ヨットに関わり始めて「あれ?」と違和感を感じることとして、大体誰でも思うのが、「船長」という言葉がヨットの世界では出てこないことです。元商船の船長をしていた人がヨットをやっていて、ヨット仲間から「船長」と愛称として呼ばれていることはあっても、ヨット上でセーリング中などに「船長」という言葉は使いませんし、殆ど聞くことがありません。では、どんな呼び方をよく耳にするかと言うと、「オーナー」って言うのは多いです。これはマリーナとかヨットハーバーで、そこを管理する職員の人たちがヨットオーナーに向けて「オーナー」とよく言います。また、ヨットレースなどでは、「艇長」とか「スキッパー」なんて呼ぶこともあります。また、ややこしくなるのが、ハンドルを握って操船している人を「ヘルムスマン」って呼んだり、とにかく船長っぽい動きをしている人がいろんな呼び方をされています。これってヨットのことをよく知らない人にとってはとても不思議な話です。

ヘルム
僕自身もヨットを始める以前は、ダイビングボートや漁船には数えきれないくらいに乗っていて、「船長、今日はよろしくお願いします!」なんて挨拶を必ずしていたので、船長という言葉を全く使わないヨットの世界が、ちょっと奇妙に最初は見えていました。

そこで今回は、ヨットにまつわる人の呼称について、いろいろとお話してみたいともいます。

ヨットで一番偉い人は「船長」「オーナー」?

船の世界での人のランク付けは、実はちょっとややこしいです。例えば、船舶には「船主(オーナー)」という言葉と「船長(キャプテン)」という2つの存在があります。「船主(オーナー)」は、船の実質的な所有者のことです。船は海技免状(又は、小型船舶操縦免許)を持っていないと船を動かすことができませんし、大型船になると一人では船を操作し動かすこともできません。ですから、船を動かすときに最も偉い人は、「船長(キャプテン)」ということになります。大型船の場合、船を動かすのはチームプレーですから、そのチームメンバーのことを「船員(クルー)」と呼びます。
さて、問題になるのは、「船主」と「船長」のどちらが偉いのかという問題です。これは見た目には圧倒的に「船主」の方が権力を持っているように思われがちですが、船の世界では明確に定義されています。
「船主」はその船の所有に関する責任においては、船主に責任があります。しかし、これが海上で運行されるとなると、その立場は逆転します。それは、法律でも定められているのですが、海上で起きた船に関する責任の全ては航海できる免許をもつ「船長」にあるからです。つまり、海上で船に乗っている以上は「船主」よりも「船長」の方が偉いというわけです。
因みに「偉い」という言葉を使っていますが、実際には、誰に責任があるのか?ということに尽きます。つまり、重い責任を負うことができるからこそ「えらい」いということになるわけです。まあ、大阪弁の「えらいこっちゃ」の「えらい」と言っても過言ではありません。

マリーナやヨットハーバーでは何故「船長」と呼ばないのか?

さて、ちょっと小難しい話になってしまいましたが、ヨットにおいても、「船主」と「船長」の違いについては同じことが言えます。
マリーナやヨットハーバーに於いて、その職員たちがヨット(船)の持ち主に対して「オーナー」と呼ぶのは、船主としてそのヨットハーバーの置き場を借りてヨットを置いているから、職員たちからすれば「オーナー(船主)」なわけです。

「オーナー(船主)」が「船長」に変わる瞬間

ここから話がややこしくなりますが、その「オーナー」自身がヨットを操船して出港した場合には、「オーナー」は舫を解いた瞬間から「船長」となるのです。何故なら、彼は小型船舶操縦免許を持ち、法で定められた「船長の資格」を持っていて出港したからです。

「オーナー」でも「船長」ではない時がある

さてさて、更に話はややこしくなり、こういったケースでは話は変わります。それは、ヨットの「オーナー」が仲間とヨットに乗り、今日の船長は小型船舶操縦免許を持っている仲間のうちの1人(仮に「Aさん」)に船長を任せて出港した場合には、そのヨットの「船長はAさん」というわけです。その時の航海では、例え「オーナー」が小型船舶操縦免許を持っていたとしても、その時の「船長はAさん」と決めて出港したわけですから、法的にはAさんの責任下において、同乗している人達は船長であるAさんに従わななければならないと言うことになるわけです。

