又はメーカーが出している専用品を使用するようにしましょう。
最後に ~フリクションコントロール~
ヨットの操縦において、様々なフリクション(摩擦)を感じていると思います。フリクションをコントロールし摩擦を低減することで、部品の消耗を軽減し部品寿命を延ばすことができます。また、オペレートする人の労力も軽減することができるので、より楽に素早くコントロールすることが可能になります。ブロックやスライダーなどの可動部分だけでなく、テークルのロープに塗布したり、セールに塗布するなどで汚れ防止だけでなく擦れによる摩耗を防ぐことまでできるようになっています。是非、うまく活用して、快適なヨットライフを送っていただきたいと思います。