ヨットレースに参加すると、艇が接近し進路が交差するようなシチュエーションになるとあちらこちらで「スターボード!」と叫ぶ声が飛び交います。ヨットレースに初めて参加した頃は、一体何のことやらよく解らず、ぶつかりそうだからそういって回避させるのかな?程度に思ってましたが、実際にはちゃんとルールがあって叫んでいたんだということを後で知りました。実際にはレース時に関わらず、帆船同士の進路が交差する場合にも同じルールは適用され、れっきとした海上交通ルール(法律)でした。ビギナーには覚えることがたくさんありますが、割と長くヨットをやっている人でも、このあたりのルールは曖昧になりがちのようです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

そこで、ヨット用語に戸惑うシリーズの方向編で「スターボードとポート」については簡単に触れましたが、今回はヨットならではという部分を更に掘り下げてお話してみたいと思います。

スターボードタック艇の進路優先

ヨット(帆船)同士が帆走中において、スターボードタック艇には進路の優先権があり、ポートタック艇は原則としてスターボードタック艇を避ける回避行動をとらなければならないことになっています。このルールはレースだけに限られているように思われがちですが、通常のセーリング時おける帆船同士の進路が交差する場合も同様の回避行動をポートタック艇は取らなければならないと海上衝突予防法 第十二条(世界共通ルール)によって定められています。

一般的に海上で船舶同士の進路が交差する場合には、相手方の船がポート側に見える船に進路の優先権があり、スターボード側に見える船が回避行動をとることになっています。しかし、これは動力船同士の場合においてです。帆船同士の場合においては、スターボードタック艇に進路の優先権があります。また、帆船と動力船が進路上で交差する場合には、帆船に進路の優先権があり、動力船が回避行動をとることなっています。

結構、このあたりの優先関係はややこしいのですが、これはヨット(帆船)の船長になるためには必ず知っておかなければならない大切な海上交通ルールです。

しかし、ここでややこしいのが、スターボードタックとスターボード、ポートタックとポートの違いです。そして、そもそも何故スターボードタック艇に優先権があるのかという問題です。理由なしにこういうルールが定められるわけがありません。そこで、これらについて調べてみました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

スターボードとポートの語源

先ずは語源です。スターボード “Starboard”とポート “Port” 、英語表記すると一目瞭然で解るのは、”Port” 「港」ですね。読んで字のごとく、ポートは港と言う通り、船は原則ポート(左舷)側で接岸します。しかし何故、左舷側に接岸するようになったのでしょうか。そこに全ての問題の鍵が隠されています。

“Starboard”は”star”と”board”の複合語です。”star”は英語で「星」という意味ですが、実は”steer”「操舵」が言い換えられたもので残念ながら「星」の意味ではありません。自動車のハンドルのことを「ステアリングハンドル」と言いますが、その「ステア」です。”board”は「板」という意味で、”steer-board” が “star-board”に変化してきた言葉です。
では、”steer-board”とはということになります。大昔(バイキングの時代)の帆船には現代のようなラダー(舵)はまだありませんでした。当時の帆船は風の力よりも手漕ぎボートのように大勢で大きな櫂(オール)を使って水をかき船を走らせていました。櫂は板を削り出して作られたものだったことから、”board”と表現されています。この複数の櫂の中で船の向きを変える(操舵の)ための櫂が右舷の最も後ろだったことから、その櫂を “steer-board” と表現したのです。

では何故、右舷の最後尾の櫂が操舵用になったのでしょうか。それは接岸時に岸側で操舵すると “steer-board”が岸壁に閊(つか)えて操舵できなくなるので、岸と反対側の右舷で操舵を行ったのです。そこから、右舷側のことを “steer-board”と言ったわけです。
そこで更に気になるのが、何故、右舷側の櫂を使ったのかと言うことです。それは右利きの人が操舵するのに右にあった方が力が出せるなどの理由で有利だからだと言われています。人類全体のおよそ9割近くの人が右利きと言われていますので、多くの船が右側を操舵用として使っていたのでしょう。

