僕たち夫婦のセーリングの方法は、主にヨット修行時代に乗せて頂いていたヨットオーナーの操船に倣っていて、そこに様々な古本で買い集めたヨット教本に書かれていることやYouTubeの海外ヨット動画などをとにかく見まくって、まさに「見よう見まね&自分たちの船での実践」ということの繰り返しで今に至るというわけで、誰かから体系的にきちんと教わったことは一度もありません。我家に暇と予算があれば、クルージングの指導団体であるISPAの岡田豪三先生のクラスに夫婦で入りたいと、横浜ベイサイドマリーナに修行時代に出入りしていた頃から思ってはいたのですが、妻は現役週5ワーカーだし、我家のMALU号は自宅である東京から遠く離れた静岡市の清水港にあり、更に次々と起きるトラブルなどにより予算をヨットスクールに割くより船の修理や機器部品代などに優先せざるを得なかったというわけで、気付けばそこそこ自分たちで安全に乗れるようになってしまっていました。その代わりと言っては何ですが、海外の様々な指導団体のヨットスクールのWebはもとよりYouTubeなどにアップされている動画はほぼ全て見尽くしたと言ってよいくらい、英語が聞き取れない部分は英語字幕を出すようにして動画を何度も一時停止させながらスマホで翻訳、解らない部分は日本語教本と見比べるなんてこともしてきました。
ですから、船の走らせ方は至ってベーシックと言うか、基本の走らせ方はできるようになったと思います。そして、なんでも早目早目、無理を絶対にしないというのが我家のセーリングスタイルになっています。そんな感じの僕たちに、ある日ヨットマンの大先輩から1通のメッセージが入ったのです。その中に書いてあった1つのフレーズに僕はおおいに目からウロコ状態となったのです。

それが「ヘッドセイル(ジブ)だけで走る」というワードです。

ベーシックなヨットの走らせ方しか知らない僕たち夫婦にとって、ヘッドセイル(ジブ)だけ出して走るということは、実は頭の中に全く無かったことなのです。
基本は… 出港して機走で港を出たら風上に船を立て、先ずメインセイルを上げる。次に機帆走でメインセイルに風を入れながら船を安定させヘッドセイル(ジブ)を出すっていう流れで、最後はエンジンを止めてセーリングに入るというわけです。機帆走で走る時には両方のセイルを上げたままか、風が落ちても船を安定させるためにメインセイルだけは上げておくというのがセオリーですからヘッドセイル(ジブ)
は片付けてしまいます。それが僕たち夫婦の常識だったのでヘッドセイルだけを出しているという状態は、それまでの僕たち夫婦の頭の中には全く知識が無かったわけです。

でも、実は見たことはありました。

それは、MALU号に乗り始めてから直ぐのこと、明らかにオールドソルトが操る古いヨットが清水港を出て行くときに、追風状態でヘッドセイルだけを出して静々と機帆走している姿を何度か見ていたのです。最近はそんな姿を全く見なくなってしまったのですが、当時その様子を見て、ああいう乗り方カッコイイなぁと思いながらも、そのことをすっかり忘れてしまっていました。しかし、大先輩のメッセージから、ちょっとセーリングにも余裕の出てきた僕たちとしては、これは一丁やってみるかという感じで追い風にヘッドセイルだけを開いてみたら、これが何とも具合が良いと言うか、エンジンのスロットルを絞っても風の力を借りて滑るように走るという経験をしてしまったのです。それ以降、我家は結構このヘッドセイルだけで走るということをやるようになりました。しかし、不思議なことに、このヘッドセイルだけを出して走るということを教えている教本も無ければ、そんな記述を探しても殆ど見つけることができません。

そこで今回は、ヘッドセイルでヨットを走らせると題して書いてみたいと思います。

ヘッドセイルだけで走るとは?

一般的にヨットと呼ばれるセーリングクルーザーは、スループと言うリグのスタイルで1本マスト、マストの前後にセイル(帆)が2枚ある形を言います。この2枚のセイルのうち、マストより前にあるセイルをヘッドセイル(ジブ)”headsail (jib)” と言い、マストの後ろ側にあるセイルをメインセイル “mainsail” と呼びます。
そして、今回のテーマである「ヘッドセイルだけで走る」とは、メインセイルを上げることなくヘッドセイル(ジブ)だけを広げてヨットを走らせるということです。走らせると言っても「走る」には風を使っての「帆走」もあれば、風力に加えてエンジンを動かし動力を得ながらの「機帆走」の時もあります。ここでは、この帆走と機帆走の両方についてお話を進めたいと思います。

何故ヘッドセイルだけで走らせるのか?