しかし、これは非常に面倒な問題をはらんでいます。「オーナー」が免許も持っていて、そして一緒に乗っているにも関わらず、仲間のAさんが「船長」で航海する。そして、そこで海難事故が起きた時には、誰の責任なのかと言うと、その日「船長」だった「Aさん」に全責任があるということになるのです。例えば、「オーナー」がヨットのメンテナンスを怠っていた状態で、ヨットが故障して「海難事故」になったとしても、その日の「船長」は「Aさん」ですから、その全責任は「船長であるAさん」にあるということに法的にはなってしまうと言うわけです。このルールは世界共通で、何も日本だけの話ではありません。それほど海上では「船長」は重い責任があるというわけです。

ヨットでは何故「オーナー=船長」と勘違いされてしまうのか?

先に書いたような、面倒な問題にならないようにするために、多くのヨットオーナーは自分のヨットで航海するときには「船長」として乗船することが殆どであること、そして、マリーナやヨットハーバーの職員たちが「オーナー」と呼ぶことから、「オーナー」=「船長」と勘違いされているわけです。

ややこしい問題にならないように船長業務を委託する

因みに、ヨットの世界でも、ヨットオーナー自身が「船長」として操船しないヨットオーナーも沢山います。特に大型のスーパーヨットなどは、その大きさから大型船舶として「海技士免状」が必要になるからです。オーナ―の中には海技免状を持っている人も居るようですが、殆どのオーナーは「オーナー」としてヨットに乗り込み、「船長」を雇ってヨットのメンテナンスから操船、航海の全責任までを持ってもらっているというわけです。こういうヨットは、船上でもボスはオーナーで船長は雇われ人ということですが、法的には公海上で起きた全責任は船長にあるというわけです。船長も対価を受けている以上、責任を持たざるを得ないというわけです。オーナーが船長に対して、無理なリクエストをした時には、船長はNOとハッキリ言わなければならない立場に法的にあり、それで事故になっても、やはり船長の責任となってしまいますから、船長の責任は非常に重たいわけです。

キャプテンとスキッパーとヘルムスマン

ヨットの世界では、もう一つややこしい問題があります。それは、「キャプテン」”captain” と「スキッパー」”skipper” と「ヘルムスマン」”helmsman” です。船の世界をよく知っている人なら、大した話では無いのですが、ヨットや船の世界を知らない人にとっては、何がなんだかさっぱり解らないと言う感じになるのが、この3つの呼称だと思います。

キャプテン “captain”

キャプテンを日本語に訳すと「船長」ということで、先に書いたように船の航海上の責任者のことを「キャプテン」と呼びます。「キャプテン」という言葉は、複数の人を使って船を動かすような大型船の船長に対して用いられる言葉で、小型ボートなどの船長のことは「キャプテン」とは呼ばれないのが一般的です。
また、海事用語とはややこしいもので、実は「船長」のことを指す言葉が、キャプテン “captain” の他にもう一つあります。それが、マスター “master” です。
キャプテンは、元々は「軍艦の船長」のことを指す言葉で、水兵から昇進し、艦艇の指揮官となった者をキャプテンと呼びました。つまり、戦闘においての指揮をする人のことをキャプテンと呼んだわけです。ですから、スポーツチームの主将のこともキャプテンと言うのは、戦いにおいてリーダーであるところからきています。
それに対してマスターは、商船などの船長を指す言葉で、海外では船長資格を示す言葉として、マスターという言葉が用いられています。”200GT Commercial Masters License” と言うように、「200グロストンまでの商用船長資格」というような使われ方をします。
しかし、一般的に海事関係者の間でも、大型船の船長のことはキャプテンと呼び、マスターとはあまり呼ばれていないようです。

スキッパー “skipper”

