ヨットはモノハルよりもマルチハルの方がスピードが速くできるということは以前の記事で少し触れたことがありますが、ヨット界最高峰のレースであるアメリカズカップは、まさにそのことを歴史が証明しています。帆船対決に始まり、Jクラス~世界大戦後の12メータークラス~アメリカズカップクラスと呼ばれるスーパーモノハル、そしてモノハル対マルチハル対決となり、2010年の第33回アメリカズカップではついにモンスタートリマラン(水線長90フィート、幅90フィート)が登場し、マルチハルがモノハルに比べて高速で帆走できるということをある意味立証してきました。
さて、このモンスタートリマランですが、実はヨーロッパではアメリカズカップに採用されるかなり以前からヨットでの世界最速を競う場で採用されてきており、その流れがアメリカズカップに及んだわけですが、今もトリマランによる世界最速チャレンジが続いています。
今回は、日本ではあまり取り上げられることの無い巨大トリマランについて、お話をしてみたいと思います。
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トリマランと世界一周最速チャレンジ
トリマランとヨットによる世界一周最速チャレンジは切り離せない関係性があります。それは、トリマランの安定性の高さとスピードの速さからです。
ゴールデングローブレース
それは、世界初の単独ヨット世界一周を競う、1968年から1969年に渡って行われた「ゴールデングローブレース」”Sunday Times Golden Globe Race” に挑戦したドナルド・クローハーストが用いたヨットがトリマランだったからです。クローハーストは、ヨットの経験が全くないままの挑戦で一躍有名人となったわけですが、この時に彼がトリマランを採用したのには、モノハルよりもスピード面で優位であることが挙げられます。結局、彼のチャレンジは成功はしませんでしたが、当時の人たちは彼の挑戦を無謀だと思いながらも、トリマランの帆走性能の高さ(つまり、速さ)から、彼が世界最速保持者になるのではないかと予測した人も多く居たようです。
クローハーストとゴールデングローブレースについては、昨年(2019年)1月に日本では劇場公開された映画「喜望峰の風に乗せて」で詳しく描かれています。
それほど昔から高い帆走性能を評価されていたトリマランですが、やはり耐候性能(高い波や突風時)に問題があり、しばらくの間は耐候性が高く復元力のあるモノハルクルーザーが世界一の座を多く占めていました。
ジュールヴェルヌトロフィー
このチャレンジは、その名の通りフランスの小説家であるジュール・ガブリエル・ヴェルヌ “Jules Gabriel Verne” が書き、1873年出版された「八十日間世界一周」”Le tour du monde en quatre-vingt jours”/英題では “Around the World in eighty Days” という冒険小説が元となっているもので、それに因んでスタートからゴールまでの全てをセーリングで80日以内の最も短い期間でゴールした者に与えられるもので、ヨットの形や大きさ、クルーの人数などの制限は一切なく、トロフィーは記録を更新すると旧保持者から新記録者に継承授与されるという、世界一周の最短記録を狙うスピードトライアルです。
80日以内で世界一周をするという目標を達成するためには、およそ27000マイルを平均速度14ノット以上でセーリングする必要があり、それが達成されたのは1993年のことで、最初にトロフィーを手にしたのは79日6時間15分56秒の記録を残した COMMODORE EXPLORER号(長さ28メートル、全幅13.6メートル、重量は10トン、カタマラン)でしたが、1997年以降はトリマランヨットによる記録更新が続き、現在トロフィーの保持者は2017年に40日23時間30分30秒の記録を持つ IDEC Sport号(長さ31,50 メートル、全幅22,50メートル、排水量18トン)が世界最速の証であるジュールヴェルヌトロフィーを現在(2020年6月現在)も保持しています。
また、世界最大のトリマランレーサーである SPINDRIFT2号(長さ40メートル、全幅23メートル、重量23トン)が2019年に、この世界一周チャレンジにエントリーしましたが、ラダーの不具合により途中リタイアとなってしまいました。トラブルが無ければ記録更新は確実と言われていただけに非常に残念で次のチャレンジの予定は未定です。
大西洋横断の「究極」と呼ばれるクラス
巨大なトリマランのことが日本にはあまり聞こえてこない最大の理由は、主戦場が大西洋であること、そしてヨットの国籍が全てフランスだという2つの大きな理由があります。先にご紹介したジュールヴェルヌトロフィーの挑戦者は世界中どこからでも制限は有りませんが、フランス国籍の巨大トリマランの戦いとなっており、アメリカ、イギリス、イタリアなどのヨットが非常に盛んな国々からのエントリーが無いことが、大きな理由だと言えます。
そんな巨大トリマランクラスですが、フランスではこのクラスのことを “Classe Ultime”(究極クラス)と呼んでおり、2014年のルートデュラム “Route du Rhum”(大西洋横断シングルハンドヨットレース)から60フィートを超えるマルチハルヨットのことをそう呼ぶようになりました。(それまではマキシマルチハルと一般的には呼んでいたようです。)
ルートデュラム
ルートデュラム “Route du Rhum” はその名の通り、カリブ海からヨーロッパにラム酒が伝導したルートを辿るヨットレースとして1978年から続く、4年に1度行われる大西洋横断シングルハンドヨットレースでシングルハンドのレースイベントとしては最大規模のものです。直近のレースは2018年に行われ、初回から数えて40周年の第10回目という記念の大会でした。
このレースの特徴は、非常に幅広いカテゴリー(クラス)のヨットが一斉にフランスのサンマロからカリブ海のグアドループに向けスタートするというもので、2018年の大会では6カテゴリーに総勢123艇が集まり、そのうち Classe Ultime には6艇が参加、悪天候などの影響と参加艇には数々のトラブルに見舞われるなどしながらも、4艇が完走しました。
クラス優勝したのは、ジュールヴェルヌトロフィーを保持する IDEC SPORT号で、7日14時間21分47秒でゴール。2位の Macif号(長さ30メートル、全幅21メートル、重量14.5トン)は、トップと7分8秒の僅差でゴールとなりました。
ブレストアトランティクス
Brest Atlantiques は、フランス西部の街ブレストから大西洋を斜めに横断しながら南下し、メキシコのリオに向かい、リオで東に転針し、南アフリカのケープタウンに向かい、ケープタウンからブレストに戻る、14000マイルをダブルハンド(2人のスキッパー)と1人のメディアマンが乗船し、Ultim 32/23クラス(全長32メートル以内、全幅23メートル以内のUltimeトリマラン)の4艇によるノンストップ大西洋横断ヨットレースです。
最後に… Ultim 32/23 の出現で変わるもの
これまでのマキシトリマランは、大型化の一途を辿り、大型化することが記録に結び付くという流れがありました。しかし、大型トリマランもアメリカズカップ艇同様に、あの大型な船体でフォイリングしながら帆走する時代に突入し、大型化よりも強度や安全性に目が向けられるようになってきています。インショアレースのアメリカズカップと大きく異なり、40ノット近くの速度で大き目の波にぶつかるだけで、かなり大きな力がヨットの各部に掛かり、オフショアでは天候や波浪の影響をもろに受けて船体や部品が壊れてしまうということが近年頻発していることから、このマキシトリマランの世界も見直しが必要な時期にきたと言えるわけです。そこで Ultim 32/23 クラスを設定することでトリマランヨットの新規開発、建造を行い、安全性を高めること、そして更にスピードアップしてゆくということを目指しているわけです。
現状4艇しかいない状況ですが、最終的には9艇にまで増える予定が見えているそうで、徐々に新艇が出てくることで、このクラスも華やかになってくること間違いないと思います。
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