ヨットは本来、ヘッドセイル(ジブ)とメインセイルの両方を広げたフルセイルの時に最もパフォーマンスが出るようにデザインされています。しかし、それは風が充分に吹いている時の話であって、風が弱い時のフルセイル状態は逆に操船が面倒かつ不安定でヨットにとっては好ましくない状態でもあります。
また、フルセイルでは走ることが出来ない時もあります。それは港則法で定められている、「港内では帆を減じ又は引船を用いて航行しなければならない。」とあることから、幾らセーリングに適した風が吹いていてもフルセイルでは港の中を走らせることが出来ないからです。また、法律で定められているからと言うだけでなく、港の中は様々な船が行き交うわけですから、安全を考えた時に船をより安定させて他船にとっても危険が無い状態で走らせる必要があります。そういった場所でも帆船らしく走らせるには、コントロールが容易な帆を使って帆走、または機帆走することがベストだということです。

では、何故それがヘッドセイル(ジブ)なのかということになりますが、これはヨットをやっている人なら気付くと思いますが、メインセイルの操作は非常に大変なのに比べ、ヘッドセイル(ジブ)の操作はとても容易だからです。

メインセイルとヘッドセイルの操作面の違い

先ずは、セイルの展開について考えてみると、ヘッドセイルはほぼ風向きに関係なく展開することが出来ます。特に最近は殆どのヨットがローラーファーリングをヘッドセイル(ジブ)には用いているのでフォアステーの外周に巻かれたセイルを引っ張り出すだけ、更に風をセイルに入れることができれば風の力で容易に展開させることもできます。また、風の力を抜きたい時には、ジブシートを緩めてセイルをシバーさせるだけで風の力を抜くこともできるので、衝突の危険性があるときなどは、ジブシートを完全に緩めれば風の力が完全に無くなり船の舵を一気に大きく切ることで危険回避できる可能性が高まります。また風の力が再び必要な時にはジブシートを引き込むだけで回復もできます。このようにヘッドセイル(ジブ)は操作が非常に単純で簡単です。
それに比べてメインセイルは、展開するためにはセイルを引き上げる必要があり、セイルを上げる時にはブームやバングをフリーにして、船を風上に立てて(向けて)からセイルを引き上げる必要もあります。また、セイルを上げてからメインシートを引き込まなければ風向きによってはブームが振れ回ったりすることで船が非常に不安定にもなりますから、狭い港の中などでメインセイルを上げるためには周囲の安全を確認したうえで風向きにも十分留意して上げることになります。また、緊急時に風の力を完全に抜くためには、セイルを下ろすか舵を切るしかありません。しかし、メインハリヤード、メインシートやバングを一気に緩めてブームを風を抜く方向に振るという一連の作業を同時に一瞬で行うことはできません。つまり、メインセイルはセイルの操作が非常に大変なわけです。小型ヨットならセイルの上げ下げは軽く容易にできても、ちょっと大きめのヨットになると上げ下げだけでもちょっとした重労働になってしまいます。また、メインセイルを下ろすという作業自体、風のあるときには危険が伴うこともあり、容易な作業ではないのです。

このように、ヘッドセイルはメインセイルに比べて非常に操作性が良いという特徴があるのです。
※ヘッドセイルで唯一気をつけなければならないことは、タック(風を受ける舷)を変える際にセイルがフォアステーの外側を回り込んでしまわないようにだけは注意が必要です。

ヨットは帆船だから風の力を利用したい

何故ヘッドセイルだけで走らせたいのか? その答えはとっても単純で「ヨットは帆船だから」です。つまり、少しでもセイルを開いて風の力を利用してエコに走らせたいわけです。(エコは後付けですが…) 逆に動力船では絶対に真似ができないですから、その特徴を最大限に生かした走らせ方をするということが帆船であるヨット本来のあるべき姿とでも言うべきでしょうか。
そして、ヨットという遊びは、ヨットを上手く操って海を走らせること自体が楽しみの遊びであるわけですから、どんな場所でも無理ない範囲で、できるだけセイルを使って走らせるということも楽しみの一部分ですね。

