MALU号を岡山県から回航してきたのが2017年6月のこと。早いもので、この年末でMALU号とも5年半のつきあいになりました。
最初に上架して船底整備をしたのは回航翌年の2月中旬です。実はこの船を購入するときに船底を実際には見ておらず、前オーナーが上架整備を行った時の写真を見て決めました。なので、最初の船底整備は前回の船底整備から2年近くの時間が経過していて、初上架となりました。船内側でも最初の1年間はとにかくいろいろとあったので、船底も何も無いわけがないと覚悟を決めて臨んだわけですが、実際に上げてみたら想像どおりと言うか、しっかりあちこちにフジツボや貝が付いていたのは言うまでもなく、それに加えてキール側面にオズモシスが発生しているのを発見、更にセイルドライブの船底カバーも付いていませんでした。しかし、お陰で初回の上架整備では、しっかり直すべきところを直し、下架して海に浮かべて走らせた時、船が喜んでスイスイ走っているような感じは今でも忘れません。
それから毎年2月には上架して船底メンテナンスをしていたのですが、実は今年(2022年)は上架整備するのを止めました。理由はコロナ禍であまり船に来ることができなかったこともあり、走らせる時間が例年に比べて激減したことや、走らせて不具合も感じていなかったこと。そして、毎年上架して感じていたのが、上げてみると意外に船底が綺麗で12か月サイクルで船底を塗り直す必要があるのかということに疑問を感じ始めていたのです。
それもあって、今年は船底メンテナンスを1回パスしてみて、翌年どうなっているかをテストしてみようと思ったわけです。(次回の船底メンテナンスは2023年2月の予定です。)
そして、1年パスしようと思ったのには、今回のテーマでもある船底塗料のことがちょっとわかったこともキッカケになっています。そこで、今回のテーマは船底塗料について MALU-SAILING流にお話してみようと思います。
1. 船底塗装は全てのヨットに必要なものじゃない
これはそもそも論になるのですが、船底塗装は全てのヨットがやっていることではありません。実は、小型船舶以外の大型船では船底塗装は絶対に必要なものなのですが、小型船舶では船底塗装をしない船があるのです。
その答えは後に回して、そもそもどうして船底塗装が必要になるのか、その目的をしっかり認識しておく必要があります。
大型船は、喫水線(船体が水に浮かんだ場合の水面の線)より下の部分は多くの船が赤く塗装されているのをよく見ます。船の絵を描いても多くの人が船の下の部分を赤く塗ったりします。この船底塗装は、船の喫水を示す目的だけで塗られているわけではありません。
では、船底塗装の目的はなんでしょうか?
それは冒頭にも少し触れていますが「船底の防汚」です。読んで字の如く「船底が汚れるのを防ぐための塗装」です。
大型船の場合には、塗装をする前の状態は大きな鉄の塊とも言えますから、鉄のハル(船体)が錆びないように「防錆塗装」が先ずしてあります。そして、上塗りとして船体色を決める「船体塗装」がされています。※この辺は大雑把に書いてますので、プロの方々、突っ込まないでくださいね。 そして更に、船底部分の汚れを防ぐための特別な塗料で塗装しています。これが一般的に言うところの「船底塗料」です。正しくは「船底防汚塗料」と言います。
汚れるのを防ぐためなら、全ての船が塗装するのでは?と感じると思いますが、汚れると言っても汚い水汚れを防ぐためではありません。では、どんな汚れを防ぐためなのかと言うと、船の走りを妨げる船底に付着する水生生物を防ぐのです。具体的には、カキやフジツボといった貝類、アオノリといった海藻類など、水生生物が付着することにより船の走りが悪くなるような汚れを防ぐために船底防汚塗装は行われるのです。
しかし、この水生生物が船底に付着するのは、主に船が止まっている停泊時です。船が走っている時には水流があるためにあまり付着しません。
ここまでくれば、冒頭の答えですが、ピン!と来た人も少なくないはずです。小型船舶は海上係留保管されている船と陸に上げて保管している船がありますが、この陸上保管している船の場合には船底(防汚)塗装は必要ないのです。何故なら、使い終わったら陸に上げてしまうわけですから、船底を容易に洗浄することができ、長く海上に係留されることが無いので水生生物が付着することも無いわけです。
つまり、船底(防汚)塗装が必要なのは、長期間海上係留保管をするような船ということになります。ちょっと余談ですが、大型船は陸揚げ保管なんてできませんから、必ず船底(防汚)塗装が欠かせないわけです。
2. 船底(防汚)塗装しないとどうなるのか
船底塗装をしないとどうなるのか? というと、それは前項目で書いたように船が止まっている間に水生生物が船底に付着します。長時間止まっていれば、それだけ水生生物が付着する量はどんどん増えてゆきます。それも水性生物は折り重なるように増えて行きますから、船底の表面が水生生物によって平滑では無くなるので船の進むスピードが落ちてしまうわけです。大きなエンジンを持たず風の力を使って走るヨットにとっては、たかがフジツボなどの小さな生物でも大きな抵抗となって、船の進むスピードは落ちてしまいます。更に、ヨットにおけるエンジンは必要最低限的な部分がありますから、プロペラも小さく羽根の数も少ない船だとプロペラには最低2枚しかありません。たった2枚しかない小さなプロペラの羽根に多くの生物が付着してしまうと、水を掻く力が落ちてしまい、最悪は水中で回転していても全く推進力を得ることが出来なくなってしまう場合もあります。