大型船の船長のことをキャプテンと呼ぶのに対して、我々のような小型船(セーリングボート)の船長のことを一般的にはスキッパーと呼びます。
語源はオランダ語のschipperに由来し、船”ship”を意味するschipが語源です。
カーリング競技のキャプテンのことをスキッパーと言いますが、これの起源はカーリングが盛んなスコットランドやカナダなどでは、一般の様々な「グループの長」の意味として「スキッパー」という言葉が用いられており、その起源はエビやザリガニ取りような小さな漁船の船長のことを「スキッパー」と呼んでいたことから始まる言葉です。日本で言うと「船頭」とか「艇長」という感じです。
キャプテンは、先の項でも書いたように、軍艦の船長のことを指す言葉で、イギリスではキャプテンという呼称は特別な意味をもつことから、小さな漁船やヨットの船長のことは「スキッパー」と呼び分けたわけです。

ヘルムスマン “helmsman”

ヘルムスマンはヘルム(舵輪などを指す、舵取りするという意味の言葉)から来る、操舵手のことです。
普段のセーリングでもスキッパーが操船を誰かに代わってもらう時に「ヘルム取って」なんて言ったりします。大型の商船などではキャプテンが操舵することは無く、ヘルムスマン(操舵手)が操舵します。
ヨットにおいて、スキッパーとヘルムスマンが同義語として混用されるのはヨットレースに起因するところが大きく、スキッパーがヘルムスマンを兼任することが多いことからヘルムスマンのことをスキッパー(艇長)と混同してしまう人がいるのでしょうね。

クルーとゲストとパッセンジャー

ヨットはチームで乗るものと言う時代から、今は世界的にシングルハンド(1人でヨットにのること)が増えてきています。ヨーロッパのプロダクションボートメーカー(量産艇を製造しているメーカー)もシングルハンド仕様のヨットが数多く発売されて、世界的に1人操船のイージーセーリングが流行っています。つまり、クルーを要さず、その他の人はみんなお客様気分とというイメージです。
そんな、スキッパー(船長)以外の人たちの呼び方について今度は考えてみましょう。

クルー “crew”

クルーは意外に巷でもよく聞く言葉ですが、その意味は「乗組員」という意味です。つまり、大型船で言うと船長以外の全ての乗組員(船の航行に関わる要員)はクルーです。ヨットならばスキッパーの指示で船の様々な作業を一緒にする仲間とでもいえば解り易いでしょうか。リクルート”recruit” という言葉がありますが、これもクルーを募集するという意味の補充兵と言う意味からきています。「クルーを探してくる」というのを、「リクルートしてくる」と言うわけです。

ゲスト “guests”

ゲストは完全なお客様(招待客)のことです。船の航行には関係なく乗船している人ということです。

パッセンジャー “passenger”

パッセンジャーは、ゲストと似ていますが、コマーシャルボート(営業船)の乗客(旅客)のことを指します。ですから、客船の乗客はパッセンジャーと言うことになります。しかし、船主や船会社、船長などが招待(無料)して乗っている人は、ゲストというわけですね。ヨットでは、キャビンチャーター(一隻貸しでは無く、船室単位で乗り合い乗船する)などで乗船する場合には、ゲストとは表現せずにパッセンジャーとなります。

最後に… ゲストやパッセンジャーでも操船を手伝える

ヨットの楽しみは、やはり風でセーリングしている時が最もその醍醐味を感じる瞬間です。そして、ヨットに乗ったなって思えるのは、単に遊覧船のように乗船するだけでなく、ヘルムをさせて貰ったり、セイルを上げてみたり、シートを引っ張ってみたり、ウインチを回したりと、船の操船を体験すること、そうして自分で操作してヨットが風の力を使って走ることに面白さを感じるわけです。ですから、スキッパーもクルーも、気軽にゲストやパッセンジャーにやってみるかい?って勧めてくれます。そういう機会には、遠慮せずに体験してみてください。きっとヨットがもっと好きになって、もっと乗ってみたくなると思います。是非、ヨットを体験して楽しんでいただきたいと思います。

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