因みに語源話のついでに、船の後側をスターン”Starn”と言います。これもステア”steer”が変化してスターン”stern”となりました。”steer-board”が最後尾にあったことから、ステア側というように言われ、スターンになっていったのでしょう。舵(ラダー)が発明されてからも、操舵は船尾側で長く行われていましたから、そう呼ぶようになったのは納得できますね。

スターボードタック、ポートタックとは

スターボードは右舷側、ポートは左舷側だという事は、既にご存知のとおりですが、ヨットでよく使うのが、スターボードタック、ポートタックと言う言葉です。タックはヨットで風に上る際にジグザグに上ってゆきますが、このジグザグ走行をする際に帆に風を受ける向きを左右に変えながら風に対して斜めに上ってゆきます。その時に「タック」とスキッパー(船長)の号令のもと、船の向きを変えながらセールを反対側の舷に変えます。タック”Tack”には進路と言う意味ががあり、つまり進路を変えることを「タックする」と言います。
つまり、スターボードタックとは、右舷側から風を受ける向きの進路という意味です。同様にポートタックは、左舷側から風を受ける向きへ進路という意味です。ですから、スターボードタックで走るという事は、「右舷側から風を受ける進路で帆走する」という意味になります。
帆船は風で走るのですから、風に対してどうするのかということを表現すために、スターボードタック、ポートタックという言葉が使われるようになったわけです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

スターボードタック艇に優先権がある理由

上に挙げた2つの絵は、いずれもスターボードタック艇が優先であることを説明していますが、何故スターボードタック(右舷側から風を受ける船)に優先権があるのでしょうか。
その理由は、スターボードタック艇が仮に回避行動をとり、ポートタック艇がそのまま直進したことを想像するとわかります。上に示した2つの絵の状態で互いにかなりの距離が離れているときには、どちらの船が回避行動をとっても問題はありません。しかし、このようなルールは衝突しそうな直前だった時にどうするかという事が重要になります。スターボードタック艇が回避しようとすると、最初の絵だと衝突直前にタックすることになります。また、2つ目の絵だとジャイブしなければなりません。
そして、3つ目のこの絵は最も難しい風向きで向き合っている絵ですが、この場合だとスターボードタック艇が右に舵をきると失速して止まってしまう可能性があります。動力船同士の場合には、行き交う際には何れの船も相手を左舷に見る形ですれ違えるように互いに舵を右にきって回避するのがルールですが、帆船の場合にはポートタック艇のみが舵をきります。つまり、進路変更の際にセールの向きをわざわざ入れ替えなければならい状況や、船が進路変更により非常に不安定な状態になるのを避けるために、帆船同士の状況においてはスターボードタック艇に優先権があるわけです。

因みに、動力船と帆船の場合にも同じような考え方で帆船に常に優先権あります。つまり帆船が進路を変えることで不安定になることを避けるため、簡単に進路変更できる動力船が回避行動をとるということなのです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

最後に ~本当は優先権ではない、進路を保持する~

巷では優先関係という言葉が良く使われています。このトピックスでも、優先権と言う表現を用いて書いていますが、それは理解し易くするためにそう表現しています。海上衝突予防法では「優先」という言葉は使われていません。では、どう表現されているのかということですが、回避行動をとる側の船を「避航船」、それに対する船を「保持船」として海上衝突予防法 第十六条、第十七条においてそれぞれ定義しています。


条文によると、「避航船」は、『他の船舶の進路を避けなければならない船舶(避航船)は、当該他の船舶から十分に遠ざかるため、できる限り早期に、かつ、大幅に動作をとらなければならない。』とあり、「保持船」は、『二隻の船舶のうち一隻の船舶が他の船舶の進路を避けなければならない場合は、当該他の船舶は、その針路及び速力を保たなければならない。』と書かれています。つまり、スターボードタック艇は直進する優先権を持っているわけではなく、進路及び速力を保持しなければならない義務があるというわけです。
※保持船は、避航船と間近に接近したため、当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならなりません。
つまり、保持船となるべき側が他の船が接近してきているのにも関わらず、むやみに進路を変えないという事です。進路を変えてしまうことによって、避航船の側の判断がし辛くなり、それが事故につながってしまう可能性があるからです。

コメントを残す