ヨットビギナーの(セーリングクルーザーに乗り始めた)頃、通っていたマリーナ所属のヨットのオーナーやクルーなどの利用者であれば誰でも参加できるディンギー体験のようなものがあって、「面白いからやってみれば」とオーナーに勧められたのですが、僕のその頃の最大の興味はもっぱらセーリングクルーザーで、1枚帆1人乗りの小さなディンギーには全く興味も魅力も感じなかったこともあって乗ることは一度もありませんでした。その後もディンギーを体験できそうな機会は何度もあったのですが、沈して水の汚れたマリーナ内の海に落ちるのも嫌だなって思ったこともあり、結局一度も乗ることはありませんでした。これが水の綺麗な場所だったら、臆することなく乗っていたかもしれません。

ディンギーかテンダーか?
ある日、YouTubeを見ていると、アンカリングして岸まで行くのにヨットからゴムボートを下ろし、オールで岸まで漕いでゆくシーンがあり、これを「ディンギー」と言っているのです。「なに?これテンダーでしょ?」と思っていたら、他の動画でも「ディンギー」と言っているではありませんか。

そこで理屈っぽい僕は思ったわけです。「ワケが解ら~ん!」

僕にとっては、大きな船から小舟に乗り換えて岸までゆくボートは「テンダー」、小さなヨットは「ディンギー」と思っていただけに、これどうなってるの?って感じです。小舟でも帆があるか無いかの違いだと思い込んでいたわけです。

そこで今回は、この「ディンギー」と「テンダー」について、お話してみたいと思います。

ディンギー “dinghy”

ディンギー “dinghy” は、小型のオープンボート(デッキの下や屋根付きの人が入ることができるキャビンなどを持たないオープンエアな状態の小舟)のことを言います。
つまり、1人から数人乗り程度が乗れる「ボート」「ゴムボート」「小さなカヌーやカヤック」「キャビンの無い小さなセーリングボート」など、エンジンや帆などの推進力の有無に関わらず小さな数人乗り程度のオープンエアボートであれば、全てディンギーと言います。

ディンギーの語源

このディンギーという言葉ですが、とても意外な場所から発祥しています。海事用語や帆船時代の言葉の殆どは北欧やヨーロッパ発祥の言葉が多い中、ディンギーはヒンズー語で「小舟」のことを指す言葉の डिंगी (dingi) から由来しています。つまり、元々はインドのムンバイ(ボンベイ)に行った西洋人が地元民が使っていた言葉を聞いて来たところから始まっているということです。
この言葉が伝来した経緯は、17世紀にPere Hoste によって書かれた帆船の操練書で、それをフランス東インド会社のオフィサーだった M. Bourde de Villehuet が Le Manoeuvrier という著書にして、当時の帆船や航海技術に合った(元の書物が100年も前のものだったので、加筆修正した)帆船操練書として書き直し1769年に出版します。英語圏の人達には1794年にイギリス人の David Steel という人がこれを翻訳し “In the Elements and Practice of Rigging and Seamanship” という題名で出版します。この本が当時の英語圏の船乗りたちの教本的なものとなり、それを読んだ船乗りたちの間で小舟のことをディンギー “dinghy” と呼ぶようになったそうです。

テンダー “tender”

テンダー “tender” は、大型船の足船(水深が浅い、大きな船が入ることができないなどの港で大型船が着岸できないときに沖でアンカリングして停泊し、大型船と港との間を行き来する小型の船)として使われる船のことを指す言葉です。
つまり、大型船と港の間を行き来する小型の船であれば、それは全てテンダーと言うことになります。正しくはテンダーボート “tender boat” と言います。

余談ですが、”tender” は別の意味で「安定性が悪い」という意味もあります。セイルボートの場合には、セイルエリアが船体に対して大き過ぎる不安定なことも “tender” と表現したりします。(同様に、小さなボートで安定性が低い物も同じ表現をします。)

テンダーの語源

テンダー “tender” の語源は、”attend”「お供する」と言う意味の「アテンド」が語源となっており、元は “attender” と呼ばれていましたが、それが短縮されて “tender” となった言葉です。
まさに、大型船のお客様をアテンドするためのお迎えの船という意味から、アテンダーと呼ばれていたのが、船乗りの間で「テンダー」となったわけです。
ちなみに、蒸気機関車の石炭や水を積んでいる部分の車両のこともテンダーと言い、語源は同じくアテンダーから来ていて、それが短くなってテンダーと呼ばれています。まさに蒸気機関の部分のお供というわけですね。

ディンギーとテンダーの明確な違い

“ship” と “yacht” は大きさに関わらず分けて呼ばれます。”ship” は商船や客船などの働くの船のことを指し、”yacht” は遊びのための船のことを指しますが、これと似たような感じで、”tender” は足船として働く船(必ずしも営業船ということではなく、足船としての働きをする船)のことで、”dingy” は純粋に遊びやスポーツ用の小舟全般のことを指します。

つまり、ヨットに積んでいるゴムボートでも、水遊びで浮かべて遊ぶ時はディンギーで、足船として岸までいって買い物でもして戻ってくる時にはテンダーと言うわけです。まあ、ここまで厳密に使い分けている欧米人もいないような気がしますが…。

最後に… ディンギーは日本ではちょっと意味が異なる

日本ではディンギーと言うと、バラストの無い1人または2人乗りのセンターボーダー “centerborder”(セイルボート)のことを示す言葉として使われています。つまり、セーリング競技用の小型ヨットのことをディンギーと言っています。また、センターボーダーに対して、バラストキールのあるヨットのことはキールボート “keelboat” と呼び、これもスポーツ競技用のバラストキール付きの小型ヨットのことを指しています。

一般の人達からは、この辺のことはとても解りにくく、悲しいことに最近の20代から30代の人たちの間では、セーリング競技と言うと「それなに?」っていう人までいるくらいで、2020年東京オリンピックのセーリング競技が江の島で開かれることが決定し、江ノ電の車体にヨット柄のセーリング競技を紹介した車両が出現した時に、Instagram で「セーリング競技ってなに?」って、そのヨット柄の車両をバックに写真がアップされていた時には、さすがにガックリきてしまいました…。セーリングの世界はそこまでマイナーになってしまったってことですかね…。
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