これが大型船となると、走りはすれども燃料の消費量が大きく変わってしまうのです。小さなヨットにとっては、小さな水生生物でも付着すれば大きなスピードロスになるということです。
3. 船底防汚塗料の成り立ち
船底(防汚)塗料は、防汚する(水性生物の付着を防ぐ)ためにどんな仕組みになっているのでしょうか。
それは昔の船が水生生物の付着を防ぐために、いわゆる虫よけのように水生生物が嫌うものを船底に用いてきました。初期の木造船ではタールを塗ったり、松脂や漆塗りなどもあったようです。タールは防汚性能が低く、漆は効果が大きい代わりに量産が難しくコストも高いため用いられなくなります。その後、多く用いられるようになったのが鉛板を貼る手法です。しかし、鉛板はフナクイムシには効果があっても、その他の水生生物には効果が無く、更に船底をすっぽり鉛板で覆う事で船の重量が増して船足が遅くなるという問題がありました。それを解決したのが銅板です。銅板は防汚効果もあり、鉛に比べて軽く更に長持するということで、船を造り変える際には古い船から剥して再利用できるという利点もあって長く木造船で使われてきました。その後、鉄製の船の登場で船の大型化が一気に進み、銅板貼りから亜酸化銅が混ぜられた塗料を塗るように進化を遂げます。これが船底防汚塗料のはじまりです。また、より防汚効果の強力なスズが混ぜられた船底塗料が登場します。しかし、スズは毒性が強く他の海洋生物にも悪影響を及ぼし海の生態系を壊すことから、現在では塗料メーカーの自主規制により用いられなくなりました。余談ですが、ご高齢のヨット乗りが「昔の船底塗料は長持ちしたけれど、最近の物は性能が下がった」と言う話をよく聞くのは、このスズが入っていた時代の塗料のことを言っておられるわけです。
因みに前の項目で書いた大型船の船底が赤いのは、塗料に混ぜられた亜酸化銅の色が赤いことからきています。最近の船底塗料では赤以外もあります。ヨットなどのプレジャーボート用では、黒、白、青、緑、グレーなどの色の船底塗料もありますが、防汚成分としては殆どが亜酸化銅が用いられています。(アルミ船体用には酸化亜鉛が用いられます。)色は違えど防汚成分は変わらず、いわゆる色付けされているというわけです。
4. 船底防汚塗料のメカニズム
船底防汚塗料には水生生物が嫌う成分が混ざっていて、それが水にゆっくり溶け出すことで生物の付着を防ぎ離れていくように働きかけるというのが基本的な防汚メカニズムです。先に書いたように虫よけのような感じです。
この船底防汚塗料には「自己消耗型」と「加水分解型」という物があります。(これは塗料の容器などに書かれています。)
この2つの違いですが、「自己消耗型」は塗膜の中に含まれる防汚成分が海水に染み出して残った塗膜は水流で削れてゆくというメカニズムの物です。また、「加水分解型」は海水の弱アルカリ性に塗料が化学反応して塗膜自体(高分子ポリマー)が徐々に分解してゆくというもので、海水に塗料がゆっくり溶け出してゆくという感じです。
どちらも塗膜層が徐々に減ってゆき、やがて防汚塗料の無い面が表れて効果が完全に無くなるという仕組みです。
加水分解型の方は、均一に水に触れている部分から無くなってゆくので、塗膜面は平滑です。それに比べて自己消耗型は防汚成分が溶け出した後に残った塗膜(スケルトン層)は水流によって剥がれて行くので、剥がれたあとの塗膜は凹凸となります。また、スケルトン層には水生生物が付着し始めますが、塗膜が水流で剥がれるようになっているので、船を走らせたり水流があるとスケルトン層に付着した水生生物ごと落ちてゆきます。
最後に…
船底防汚塗料は、上で書いた虫よけ効果的な形のアクリル系塗料と、もうひとつ汚れが付かないように弾く(はじく)形のシリコン系塗料のものが存在します。このシリコン系塗料は、例えると撥水効果と同じような感じで水生生物が付着できないほど硬く平滑な塗装面を形成します。硬く鏡面のような塗装面はヨットで多く使われるFRP製のハルに塗布するのは向かない塗料です。何故なら、FRP製のハルは歪が生じるので硬い塗膜がハルと一緒に歪んだ時に割れてしまう可能性があるからです。また、シリコン系塗料は一度割れてしまうと補修することができないため、剥して塗り直しとなることや、塗装する際には平滑な塗装面を形成するために下地も平滑に磨きあげる必要があり、トータルでコストが非常に掛かります。ヨットではプロペラやドライブなどの金属面に塗布します。とても綺麗に塗り上げることが出来ると、永く性能を持続します。
このように船底防汚塗料といっても、奥が深く、塗る塗料の選択や塗り方、メンテナンス方法などによって、掛かるコストや持ちなどが大きく変化してきます。また、船の係留している場所の環境条件にも大きく変化が出ることが僕自身の中で解ってきたのもあって、MALU号で1年船底メンテナンスをパスすることにしてみたのです。
今回は、船底防汚塗料の基礎的なお話だけをしましたが、以降徐々に解ってきたことなどをエピソードを交えてご紹介してゆくつもりです。
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