ヘッドセイルだけでヨットを走らせる

ヘッドセイルだけでヨットを走らせると言ってもセイルを使う以上、風向きによって走らせ方は違ってきます。また、メインセイルも一緒に上げて走るのと、ヘッドセイルだけでは船の挙動が異なる場合も出てきます。そこで、ヘッドセイルだけで走らせる方法について書いてゆきたいと思います。

ノーマルで簡単カッコイイ追風帆走

ヘッドセイルの追風帆走は、最も簡単です。風がどちらかに少しでも傾いていれば、あとはどちらのタックにヘッドセイルを出すかだけのことです。特に港の中などからの機走時に追風ならば、走りながらスルスルとヘッドセイルを前に広げながら走り、セイルに風が充分に孕んでいる状態でジブシートを固定すれば良いだけです。
気を付けることはあまりありませんが、実際の風速(TWS)よりも早く機走している場合にはセイルに風が入らなくなるので、スピードは控え目に後ろ側から風の力を感じる速度までエンジン出力を落としてヘッドセイルを展開すれば、帆船らしい追風の機帆走ができます。因みに、風速が高ければエンジン無しの帆走をするのは言うまでもありません。帆走でも機帆走でも見た目には風を孕んだヘッドセイルに引っ張られるように走るヨットの姿は、素人目にもカッコよく映ることは間違いなしです! そして、機帆走時には燃料の節約になることは言うまでもありません。

条件付きですが、上り帆走も可能です

上り帆走をヘッドセイルだけで行うには、ちょっと条件があります。
その条件は幾つかあります。
➀ ヘッドセイルのフットの長さが全長の半分以上ある場合。
➁ キールがレーシングキールのような細長いものでなく、クルージングキールであること。(ロングキールは尚良い)
➂ フラクショナルリグよりマストヘッドリグの方が向いている(最新艇のフラクショナルリグでは難しい)
➃ バックステーがあること(バックステーの無い一部のヨットでは絶対にやってはダメ)

ヨット用語に戸惑う ~ヘッドセイル編~

何故、条件付きなのかについては、後編でしっかり説明することにしますが、この4つの条件で言えることは、古いヨットほど上り帆走も可能ということになります。
また、ヘッドセイルだけの上り帆走では、船の挙動も通常の2枚セイルを上げて走る場合と異なります。これに関しても続編で操船方法を解説したいと思います。
因みにヘッドセイルだけで上り帆走させるのは、通常のヘッドセイル展開の方法と同じです。真正面からの風ではセイルを展開して走らせることはできません。クローズホールドまでの上り角度の状態でヘッドセイルを開きヨットを走らせるわけです。

最後に…「単純な動機からです」

何故、ヘッドセイルだけの帆走をやってみようと思ったのかと言うと、それは本文にも書いたように、その走る姿がとてもカッコよく見えたからです。初めてヘッドセイルだけで走るオールドソルトが操る古いヨットが走る姿を見て、カッコイイって思ったんです。でも、当時はMALU号に乗り始めたばかりの時期で、もっとMALU号に慣れて操船に余裕ができないと自分には未だ早いって思ったわけです。まあ、しばらくヘッドセイルだけで走るのは自分の中で封印していたわけで、実際にはすっかりそんなことを忘れていました。

HEADSAIL

そして、ヨットマンの大先輩からのメッセージです。実は今、太平洋横断チャレンジをしているテレビアナウンサーの辛坊治郎さんが往路のそれも前半を走っている頃に、彼はヘッドセイルだけで走っているというメッセージを送ってくださったのです。そして、プロのヨット回航屋もヨット回航時には自分のヘッドセイルに付け替えてヘッドセイルだけで走らせているって教えて下さったのです。
なるほど、新しい船だったりすると、できるだけ回航時にダメージを出したくないからメインセイルなんて上げたくないだろうし、しかしながらセイルを全く上げないで機走だけではヨットは安定しない。そうするとヘッドセイルを差し替えるのはそんなに大変な作業じゃないから回航用のヘッドセイルに差し替えて機帆走で回航するって言う話は充分に納得できる話なわけです。回航のプロがやっているセーリングテクニックですから、これは実際に自分もやってみたいって思ったわけで、実際にやってみたら、これが何といろんな意味で具合が良くて、意外な発見までしてしまったわけです。続編の次回は、上り帆走についての詳しい解説などを含め、何故ヘッドセイルだけで走ることについて何処にも説明されないのか、そして意外な発見についてもお話したいと思っています。

ヘッドセイルでヨットを走らせる《続編》

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